第4話 システム・マリア


 同じ姿と、同じ知識。それを共有する別個体。

 それがマリアだというのか。

 それの意味するところは一体──。


「え? ご主人サマ、知らなかったの?」

 ソファの上でうつ伏せになり、足をばたつかせていたレティが不思議そうに俺を見た。

「レティの村の近くにいるシスターも、マリア様っていうんにゃよ? おんなじ顔なのも当たり前にゃし」

「そ、……そうよね」


 ライラも戸惑ったようにうなずいている。

 俺は思わずギーナの方を見た。彼女は再び部屋に用意されていた茶などをたのしんでいたのだったが、俺と目が合うと少し呆れた様子でひとつだけ頷いてきた。いかにも「それが何か?」と言わんばかりだ。

 つまり、どうやらマリアの言は事実だということらしい。


「そういうことです。こちらの女性たちはみなさん、すでにご存じのことなのです。他の世界からいらしたのですし、あなた様だけがご存知なかったのは無理もないことなのですけれど」

「それで? あなたは何者なのです。何を目的に存在していると? 一体、『勇者』たちとどんな関係が──」

「あら。それについてはこれまでにも、かなり情報を開示してきたつもりなのですけれど」


 マリアはころころ笑って、ギーナと同様、前に置かれた茶器を手にした。見るからに手の込んだ薔薇のような装飾のある、青磁によく似たカップだ。マリアはそこからさも美味そうに紅茶をひと口、飲み下した。


「わたくしは、要するに勇者様の道案内兼、監視役なのです」

「監視役……?」

「はい。とは言いましても、別にあなた様の行動を制限するものではありません。つまりは勇者様がこちらの世界で何をなさり、何をなさらずにおられるのかをデータとして蓄積し、次の勇者様への対応に備える役目、とでも申しましょうか──」

「…………」


 マリアの話を要約すれば、こうだった。

 この世界に散らばっている多くの「マリア」たちは、全員でひとつのシステムだ。本人は「システム」という言葉を使ったわけではないが、俺としてはそういう理解が一番ぴったりくるような気がした。

 彼女たちは同じ人格と記憶を共有していて、時おりこの世界にやってくる「勇者」の情報をやりとりし、蓄積して、管理するために居る。

 勇者がやってくる時には、彼女たちにはいわゆる「創世神からのお告げ」があって、勇者の現れる場所と、同時に決まる「奴隷」三名の名が知らされる。それぞれの「マリア」は奴隷と決定した者たちにその旨を伝え、近い者には勇者を迎えに行かせ、ほかの者にはなるべく早く勇者に会えるように手助けをする。


 勇者と奴隷たちが合流できた暁には、その国の皇帝や大統領に引き会わせ、魔王征伐の成就のために必要な道案内や手引きをした上、様々に助言し、戦闘にも手を貸す。戦闘上、非常に重要なポジションを占める<治癒者ヒーラー>であることは、それと無関係ではない。

 勇者はもちろんのこと、「奴隷」たちも魔王に会うまでに病気になったり重傷を負うなどし、命を落とすようなことはできるだけ避けねばならないからだ。


「そのデータを集めて、一体どうしようというのですか。今後に役立てるためとは言っても、勇者たちの多くは勝手に魔王征伐をやめてしまったり、ただ無闇に『奴隷』を増やしてこの地で遊びほうけたりするばかりなのでは?」

「左様ですね」

 マリアは特に表情も変えないでうなずいた。

「実際、あの緑の勇者様のように、本来の目的を早い段階で放棄する方も少なくはありません。その場合には『シスター・マリア』はその方を導く任から解かれます。遅かれ早かれ、かの方が勇者としての資格を失うのは間違いありませんので」

「ふむ……」


 そこまで聞いて、俺はふと疑問に思ってギーナを見た。 

「ちなみに、あんたは? あんたもここのシスターから俺の話を聞いていたと?」

「ああ……うーん。まあ、そうなんだけどさ……」

 実はこの王宮にも、お抱えの「シスター・マリア」がいるという。俺がこの世界に落ちて来てからすぐ、その者がギーナに奴隷になった事実を知らせたらしい。

「でも、どうせあんたら、一度は帝都に来ることが分かってるじゃない? だからあたしは、ここで待っていたっていうわけ。わざわざそっちへ旅に出るのもバカバカしいしさ。仕事もあるし、足だって疲れちゃうし。お風呂にも入れないしね」

「ああ、なるほど……」


 そのわりには、なにやらかなり素直でない登場のしかただったような気もするが。とは言えこの女にそこまで突っ込んで訊いてみたところで、正直に答えてもらえるとも思えない。そう判断して、俺は早々に話を打ち切った。

 と、そこへ控えめに扉を叩き、数名の下働きらしい男女がやってきた。彼らは今回、俺たちの世話係になったらしい。銘々に簡単な挨拶と自己紹介をすると、彼らは言った。


「あちらの部屋に、皆さまの晩餐の準備を調えております。どうぞいらしてくださいませ」

「お休みになるお部屋の準備も、すでに調ととのっておりますれば」

「先にご入浴なさるのでしたら、わたくしが湯殿のほうへご案内いたします」

「何かご希望がございますれば、何なりとお申し付けくださいませ」

「えっ!? 『バンサン』ってゴハンのことにゃ?」


 途端に飛び上がったのは、もちろんレティだ。


「そうにゃよね! やったあ、わーい! どこ? どこのお部屋にゴハンー!?」

「ちょっと、レティ! ソファの上で跳びはねないで!」

「だあって、ライラっち。さっき、レティめっちゃめちゃキンチョーしたにゃ。皇帝ヘーカはそうでもなかったにゃけど、あのパラディンねーちゃんは怖かったにゃし~。キンチョーしたら、お腹が空くにゃ?」

「っていうか、あなたは何をやってもお腹が空くんでしょ、レティ……」

「うにゃ? なんでわかったにゃー? 確かに、笑っても怒っても、レティお腹空いちゃうにゃあ。なんでかにゃ……?」

 レティの目がまんまるくなり、きょとんと首をかしげる。

 その仕草がまるきり猫だ。

「あのねえ……」

 ライラがとうとう、肩を落とした。はあ、と溜め息などついている。

 体格はこの中で一番小さいにも関わらず、レティに対してはまるで姉のような態度になってきているのがなんだかおかしい。


 ともかくも。

 一時の緊張をやっとゆるめて、俺たちは彼らに勧められるまま、夕餉ゆうげの間のほうへ向かったのだった。


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