第七章 恋人たち

第1話 調査団


「赤の勇者様、青の勇者様……!」


 その日、宿の主人あるじが血相を変えて宿の食堂に飛び込んできたのは、朝稽古のあと、朝食が終わったころのことだった。場には赤と青の両パーティ全員が顔をそろえている。


「帝都から、騎士団の皆さまがいらしております。こちらの勇者様がたにお会いしたいとの仰せだとのことで……」

「なに……?」


 ガタッと音を立てて席を立ったのはデュカリスだった。多少、顔色が悪く見えるのは気のせいだろうか。ガイアはそちらは見ないふりをしつつ、ちらりと横目でマーロウと目配せをしあっているようだ。

 ミサキはミサキで、なんとなく不愉快げに眉をひそめている。

 一体、なんだというのだろう。


「先日のダークウルフの一件のことにございましょう。詳しい話がお聞きになりたいようにございます。そ、その……。いかがなさいますか。勇者様がた」

「そうですか。騎士団の皆さまは今どちらに?」

 立ち上がってそう答えると、主人はほっとしたような顔になった。

「はい。今朝がた、ドラゴンでお着きになったばかりとのことでして。先に町の門番どもの所で、事件のことをお訊ねになっているようです」

「了解です。すぐに参りましょう」

 すでに食事も終えていたので、俺はそのままそちらに向かうことにした。

 と、ミサキが声を掛けてきた。

「あんた、行くの?」

「……ええ、まあ」

「あっそ。ほんとマジメよねえ」


 赤の勇者たるミサキは、どうやら気が進まないらしい。ひどく面倒くさそうに、朝食に出されていたフルーツジュースのカップのふちをいじっている。


「ね。説明だけなら、頼んじゃってもいい? 別にあたしまで行くことないわよね」

「えっ。し、しかし……。騎士団長さまは事件に関わったかた全員をお召しでいらっしゃると聞いていますのですが……」

 主人が困ってもごもご言うのを、ミサキは綺麗にスルーした。

「やっぱり、近衛の団長が来てんのね? あの女でしょ? めっちゃ胸糞ムナクソな、目の赤いやつ!」


 途端、デュカリスがびくりと硬直した。それは俺にもすぐに分かった。

 ガイアは明後日の方を見て顎など掻いているだけだ。しかし。


(目の赤い、団長……?)


 それは、もしや。

 いやもしかしなくとも、俺も知っている人物なのではないだろうか。周囲を見れば、すでにレティやライラ、ギーナも俺と同じことを考えているのか、微妙な表情になっている。

 騎士団といっても色々あるはずだけれども、その「赤い目を持つ女団長」ということになれば一人しかいないということらしい。


「まったく、あのお上品ぶった近衛隊が、わざわざこんな田舎くんだりまで何をしに来てんだか。説明だけなら、この坊やだけだっていいじゃない。あたし、あの女キライなのよねえ」

「…………」

 デュカリスがやや苦しげな顔になって、そっと俯いたのが見えた。

「ってことで、頼んだわよ? 『青の勇者サマ』」

「え? あ、ああ……」

「いえ、そのっ。困ります、赤の勇者様──」

「はいはい、いいからいいから。はさっさと行って行って」


 主人のことなど完全に無視して立ち上がったミサキが、ぐいぐいと俺の背中を押してくる。そのまま押し出されるようにして、俺は宿の外に出た。


(まったく。何が『ヒュウガ君』だ)


 ちょっと振り向くと、部屋の奥からひらひらと大きな手が振られているのが見えた。ガイアだろう。

 そんなこんなで、俺は「青のパーティー」側の女性がたとともに、朝から町の入り口を目指すことになったのだった。





 門の所まで行ってみれば、予想した通りの人物がいらいらと俺たちを待っていた。

 長い亜麻色の髪に、燃えるようなルビーの瞳。白い軍服とマントに身を包んだ絶世の美女。

 それは間違いなく、ヴァルーシャ帝をお守りする近衛隊の隊長であり、陛下の姪御でもあるというフリーダだった。ちなみに正式名はフリーダ=レオネッサ=ヴァルーシャというのだと、その後マリアから聞かされている。

 女は俺たちを見るなり、くわっと目を剥いた。

 そして開口一番、鋭く叫んだ。


「遅いッ! 召喚ばれたなら速やかに出向かぬか、この愚図どもめらが!」

「は。遅参ちさんの段、重々お許しくださいませ」


 十分予測できた反応であったがゆえに、俺もとっくに返す言葉は考えていた。すでに道中で青い鎧を身にまとい、無礼のないよう配慮している。俺は前回のように、そのまま地面に片膝をついて頭を下げた。後ろの女性がたも同様にしてくれている。

 女は後ろのほうにいるフレイヤ、サンドラ、アデルの三人にちらりと目をやり、ぴくりと頬をひきつらせたようだった。


「……ふん。順調に側女そばめどもを増やしているというわけか。相変わらず、汚らわしいことこの上もないな。淫魔勇者め」

「ちょっ……!」

 思わずきっと顔を上げたライラを片手で制した。これもまた、とっくに予測済みのことだ。いちいち怒っていてはきりがない。俺は至っていつも通りの声で答えた。

「幸いにして、ご協力くださる女性方が現れまして。おかげさまで<テイム>の世話にはならずに済んでおります」

「なに……? では、あの噂はまことだと言うか」


 女はちょっと意外そうな目になって、それら女性がたに再びさっと目をやった。

 どうやら彼女たちが吹聴して回っているその「ノンテイマー勇者」云々の噂については、思った以上にいるらしい。


「まったく……。物好きな女どもがいたものよ──」


 綺麗に並んだ白い歯列の間から押し出すように、そんな独り言をつぶやいている。

 俺は俺で、ひそかに心の中だけで「やれやれ」とため息をついたのだった。



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