第25話

 「……」


 エンデレは、暗闇の中で、壁にもたれかかってぼんやりと座り込んでいた。


 「……」


 牢屋にいるようだった。どこかの空き家を使った、人攫いの商品格納場所。


 ふとエンデレは左手の甲を見る。


 最初は煌々と光っていた光の紋様が、今は薄くなっていることに気付いた。白い線だけがうっすらと浮かび、暗闇を照らすほどの光量が失われている。


 エンデレは、しげしげと手の甲を見つめた。


 それからエンデレは、きょろきょろと辺りを見回して、隣の牢屋へ顔を向けた。暗くて、壁すら見えない。


 何もない暗闇をしばらくじっと見つめてから、エンデレは口を開いた。


 「……おーい。いるか?」


 「エ、エリンギ!」


 声をかけられた子供は、驚いて慌てたような声を出した。


 「生きてたの!?」


 「あー、うん。まあな。心配かけたか」


 「三日間ずっと返事が無くて……もう、死んじゃったかと……」


 「そうか。三日間か……」


 「……私、あいつらに、言ったんだけど……」


 「え? 何を?」


 「……ちゃんと、エリンギにもご飯をあげてって……でも、無視されて……」


 「あー……そんなの、いいのに……」


 「ぐ、ふぐ……ぐぐ……」


 子供はまた奇妙な声を出した。


 「……その、何だろうな……」


 エンデレはどうすべきかとても迷った。そもそも、エンデレがどうしてここに転移されるのかも全く分からなかった。


 「ぐ、うぐ、ぐぐ……」


 しゃくり声を我慢するような、奇妙な声が暗闇に響いた。


 「……泣けばいいのに」


 エンデレは小さく呟いた。


 「う、ぐ……」


 エンデレはぶるぶると震えて、思いっきり立ち上がって、扉の方を勢いよく手探りで進んだ。


 そして、扉の前に立つと、思いっきり扉を蹴っ飛ばした。


 「ふん!」


 跳ね返されて、エンデレは後ろに倒れた。


 「エ、エリンギ? 何してるの?」


 「あー! 畜生! 死ね!」


 「ね、ねえ、頭大丈夫? 狂ったの? おなか減り過ぎてヤバいの?」


 「……そう言えば、名前聞いてなかったな」


 「……え?」


 エンデレは倒れながらぼんやりとしていた。


 「名前。最初に訊いて、断られたけど。今なら、どうだ?」


 「……」


 「実はな。俺も偽名だったんだ」


 「え?」


 「エリンギじゃなくて、エンデレ。見事に騙されたな」


 「そ、そんな……」


 「はっはっは。エンデレです。ほら、エ、ン、デ、レ」


 「……エンデレ」


 「そうだ。それで、君の名前はなんだい?」


 「……リーシュ」


 「リーシュ。誰に付けてもらったんだ?」


 「……お母さん」


 「そうか。どんなお母さんだった?」


 「優しくて…………」


 「……そうか、優しいか。お母さんは、優しいよな。そりゃ、そうだよ……」


 「……」


 「……俺にも母さんはいたんだけど、俺がかなり小さいときに死んでしまった」


 「……」


 「父親もいたんだけど、俺がもう少し大きくなった後に、死んでしまった」


 「……」


 「妹がいるんだ。俺が守ってやらなきゃいけない。いけないんだけど」


 「……」


 「……でも」


 「……」


 「……」


 エンデレは、口を開こうとして、続く言葉が思いつかずに、閉じて、知らず、口から言葉が飛び出た。


 「嫌いだった」


 エンデレは、目を見開いて、苦しそうに表情を歪めた。


 「こんなことは、言うべきじゃないけど、疎ましかった。うざかった。面倒くさかった。でも、本当は、本当は好きだったんだ」


 エンデレは頭を掻きむしって、唸った。


 「……後悔していた。チャンスもあった。でも、その度に、父さんの顔や、言葉が頭に思い浮かぶんだ……」


 エンデレの言葉は続かず、しばらく静寂が暗闇を支配した。


 「事情は知らないけど……それなら」


 子供がぽつりと呟く。


 「いつか、仲直りができるといいね」


 エンデレは壁を向いた。


 「きっと、できるよ」


 時計の針は、もうすぐ一周しようとしていた。


 「……そうかな」


 エンデレは目をつぶって、深く息を吐いた。


 次第にエンデレの姿は光り始めて、やがて消えた。


 「ねえ……エンデレ?」


 リーシュの声が誰もいない部屋に響いた。

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