第4話 勇者の女
次の町までは、リールーの翼で丸二日かかった。
マリアによれば、馬やそのほかの騎獣を使えばもっと時間のかかる道のりなのだそうだ。リールーの背の上で、マリアは相変わらず淡々と説明している。
「このあたりから、山賊や追いはぎなどもよく出るようになります。どうぞ皆さま、町なかでも決して単独行動はなさらないでくださいませ。人の多い場所にはスリなどもいますので。思わぬ犯罪に巻き込まれないとも限りませんし」
「了解しました」
俺はいつも通りに答えただけだったが、隣に座るライラがぴりっと緊張したのはすぐに分かった。あれから少しずつ弓の腕や合気道の技術を磨いてはいるものの、それでもまだまだ初心者中の初心者なライラのことだ。もとは普通の村娘でしかなかった彼女にとって、この旅は相当に荷が重いのだろう。
おいそれと体に触れるわけにもいかないので、俺は少し腰を曲げて彼女の顔をのぞきこんだ。
「大丈夫か、ライラ」
「は、……はい。すみません、ご心配ばかりかけてしまって」
「いや、こっちこそ済まない。気を使わないでくれ」
やや困ったようにうつむいてしまったライラを見て、俺はまた自分を叱咤した。
声を掛けたことで、かえって彼女の気持ちが沈むのでは仕方がない。そのあたりの匙加減については、俺は到底まわりの女性たちには敵わなかった。レティはあけっぴろげのようでいて、実はとても心優しい。またギーナには、もともと長く客商売をしてきた大人の女としての素晴らしいスキルがある。
「ね、ね。それよりライラっち。つぎの町、
「え? ……ええ」
「そういう町には安くて美味いものも多いはずよ。人が集まるわけだからね。それこそ食事係の腕の見せ所ってもんよねえ?」
俺の胸元を軽くつかんで明後日のほうを見るようにしながらも、ギーナまでがそんなことを言う。
いまだ高所にはまったく慣れないらしいけれども、パーティメンバーにそういう気づかいが出来るぐらいまではこの女も復活してきたということらしい。それでも相変わらず、俺の鞍の前部分はずっと彼女が陣取っているのだけれども。
これは誰にも言うわけにはいかなかったが、実は正直、彼女からいつもひどくいい匂いがして敵わなかった。
彼女に何かの意図があってしていることなのかどうかは分からない。が、いまさら「席替え」をしようにも、ギーナはもう完全にそこを自分の定位置と決めてしまっている様子で、いつも真っ先に座ってしまう。どうしようもなかった。また他の女性がたも、それに否やは言わなかった。
マリアはなんとなくそんな俺たちの様子を観察していたらしかったが、やがて遠くの山あいを指さして言った。
「そろそろですわよ、ヒュウガ様。リールーに降下のご指示をお願い致します」
◇
次の町は一見して、今までの町と大差はないように見えた。
周囲を太い丸太の柵で囲んだ町で、人の出入りについては帝国軍の兵士らが厳しく管理している。とは言え俺たちには皇帝からのお墨付きがあるために、ごくスムーズに中へ入れた。
先に宿を探してリールーとシャンティを預け、俺たちは町へ出ることにした。
ギーナは部屋に落ち着くなりベッドに座り込んで「あたしはちょっと疲れたから」と言って部屋を出たがらず、そのまま残ることになった。やはり空の旅がかなりこたえているらしい。彼女にはそのまま、荷物番兼留守番をお願いすることにした。
「それでは、わたくしたちは先に『お仕事』に行ってまいりますわね」と、フレイヤ、サンドラ、アデルの三人は意気揚々と町のあちこちへ散っていく。
「仕事」というのはもちろん、例の「青の勇者プロパガンダ」だ。いや、正直そんなことは勘弁してもらいたいのだったが、マリアと彼女たちの契約になってしまった以上、これもまたどうしようもない。
いやしかし、この恥ずかしさだけはなんとかならんのかと思うが。
ともかくも。
そんなこんなで、俺はライラとレティ、そしてマリアを伴って町へ出た。
「わあ、にぎわっていますねえ。珍しい種族のかたもいっぱいですね!」
「そうだな」
ライラの言う通りだった。
とりわけ町なかの大通りには様々な人種の人々が大勢いる。ヒューマンはもちろん、ハイエルフ、ウッドエルフ、ダークエルフにレティのような猫の形質をもつバー・シアー。
ごく背の低いずんぐりとした色黒の人々は、鉱山などによく住んでいるドワーフという種族らしい。真っ黒く縮れた髪と髭を長く伸ばした、小柄ながらも恐ろし気な顔つきの人々だ。ただ、顔つきどおりに頑固なものの、心根は誠実で純粋な人々なのだという。
さらに、やはり小柄だけれどもドワーフほど獰猛そうには見えないのがハーフリング。こちらも小人族と言われる人々だ。大人になっていてもほんの子供のようにしか見えないのは、その瞳が純真そのものだからだろう。もともと牧歌的な田舎住まいを好む人々なので、こうした町なかで見かけるのは珍しいのだそうだ。
町の中で最もにぎわう商店の集まる界隈で、ライラはさっそく食料の物色を始めた。
先日一気にメンバーが増えたことで、彼女の責任は重くなっている。彼女自身はひたすら卑下ばかりするけれども、仲間の健康を守るその仕事は、至って崇高かつ重要なものだと思った。彼女の支えがあったればこそ、俺たちは病気をしたり飢えたりせずにこの旅を進めることができるのだ。
そしてそのぶん、ライラの担ぐ荷物もかなり重くなってきていた。ということで今では荷物を分け、俺も背負うことにしている。小柄なライラがこんなものを背負っていると、特にこんな雑踏では、簡単に人の波にさらわれていってしまうからだ。
もちろんこうなるまでには、あれやこれやとすったもんだがあった。しかし「それで疲れて夜の稽古に身が入らなくなるようでは困るから」と俺が自説を押し通し、最終的には「命令」したのだ。
今では同行者であるほかの女性がたも荷物を分けて持つなどしてくれている。
「あ、珍しい。ココスの実が売ってるわ。少し酸っぱいけど、ものすごーく栄養があるんだっておばあちゃんが言ってたんです」
「え? 酸っぱいにょ? レティ、酸っぱいのはちょっと苦手にゃ……」
「あはは、猫はそうよね。無理しなくていいわよ。でも、本当に栄養があるのよ。こんな小さな実だけど、三粒あればじゅうぶん一日動けるんだって」
「へええ! 知らなかったにゃ~」
二人の会話を聞いてちょっとのぞくと、木の樽に満杯にされたその赤黒い木の実らしきものが、陽光をはねかえしてつやつやと輝いているのが見えた。大きさはちょうど、焙煎後のコーヒー豆ぐらいだろうか。
「それに、ここ、とっても安いわ。買っておきましょう。すみません、これを一ゴールド分くださいな」
「あいよ、お嬢ちゃん。まいどありぃ!」
おかみらしき中年の女がにこにこと返事をし、木製のハンドスコップのようなもので実を量ると、ライラの渡した麻袋にざらざらと流しいれた。
と、ライラが支払いを済ませ、満足げに袋の口をぎゅっと締めたときだった。人々の気に、ぴりっと緊張が走った気がした。
(ん?)
先ほどまでわやわやとした喧騒だけだった人々の群れのなかに、ある種冷気のようなものが生まれる。さらに人波がさあっと動き出し、道の両側に割れていく。何事かとそちらを見ると、向こうから十人ほどの一団がやってくるのが分かった。
先頭にいるのは、ひとりの女。
人々の空けてくれた道を当然のような顔で悠々と歩いてくる。
(なに……?)
俺は目を
その女は俺のと非常によく似た形の、しかし基本的には赤を基調とした「勇者の鎧」を身にまとっていたのだ。
やや茶色みを帯びた髪は背中まである。中肉中背といったところで、顔立ちはアジア系……というより、要は日本人のものだった。ギーナたちのような「誰もが振り向く美貌」というのではなかったが、十分「美人」で通る容姿をしている。
しかし、俺が注目したのはそこではなかった。
(まさか……この女も?)
そうなのだ。
その女の周りには八人ほどの美しい男たちがいた。中にはまだ「少年」と呼んだほうがいいような年の者と、中年らしい者もいる。さらにまたひとりだけ、にょっきりと皆から頭を突き出すような巨躯の男も。
いずれにしても皆、見目がいい。金髪、赤毛、黒髪、銀髪。目の色も様々で、騎士らしい格好をした者やローブをまとった魔術師らしい者、またレティのような武闘家らしい革鎧姿の者もいる。
俺は本能的な嫌悪を覚え、レティたちを促して他の人々と同じように道を空けた。
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