第6話

 ある土地の虚空から、突如光があふれ出てきて、その中から一人の男がまろび出てきた。


 「気持ち悪!」


 男は叫びながら地面にそのまま転がり、受け身を取ってすぐに立ち上がった。


 「うわあ!」


 しかし、そこは何もない土地だった。


 あてどもなく青空と地平線が広がっていた。そこかしこに生えている緑の草が風にたなびいて陽光を散らしている。明るく、静かで、争いとは無縁そうな、実にのどかな土地だった。


 「どこだここ……」


 エンデレは一生懸命辺りを見回すが、何もない。ただ草地があるだけだ。どこまでも足元までの草しかなく、頭がおかしくなりそうな広い草原だった。


 「さっきの奴は? いや、いやいや、そもそも、エルは?」


 エンデレは焦って、わけもわからずただ走り続けた。


 「エーーール!」


 叫びはこだますらせずに、満遍なく空気に拡散していった。


 エンデレは走り続けた。ただただ走り続けた。しかしそこは何もない草原地帯だった。いくら走っても景色がまるで変わらない。


 「エル! エーリ!」


 ひたすら叫んで走り続けていたエンデレはやがて限界に到達し、いきなり地面に顔から突っ込んで倒れた。


 「早くしないと……」


 そう呻くも体が全く動かなかった。ぜえぜえと息が漏れて大量の汗が地面に染み込んでいった。


 左手の針が一周した。


 いきなりエンデレの全身をまばゆい光が包み込んで、エンデレの姿が草原地帯から消えた。




 「うぅ……ここは……暗いな……」


 寝転がっているはずが立ちすくんでいた。そこは光が差し込むことの無い洞窟の深い場所だった。その中で、左手の針の光が煌々と輝き、辺りを照らしていた。


 「これは、なんだろう……」


 エンデレは息を切らしながら、その光る紋様をしげしげと眺めた。転移魔法前には無かった紋様である。


 「……」


 それをじっと見ていると、針が少しずつ右回りに動いていた。さっきまで右を指し示していた針は、今は真下を指し示している。針の進み方は、エンデレの持つ時計の秒針と比べてみると、少し遅いくらいだった。


 エンデレは暗闇の中で立ち往生して、時間の経過に焦りつつ、考えを必死にまとめていた。


 転移魔法は成功しているのだろう。しかし、さっきから目的と違う場所にばかりたどり着く。なぜだろう?


 なぜ、いつまでたってもエルの元に到着しないまま別のところに転移してしまうのか。魔法が暴走しているのだろうか。こうしている間にエルが鳥に負けてしまう。転移事前の説明を思い出そうとするが、頭の悪いエンデレには無駄なことだった。


 「いやもうわけわからん……」


 エンデレはじりじりとしながら、手の甲に映る針を睨んだ。


 「……エーリの魔法なんだから……大丈夫だ……多分。いや……エーリの魔法じゃないか……」


 光の針が、斜め左上を指した。


 「……これが一周するたびに、またどこかへ転移するのか……それともエルの元へたどりつけるのか……?」


 エンデレは針が一番上を向くのをイライラしながら待った。カチコチと針は右回りに回っていき、ついに針が一周した直後、エンデレの体を光が包み込んだ。光に驚いて周辺にいた動物がキャアキャアと喚いてどこかに逃げて行った。


 「うわあ」


 またエンデレの周囲の空間が歪んだ。


 その後、暗い洞窟から光が消えた。




 エンデレはエーリの説明を思い出した。


 『注意事項として、エルのところにすぐ到達できないかもしれない』


 『え、何で? どういうことだ?』


 『わからない。でも、様々な場所を通して目的の場所に到達する感じに書いてあった』


 『おいおい、よくわからないぞ』


 『私も完全に理解してないし、怪しい魔法だし、そもそも理解させる時間も今ない! とにかく、これを使うとエルの場所にたどり着けるってわけ! それであんたが鳥どもを蹴散らせばハッピーエンド!』


 『なるほど』


 『……なんやかんやね』


 『なんやかんやかあ……』


 思い出しても意味がなかった。

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