第7話 デュカリス


 町の人々の強い願いもあって、俺たちはそこからしばらく、その町に逗留することになった。


「ヒュウガ! 何度も言わせんな。『ブッた斬る』って決めたら一瞬の躊躇もすんじゃねえ。速攻で急所をブッ叩け! 容赦なく留めを刺しにいけッ!」


 ガイアの鋭い叱咤が飛ぶ。

 鎧姿になり、木刀を手にした俺は今、デュカリス、ヴィットリオ、レティの三人を一人で相手する形での鍛錬中だった。宿の裏庭、早朝である。


「相手はドきたねえ魔族どもだぞ。レベルが上がれば上がるほど、奴らの手数だって増えるんだ。こないだのはチンケな低級魔族だったからそんなこたあなかったが、上に行くほど知能だって上がってくる。フェイクも幻術も<減耐性魔法デバフ>でも、なんでもござれだ。甘く考えてたら即、死ぬぞ!」

「はい!」


 木刀による凄まじい剣戟を繰り出してくるデュカリスと、重い旋風のような全身攻撃で襲い掛かってくるヴィットリオ、さらに速さではピカ一のレティを相手にどうにか攻撃をかわし、隙を見つけて反撃する。

 上段から切り下げると見せかけて足をかえ、即座に下から切り上げる、あるいは薙ぎ払う。剣先で砂をまきあげ、目つぶしを掛けてみる。さらには相手の足を払う。肘で頬や目を狙う。いずれもガイアから教わったことだった。


 はっきり言って、武道の精神やそのたしなみとしてあってはならないことのオンパレードだ。しかし、こうしてありとあらゆる攻撃パターンを知っておくことが、結局はそれに拘りを持たない敵からの攻撃を予測し、それに備えるためのよすがとなる。

 つまり、「まずは敵を知れ」ということだ。ガイアのその主張はもっともなことだった。何より先日のダークウルフとの戦いで、俺にもそれは身に染みるようにして刻まれている。


 デュカリスたちの攻撃が当たらないわけではないが、鎧のお陰でどうにか「致命傷」になるほどのダメージはない。それでもこの稽古が終われば、体じゅうが青痣の嵐になるのはいつものことだけれども。


「よーし。やめ! 今日はこのへんにすっか」

 遂にガイアの声が掛かって、俺たちはぴたりと動きを止めた。

「次からは魔法の使える奴にも入ってもらおう。アルフォンソとユーリ、それにそっちの色っぺえねーちゃんたちだ。魔法攻撃への対処法も、<防御魔法バフ>ありでの戦い方も、もう覚えておいたほうがいいかんな」

「は。どうもありがとうございました」


 ガイアをはじめ稽古に付き合ってくれた皆に一礼すると、デュカリスとヴィットリオもきりりと武人としての一礼を返してくれた。レティだけは「えへへっ」と少し赤くなって嬉しそうにこちらへ跳ねてくる。そうして、まさに猫がやるようにして長い尻尾を俺の体に巻き付けるながら寄り添ってきた。


「ヒュウガっち、すごいにゃ。この短期間でどーんどん、強くなってるにゃもん! レティのパンチもキックも、もうまともに当たらにゃいし」

「……そうだろうか」

 自分では、とてもそうは思えない。

「そうにゃ! もう、すごいんにゃ~! さっすがレティの『ご主人様』なのにゃ。カッコよすぎるのにゃあ!」

「こら、猫ムスメ」

 と、ぴんとガイアの太い指がレティの後頭部をはじいた。

「あいったあ! なにすんのにゃあ!」

 瞬時にとびのき、後頭部をおさえて、レティは早速ガイアに噛みついている。しかし男は完全にスルーした。

「無駄にこいつを持ち上げんな。こいつはまだまだ、そんな慢心ができるほどの腕じゃねえ。甘やかしたってロクなこたあねえんだぞ」

「その通りだ、レティ。どうか一人の武人として、厳しく判断してもらいたい」


 言って頭を下げた俺を見て、何故かデュカリスがくすっと笑った。稽古が終わり、彼は後ろでひとくくりにしていたその長い銀髪をほどいている。癖のないその髪は、まるで絹糸のようになめらかだ。彼がそこにいるだけで、場は不思議な明るさを持つ。


「あまり無理を言ってやるなよ、ヒュウガ殿。こればかりは、『奴隷』であれば致し方ない。『奴隷』というは無条件に、その『主人』に心酔してしまうものだからな。私とて──」

 言いかけた途端、異変が起こった。デュカリスが突然、ぎゅっとその柳眉をひそめたのだ。

「う……!」

 ひどく苦しげな顔になり、片手で額のあたりを抑え込んでいる。痛みが耐えがたいのか、その場に片膝をついてしまった。隣にいたヴィットリオが心配げな顔で覗きこむ。

「おい、あんた。またかよ? ちょっと待ってな。マーロウを呼んできてやっから」

「ああ……。すまない」


 俺とレティは目を見かわした。何が起こったのかが分からない。次いでガイアを見ると、男は何とも言えない奇妙な表情で、頭を抱えてうずくまる美貌の男をしばらく見下ろす様子だった。が、やがてちょっと頭を掻いてデュカリスの腕の下に肩を入れると、近くのベンチに横にならせた。

 デュカリスは真っ青な顔をして額に冷や汗を浮かべている。ひどく苦しそうに見えた。ガイアはこちらに向き直ると、意味ありげな目で俺たちを見た。


「ってえか。おめえはえのか? こういうのはよ」

 その目はレティに向いている。レティはきょとんとした顔で男を見上げた。

「にゃにゃ? どゆこと? 頭イターイな病気なんて、レティはないにゃよ?」

「んー。『病気』たぁ、ちょっと違うが。……そか。んじゃ、あんたは幸せなんだな」

「へ? どゆこと??」


 本当に猫がするようにしてひょいと首をかしげてしまったレティから、ガイアは視線を俺へと移した。


「ま、おめえのこったからそうだろうとは思ってたけどよ。はそっちたあ事情が違うのよ。色々とな」

「……どういうことでしょうか」


 俺の質問は当然のものだったが、男はしばらく答えなかった。

 が、やがてその苦笑をさらに深めてこう言った。


「つまりよ。野郎にゃいたのさ。ヒメのもんになる前に、ちゃあんと心に決めた女ってのがよ──」

 

 俺とレティは再び目を見合わせ、絶句した。

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