おかみ戦闘
DA☆
-1-
結婚指輪なんて、もっと地味なものでいいといったのに、あの人はばかでかい宝石のついた指輪をふたつこしらえた。それが彼の、冒険者としての甲斐性らしかった。つまらない見栄であり、やわらかなヴェールで包むべき幸せの一ページだった。
「つけてると、目立つだろ」
結婚式の日、鐘の音の中で、彼は笑って言った。
「バカ」
ウェディングドレスのあたしは、はにかみながら答えた。
そんな、幸せの、一ページ、……。
幸せで綴られるページ数がいったいどれほどか、あたしにはおよそ見当がついていたというのに。
宿の看板娘でしかなかったあたしが、あの人と結婚したのは、なりゆきだった。一生のことを深い思慮でもって決めた、というにはほど遠かった。
魑魅魍魎が跋扈し、それを退治して人の住まう領域を守る、冒険者という職業が成立する世界。彼らがたむろし情報交換をする酒場もまた、多く営まれている。あたしは、そんな酒場のひとり娘として生を享け、物心つかぬ頃から手伝いをして育った。
戦いを旨とする冒険者は、いつ命を落とすかわからない。多くは実際、二度と帰ってこなかった。前日まで食事を作り酒を振る舞った誰かの変わり果てた姿を、涙も流さず出迎えた。それは、あたしにとっては、飽いたり憂いたりする暇なく何度でも繰り返されるイベントだった。
だからあたしは、冒険者に惚れるつもりなんてなかった。惚れたら、その生死に毎日一喜一憂し、店で待つ自分だけがひとり苦しむのは目に見えていた。早死にしていった親も、冒険者との結婚だけはやめろと、重々あたしに言い含めていた。
そのはずが、あっさり惚れてしまった。恋愛感情に理由など野暮なことだが、あえて説明するなら、彼がただの冒険者でなく、すぐれた冒険者だったからだ。何体の魔物を斬ったとか、それでいくら報酬を稼いだとか、そういう価値じゃない。冒険者にとって何をもってすぐれているというのか、うまく説明できないけれど、彼はすぐれた冒険者だったのだ。
左前側頭部に、どうして生きていられるのかわからないほどの大怪我をして、この店に担ぎ込まれたのが、五年前。親が死んで、店を継いで間もない頃だった。
看護しているうちに、情が移った。そうでなくても、死線をさまようほどの向こう傷は勇敢さのあらわれであり、そんな危地から街まで連れ戻してくれる仲間がいるというカリスマの証しでもあった。
枕元に座り、話をしていると、ただ楽しかった。彼の語る冒険譚は、自慢でもなく、美化でもなく、心を寄せたくなる何かだった。
「魔物は魔物だ。倒せないはずがあるものか。眉間に一発。たいがいはこれでしまいさ」それがいつもの口癖で、彼はあまり戦いを語らず、むしろ静かな人の生き様をよく見つめ、それを乱す魔物たちへの憎しみを語った。自分が生きることへの執念を語った。未来の穏やかな平和への願いを語った。
当たり前といえば当たり前で、いうなればクサい言葉の羅列だったかもしれないけれど、あたしの心に、そんな気持ちのひとつひとつがしっとりと居場所を作っていった。彼はそういった理想を心から信じていたし、理想を体現するため、生き場所を戦いの中に置くことをいとわなかった。あたしもそんな彼を信じたいという気持ちに満たされた。
やがて唇を許し、体を許した。子を宿して、結婚した。
結婚の時、彼に約束を求めた。自分のために、生まれ来る子供のために、二度と冒険には行かないでほしいと。彼はうなずいて、そうして結婚は決まったが、その約束がいつか反故にされることはわかりきっていた。どんなに願ったところで、平和は未だ訪れておらず、同時に彼はすぐれた冒険者だったから。彼をあたしに縛りつけておくことは、どだい無理だったのだ。
そして別れは、天使がもたらした。涙を知らない、血と肉を求める愚かな天使が。
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