第8話

 「なんやかんやね……」


 恐る恐るエンデレは周りを見渡した。ここもまた、エンデレの見知らぬ風景だった。


 どこか山の中のようだった。木々が剥げて岩がむき出しのでこぼこ地帯だった。おそらく山頂付近のようで、天にのぼる大木が見えないから、妹のいる丘ではないようだった。


 エンデレは、左手の甲を確認した。針はまだ真上を少し離れた程度で、進みは今までと比べると大分遅いようだった。


 すぐ近くで、とてつもない獣の叫び声が鳴り響いた。エンデレが叫び声の方を向くと、走ってくるドラゴンがいた。


 「うわあ」


 人間が追い掛けられているようだった。


 ドラゴンを背に走りくる人間が、エンデレに気がついて、驚愕の表情を浮かべた。


 「おい! こんなところで何をしている!」


 若い女性に見えた。長髪で綺麗な顔をしているが、それが装備しているごつい鎧とアンバランスだった。


 エンデレは、ぽかんとしていた。


 「ええと……」


 「逃げろ! ドラゴンがきてるんだ! 見ればわかるだろ!」


 「あ、はい」


 言われるがままにエンデレは全速力で走った。その後ろを鎧を着た女性が走って、そのまた後ろを獰猛なドラゴンが地面を揺らして走った。


 エンデレは決して足が遅い方ではなく、むしろ平均よりずっと速い方だったが、逃げているうちに、次第にエンデレと鎧の女性が並んでいった。


 女性が走りながら、焦ったようにエンデレを睨んだ。


 「遅い! もっとはやく走れないのか!?」


 「ちょっと、無理、だ」


 エンデレは懸命に足を動かしていたが、女性がエンデレを追い越しかけていた。


 「ぐっ……ええい!」


 女性は覚悟を決めたような掛け声を上げて、腰に差していた剣を勢いよく抜いた。


 そして、急ブレーキをして振り向き、走ってくるドラゴンに剣を向けた。


 ドラゴンは、剣を向ける女性に、上等だと言わんばかりの叫声を浴びせた。


 女性は、背後のエンデレにすばやく視線を寄越して叫んだ。


 「私が引きつけておくから! はやく逃げろ!」


 「わかりました」


 エンデレはさっさと逃げた。


 エンデレの背後で激しい戦闘音が繰り広げられた。山が壊れそうなほどだった。


 聞こえてくるドラゴンの恐ろしい叫び声に、エンデレの体は竦みそうだった。


 「まだ、まだ死ぬわけには……」


 エンデレは全速力で走った。気持ち悪くなって吐きそうになって、全身が痛くなって呼吸が汽笛のように甲高くなっても、とにかく頑張って走り続けていた。


 走っている内に、左手の甲の針が一周した。

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