第5話
視界の移り変わりは一瞬だった。
エンデレの目からエーリを含む空間が一瞬だけ歪んだと思うと、瞬く間に景色が一変した。
そこは、暗い室内のようだった。
「……あれ?」
エンデレは慌てて周囲を見渡した。先ほど前までの明るさが嘘のように薄暗く、見覚えの無い室内を小さいランプだけがじりじりと照らしていた。室内はこじんまりとして狭く、木製の椅子や机が倒れて散らばっている。エンデレが何か踏んでいることに気付いて床を確認すると、食器の破片らしきものが散乱しており、まるで夕食時に暴漢が現れて暴れたかのようだった。
「いや、エルは? どこだここ……」
エンデレは小さな窓と扉を見つけた。
窓に近づき、外を窺った。
外は霧で覆われ、何があるのか視認できなかった。しかし、ぼんやりとした陰の形から、おそらくどこかの街中ではないかと推測できた。
ここは無人の家の中のようだった。少なくとも、丘の頂上ではない。エルがいるはずもない。
「エール?」
エンデレが呼びかけるも返事はない。ふと気になって、エンデレは左手の甲を確認した。そこには光の紋様が時計のように針を映していた。時計の針は真下を指し示して、徐々に回転しているようだった。
次にエンデレはふと懐から実際の時計を取りだした。順調に針が動き、エルが魔鳥に襲われてから時間が少しずつ経過している。
「やばいな……保っててくれよ」
エンデレはもう一度窓の外を覗いた。どこまでも霧で薄暗い景色だった。
「……」
エンデレは、判断に困った。どうすればいいのか全く分からなかった。そして、意味不明な事態に段々と怖くなっていった。
天井につるされているランプの光源は頼りない。そのせいで、室内の様子もはっきりとは判別できなかった。
後ろを向いて、エンデレが室内をじっと目を凝らして観察すると、先ほどは薄暗くて気が付かなかったが、良く見ると壁と床に血がべったりと張り付いていた。
「うわ」
エンデレがよろめいて机に手を付くと、感触がぬるぬるした。これもよく見ると、エンデレは丁度血だまりに手を突いていたようだった。
「うわわわ」
ここでエンデレは奇跡的な勘を発揮した。エンデレは急いで部屋の扉の鍵を閉めにいった。なぜかというと、微かな足音がここへ近づいてくるのを聞きとったのだ。
鍵を閉めてから、外から扉がこんこんと叩かれた。エンデレは息をひそめた。
すぐに扉をギシギシと押す音が聞こえた。
突如扉が激しく叩かれ、段々と叩く力が強まった。激しい音に扉が軋み始め、ガンガンともの凄い音が部屋を打ち続け、扉がひび割れて、今にも裂けそうになって、ついに扉に大きな亀裂が走った。
すぐさまエンデレは窓へ走った。窓を開けようとしたところで、後ろの扉が破裂した音が聞こえた。
「ええい!」
エンデレは窓を力いっぱい蹴破って、強引に外へ躍り出た。そして全速力で霧の中を走って行った。
すぐ前ですら、霧で何も見えなかった。しかし奇跡的に障害物に当たらず走っていくうちに、左手の甲の針が一周しようとしていた。
エンデレは走りながら後ろをちらりと見た。
霧で何も見えないが、霧の向こうからホッホッホッと息切れが聞こえてきた。
「……気持ち悪!」
エンデレはわけもわからないまま光に包まれて転移をした。
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