第10話 師匠
「えー。俺がそいつに剣の指南を? めんっどくせえ──」
ミサキに命令されたガイアは、開口一番そう言った。
男は神話に出てくるヘラクレスのような体躯に、チュニックの上から簡単な革鎧をまとっただけの姿である。ミサキはずいと男の胸元に近づくと顎をあげ、その細い人差し指を盛り上がった鋼のような胸筋に突き立てた。
「ちょっとガイア。あたしの『命令』が聞けないって言うの? どういうつもり」
「え~。んー……」
さも面倒くさそうに、ばりばり頭を掻いている。
「けどよお、ヒメ。俺ぁ飽くまでもヒメの奴隷なんだぜえ? なんでこんなクソガキの面倒なんぞ見なきゃなんねえのよ。話がちげえ」
「これっぽっちも違わないわよ。あたしはこいつらの旅についていくことに決めたんだから。で、これはその代償ってわけ。わかる? それとも、脳みそまで筋肉でできてるあんたにそんなデリケートなお話は難しすぎる?」
「って、ひでえな! 俺、そこまでゴリラじゃねーし」
いや、それはゴリラに失礼だろう。
ともかくも、今度は肩を回してごきごきいわせながら、男は「ちっ、めんどくせー」とつぶやきつつ、のっそりと近づいてきた。十分こちらに聞こえる声だ。十中八九、わざとだろう。
「おい、てめえ。しょーがねえから付き合ってやる。まあ、他ならぬ俺のヒメの命令だしな」
「……はい。どうぞよろしくお願い申し上げます」
俺は素直に頭を下げた。
どんな経緯であれ、相手はこれから自分の師匠になる人だ。無礼な態度は許されない。
「俺の訓練は厳しいぜえ? ちっとでも泣き言ぶっこいたら辞めさしてもらうから覚悟しとけよ。俺ぁこの世で、すぐにぐちゃぐちゃ泣き言いうクソゴミ野郎ほど嫌ぇなもんはねえんだからよ」
「肝に銘じます」
いや、むしろ望むところだ。
俺に悠長に訓練している時間などない。それはマリアに何度も釘を刺されるまでもないことだった。慣れない剣など持つことになって、しかも本番は十一か月後。死に物狂いでやらなければ、到底追いつかないはずだった。
「どうぞご存分に。限界まで、自分を鍛えていただきたく──」
言ったら男の両眼がぎろりと光った。そしてたった一歩でずいと俺の目の前にやってくると、俺の顔にぎりぎりまで自分の顔を近づけて睨みつけて来た。
猛々しい狼のような灰色の瞳だった。
「あと、こいつが肝心だ」
どすっとその太い指が俺の胸元に突き立てられる。
「ぜってえ、俺らに<テイム>はすんな。これだけは約束しろ。わかったな」
「無論です」
あまりに心外なことを言われて思わず睨み返すと、男は急に「ははっ」と笑った。
「まっ、そりゃそうだべ? なんかおめえ、あっちこっちで『絶対<テイム>しねえ』だの『ノンテイマー勇者』だの、『ちゃんと金払ってくれる勇者』だのって、とっくに有名になっちまってんだもんなあ。いまさら看板に偽りがあっちゃマズいわな?」
「…………」
なんとなく馬鹿にされているような気がしなくもない。
「っつーことで。そのへんは一応、信用してっかんな──」
(……そうなのか)
なるほど、フレイヤたちの「プロパガンダ」は、この世界で思った以上に功を奏しているらしい。
ガイアはあとはもう何の屈託もなさそうな顔で「がははは」と大口を開けて笑いながら、皆のもとへ戻って行く。なかなかさばさばした御仁のようだ。
「ほれ、お前も来な。一応、こっちのメンツもざっと紹介しとくからよ。前衛の奴は特に、これから訓練につきあってもらうこともあんだろーし」
「はい」
俺はその広い背中の後を追って、皆のところへ歩いていった。
そこであらためて、俺たちは互いのパーティーの面々を紹介し合った。
まずは、すでに紹介されていたデュカリス。ハイエルフで長い銀髪の男。<
つぎにマーロウ。品のいいロマンスグレーの、いかにも貴族の中年紳士といった男で、いつも白いマントを身に着けている。ハーフエルフの<
長めの黒髪をした美貌の男、アルフォンソ。彼は浅黒い肌をしたダークエルフの<
もう一人の<
短く明るい茶色の髪をした、見るからに元気そうな青年、ヴィットリオ。ウッドエルフの<
ガイアを含めたここまでの六名が、俺の目から見て明らかに「成人組」という顔ぶれだった。
そしてここからは基本的に「年少組」といった雰囲気になる。
年上に見える方から、まずはテオ。栗色の髪をした比較的背の高い細身の少年で、職種は<
最後に最年少らしい小柄な少年マルコ。艶やかな黒髪を少し長めにのばした見るからにおとなしそうな少年で、年はせいぜい十二、三歳。ことによると、もっと年下かも知れない。
聞けば彼があのキメラたち二頭を<テイム>した<
しかし、こんなふうに一気に紹介されても、こちらは混乱するばかりだった。
レティなどはとっくに覚えるのを放棄した様子で、完全に白けた半眼になっている。真面目なライラは必死に「ええっと、こっちの人がヴィットリオさんで……」と、すぐに覚えようと懸命だ。
ギーナはと言えば、とっくに明後日のほうを向いて煙管を吹かしている。とはいえ客商売のプロだったこの女のことなので、一度聞けば全員の顔と名前を完全に憶えていることは間違いない。
俺自身は「まあおいおい覚えていけばいいか」と考えながら、おとなしくガイアの紹介を聞いていた。
共通して言えるのは、このパーティーには基本的にドワーフやハーフリング、バー・シアーといった種族はおらず、何よりみなそれぞれにかなりの美貌の持ち主だということだろうか。ゆえにほとんど必然的に、エルフの確率が高いわけだ。エルフの血を引く種族はみな、多くの場合に非常な美貌を持っている。
ついでながら、みなこのあまりに急な「自分の主人」の気の変わりようについていけているとは言いがたい。前回の俺との顛末についても決して忘れてはいない様子で、あらためて紹介されても握手を求める風もなく、せいぜいちょっと会釈をするぐらい。多くは胡散臭げな目をして俺を見ているだけだった。
唯一、最年少のマルコだけはおどおどと俺を見上げて、「よ、よろしくお願いします……」と消え入りそうな声で言い、低く頭を下げたけれども。
こうして紹介されて驚いたのだが、ミサキは意外と周到にパーティーバランスを考えて彼らを<テイム>しているように見えた。前衛と後衛のバランスが、なかなかどうしてきちんと考えられている。単なる偶然というには出来すぎているように思えた。
「本気で魔王と戦うつもりはない」と豪語していたけれども、実はこのミサキにも、当初はそういう気持ちもあったということなのかもしれない。
「今、ちょっとぐらいなら時間あんだろ。とりあえず、俺とデュカリス、ヴィットリオでやってみっか。いいだろ、ヒュウガ」
「了解しました。……皆さま、どうぞご指南のほど、よろしくお願いいたします」
呼ばれた二人に向かって改めて頭を下げると、美麗なハイエルフの青年と、いかにも元気のよさげなウッドエルフの青年はたちまち居心地の悪そうな顔になった。
「い、……いや。やるからには私も手加減せんから、そのつもりでな」
「あー、俺も。まっ、よろしくな。えーっと……ヒュウガ」
デュカリスは白い手袋をした手を口元にあてて軽く咳払いをし、ヴィットリオは革製の手甲をつけた手で首の後ろを掻いている。先日あれだけ派手にもめてしまった手前、気恥ずかしさが先に立ってしまうのだろう。
その表情を見ている限り、二人とも意外と悪い人間ではなさそうだ。俺は正直ほっとした。
(……そうだよな)
あんな第一印象だけで、相手のすべてを決めてかかるべきではないのだ。
俺は再び威儀を正して、改めて彼らに深く礼を返した。
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