第7話 脱皮
(こいつは一体、なんなんだ……?)
俺は<青藍>の切っ先をぴたりと相手に向けたまま、気を静めつつ考える。
その顔と翼は、確かに以前図鑑などで見た翼竜によく似ていた。しかし体はまったく違う。手足のひょろりと細長い、奇妙な人型だ。
つるりとした細長い尻尾と、手足の鋭い鉤爪。全体に赤黒いもので濡れ光っているところは、あのダークウルフにもよく似ていた。だが、体表を覆っているのは黒光りする鱗である。
ぎらぎら光る赤い目には、やはり理性の色はない。ぎらつくような殺戮欲と、食欲ぐらいしか読み取れなかった。
「ギェアアアア、キョエアアアア────!!」
奇妙に甲高い叫び声がその
これに動じていたのでは始まらない。が、男性の家族たちはもう涙でぐしゃぐしゃの顔をして棒立ちになっていた。足がすくんでしまっているのだろう。何度「もっとさがって」と声を掛けても無駄だった。動きたいのにそれ以上は距離を取れない、そんな感じにも見えた。
と、遂に生き物が「宿主」だった男の体を
背中がぱっくりと割れた無残な姿になった男の体は、変にねじまがって裏返り、その場にべしゃりと崩れて平たくなった。
奥方が顔をおおい、声にならない悲鳴をあげて卒倒する。息子も娘たちも、そんな母親の服や腰をつかんで必死にひっぱり、少しずつ後退していた。しかし皆、すぐにも母親と同じことになりそうなほどに顔から血の気をなくしていた。
俺は奥歯を噛みしめた。
(貴様らは……!)
いったい、何の権利があって。
たとえ貧しくとも自分の良心に添い、素朴に平和に、また真面目に暮らしているだけの人々を、こうして
しかし、怒りにしろ義憤にしろ、それで
怒りは怒りとして存在しても構わない。だが、だからといってそのために自分の気を鈍らせてしまってはならないのだ。濁った気では相手には勝てない。
どんな場面であろうが、どこまでも澄み切った「気」をもって当たる。その場の気の流れに逆らわず、相手の気を読み切って、それすら利用して難局を切り抜ける。それが合気道の真髄である。
俺は気を集中させて、ともかくも自分の感情を一定のレベル以下に保つことに注心していた。
手元の<青藍>がかちかちと鳴る。
抑えようとする俺の怒りの気に共鳴しているのだ。
俺は深く息をついた。
(……落ち着け。浮き足だっては即、負ける)
そうして<青藍>の柄を握りなおし、ひたと目の前の敵を見据えた。
人外魔族の眷属とはいえ、それでも生き物は生き物だ。
先日のダークウルフ戦のときも思ったが、人界の生き物でないとは言っても、彼らにも生体としてのリズムといったものがある。
それに合わせる。相手に逆らわず、その力の流れを意識して、まずは最初の一撃を受けることだけを考える。
次の瞬間。
「キョエエエエ──ッ!」
甲高い鳴き声とともに、翼竜がまっすぐに俺に向かって降下してきた。
と、横から雪と氷の嵐のようなものがどうっと放たれ、相手の脇腹に激突した。リールーだ。彼女は雪と氷の魔法をあやつるドラゴンであるらしい。その口から吐き出されたブリザードが、激しく魔獣の身体に叩きつけられたのだ。
《ヒュウガになにすんのよー! あんた、きもちわるーい。めっちゃクサーイ。どっか行ってー!》
そんな心の声が聞こえる。なんだか拍子抜けするほど、ひどく平和でのほほんとした声だった。
翼竜は一瞬バランスを失ってふらふらっとコントロールを失くしたように見えたが、すぐに体勢を立て直した。
一気にその目がリールーへの敵意に燃え上がる。そいつはくるりと空中で方向を変えると、今度はリールーめがけて突進した。
「リールー!」
「大丈夫!」
「まかせてくださいませ、ヒュウガ様!」
叫んだのはフレイヤとサンドラだった。彼女らばかりでなく、同じウィザードであるギーナも厳しい顔で、敵に向けて腕を伸ばしている。
どうっと、様々な属性の混ざり合った「魔法弾」とでも呼ぶべきものが彼女たちの手から発射された。火炎と雷電。リールーの雪と氷。さらにギーナの毒魔法だ。真昼間だというのに、その凄まじい光量のため、周囲がふっと夜闇になったような錯覚に陥ったほどだった。
魔法弾の叩きつけられた翼竜の翼は、まばゆいほどに燃え上がった。上空に湧きおこった黒雲からの稲妻に黒焦げにされ、氷球に撃ち抜かれてあっという間にぼろぼろになる。さらにそこがギーナの毒魔法に
(……すごい。これが魔法の威力か)
俺は瞠目し、舌をまいた。
彼女たちがひとたび本気になれば、これほどの攻撃力があるのだ。ただしその分、彼女たちの防御力は非常に低い。一度でも物理攻撃を仕掛けられたら、その一撃で瞬時に命を失くすのは間違いなかった。
だからこそ、自分には敵の攻撃の矛先を自分に向けさせ、彼女たちを害されないようにする役目がある。
<
俺は鎧の胸元に手をやった。
「<挑発>」と、静かに唱える。
と。
──ウオオオオン……!
全身から、獣の叫びのような唸り声が響き渡った。
俺が叫んでいるのではない。
青き鎧そのものが、<挑発の叫び>をあげたのだ。
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