第四章 新たな仲間たち
第1話 復讐
そんな調子で、俺たちは午前中いっぱい、空を飛んで移動した。
雲の上を飛ぶのは爽快だった。飛行機の中から見るのとはまったく違う。
リールーの背中から見る景色は三百六十度のパノラマだ。うっすらと紺に沈んだような色の空の果てで、雄大な雲が大きな顔をしている。その雲もあちこちが
ここまでの高度になると、さすがに鳥は飛んでいない。その代わり、非常な遠方でちらほらとリールーの同族であるドラゴンらしい姿が飛んでいるのが見えた。
《リールー。ああいう外のドラゴンと話はするのか?》
《するよー。でもああいう
《そうなのか》
《うん。でもリールー、大丈夫だよ? お城にママだっているし、ほかのおじさんやおばさんもいるしー。寂しいってことはないからね。安心して?》
《……そうか》
ややほっとした俺の内心を察したように、リールーの思念がくすくす笑った。
《ヒュウガ、優しいね。心配してくれてありがと。最初、顔だけ見て『あ、ちょっと怖い人かもー』なんて思ったけど。みんなももっと、ヒュウガのそういうとこ、分かってくれるといいのにねー》
《……大きなお世話だ》
ドラゴンとしてはほんの子供のくせに、何を言う。とは言えマリアによると、こんな子供ドラゴンでも軽く数十年は生きている計算らしい。人間風情が舐める筋合いはまったくないということだ。
と、ごくのほほんとした調子でリールーが言った。
《ねー、ヒュウガー。さっきからずうっと、ボクたち追いかけてくる人がいるけど。あれってヒュウガの知ってる人?》
《えっ?》
驚いて背後を見たが、見えるのは相変わらずの空と雲と、ぎらつく太陽だけだった。
うふふ、とリールーの思念が笑う。
《ニンゲンの目だと無理だと思うよー。雲の下から、ずうっとボクたちのこと見てる人がいるの。<遠視>の魔法を使ってるみたい。お友達じゃないなら、別に近づかなくていいよねー?》
《……ああ。逆に、ちょっと速度を上げてみてくれないか。確認したいことがある》
《おっけーい》
リールーが「OK」などという英単語を知るはずもないと思うが、これは思念なので俺に分かりやすいようにそのように翻訳されている、と理解していいのだろう。ともかくも、リールーは一段
「あ、どうしたんですか? ヒュウガ様……」
ライラがみんなを代表して訊いてくる。俺は簡単に状況を説明した。ライラとレティはさっと表情をこわばらせた。
「そいつが俺たちを本当に
「わかりました」
ギーナはあれからずっと俺の前で身を縮めている。今では半分、気を失ったようになって眠っているので、俺はその肩を掴む手に力を入れた。ほとんど抱きしめているに近いが、事態が事態なのでやむを得ない。
《あー。やっぱりだ。あっちも速くなったよー》
リールーは相変わらずの
《どうするー? ヒュウガ。そのおねーさん、いま調子悪いんだよね。<
《ああ……うん。多分、無理だろうな》
俺は少し考えてからリールーにとあることを頼み、ライラとレティ、マリアに対してそれを伝えた。
リールーはさらに速度を上げると、次第に下降して眼下の雲へと突っ込んでいった。
◇
そこは開けた草原だった。
人の暮らす界隈からは十分離れた、とある丘陵地帯である。雲の下に入っても天気はよく、足元に広がる草地の間を心地のいい風が吹き抜けていた。
俺が抱き上げてリールーから降りると、ギーナはすぐに目を覚ました。
「なんだい。それなら起こしてくれればよかったのに──」
みんなから事情を聞いて一瞬渋い顔になったギーナだったが、彼女にしては前ほど強硬な態度ではなかった。自分がみんなに迷惑を掛け、気遣われてしまったことは十分理解しているらしい。
彼女は自分の小さな荷物の中から手のひらに載るぐらいの水晶玉らしきものを取り出した。因みにこの小ぶりなリュックサックのようなものは、見た目以上の荷物が入る。これぞ<
先日マリアからははぐらかされたが、要するにマリアの持っているのもそれと同じということらしい。まったく、つくづく
「……ふうん。まあ、予想通りっていえば予想通りねえ」
驚いたことに、ギーナがいつも手にしている
「あいつよ。ステイオーラであんたが女の子たちを取り上げて追っ払った、緑のオッサン。相変わらず下品な顔ねえ……」
「ええっ!」
ライラとレティがほぼ同時に声を上げる。
「リールーとは似ても似つかない年寄りドラゴンに乗ってるわ。女はあの時の三人組。幸い、ほかの術者や剣士なんかを<テイム>する暇はなかったみたいね」
「でも、なんでついて来るんでしょう。ヒュウガ様に復讐でもするつもりでしょうか」
「たとえそうでも、めった打ちの返り討ちにゃ! 掛かってこいにゃー! 任せて、ご主人サマ!」
レティは「シュシュシュ」と言いながらまた空中にパンチやキックを繰り出し、ライラは緊張した顔でお玉を取り出す。……いや、お玉に意味はないと思うが。
そうこうするうちにも、すぐに相手の姿が遠くの空に見え始めた。
なるほど、リールーよりはかなり速度が遅い。飛び方も安定せず、どうにか浮かんでいる感じだ。彼らが近づいてくるにつれて、それがやせ衰えた茶色いドラゴンであることが分かってきた。体自体もリールーよりひとまわり小さいだろうか。
《あれ、リールーとは違う種族のドラゴンだねー。小さくて弱くてつかまえやすいの。だから、貴族とかがよく持ってるの。リールーの一族は、年を取るほどでっかくなっちゃうからねー。あんなおじいちゃんで、あんな大きさのはいないもん》
のんびりとリールーが解説してくれる。
やがて彼らは、俺たちの前方十メートルばかりの場所におり立った。ちなみに俺は、追手が奴だと分かった時点で鎧を装着している。大剣もすでに鞘ごと肩からおろし、地面に逆さに突き立てていた。
「緑の勇者」は俺と同様、緑色の鎧に身を包み、背には似たようなデザインの大剣を担いでいる。それだけ見れば立派な勇者に見えなくもなかった。男はじろりとこちらを睨みつけると、女たちを伴ってこちらへ歩いてきた。
「よう。帝都では世話になったな、青の
「……ヒュウガだ。わざわざ追いかけて来て頂いたようだが、何用でしょう」
「ケッ。『何用でしょう』と来たもんだ!」
男はそこいらに、ぺっと唾を吐いて唸った。
「どうしたもこうしたもねえだろう! あれから俺たちがどうなったと思ってやがんだ。謝れこのバカ、クズ勇者!」
「…………」
いきなりそう言われても困る。
そもそもこちらは、謝らねばならないようなことは一切していない。彼があの街であんな目に遭ってしまったのは、
だがまあ、ひとつだけ心に掛かっていたことはあったので、これはいい機会かもしれなかった。
「そちらの女性がたには、おつらい思いをさせてしまいました。その件については謝ります。どうかご容赦いただきたい」
飽くまでも緑の勇者の方へではなく、そばに立つ女たちの方を向いて頭を下げた。彼女たちに対しては、ただ申し訳なく思っていたからだ。女たちは三者三様、驚いた顔でぽかんと俺を見返している。
「ああなることも予測できたはずなのです。しかしつい、感情に任せてあの場で少女たちを<テイム>してしまいました。なにもあのような衆人環視の場でなくとも良かったものを……。それについては、自分の判断ミスだったと思います。どうか平にご容赦を」
「なあ~にを、寝ぼけたことを言ってやがんだッ!」
男がいきなり、獣さながらの吠え声をあげた。
「大体、誰に謝ってんだよ、てめえは! こっち見ろよ、オラぁ!」
醜く歪んだ顔のまま、唾を飛ばして
「土下座しやがれ。そこに手をついて、地面に頭をこすりつけてよ。『緑の勇者様、私が悪うございました。どうか許してくださいませ』と、ちゃあんと
男は言うなり、何かを唱えた。
次にはもう、彼が担いでいたはずの緑の大剣がそこから消えて、男の手元に現れていた。
「てめえのそっ首、叩ッ斬ってやるからよぉ──!」
「ふ、ざ、けるんじゃ、ないにゃ──!!」
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