闇鍋

リーマン一号

闇鍋

 我が学生生活は自堕落と共にある。

 昼。それも日の光が垂直に差し込み、掛け布団一枚でも寝苦しいと感じた頃、左右交互に重心を変えながらスマホの画面にむしゃぶりついていた体をようやく起こし、近所のラーメン屋にジャージ姿でなだれ込む。頼むのは必ず朝飯兼用のラーメンセット(餃子付き)798円。平日であれば一本のライン通話に横やりを入れられたことでようやく目を覚ました。


「二時間後に闇鍋しよう。適当に具材もってきて」


 電話の主はたったそれだけ言い切ると、私の返事も待たずしてツーツーと電子音に変わった。どこで?だれと?数え上げ得れば足りない情報には際限がない。おそらくそいつは私の事を週末に何の予定もない悲しい暇人だと判断し、予定なんてないだろと高をくくって返事を聞く気すらないのだろう。


 はぁ・・・


 小さなため息を付いた私は、布団のぬくもりを名残惜し気にしつつも、洗面所で頭から水をかぶった。寝ぐせに脂がのった髪はしばらくは水をはじいて抵抗を重ねるがしつこく手でかき分けると、観念したとばかりにおとなしくしな垂れる。


 なんかあったかな・・・


 少し湿り気のあるタオルで乱雑に頭を乾かし、そそくさと洗面所を後にした私は、今や冷蔵庫の冷気にさらされている。

 鍋だって?ああ行くとも。

 根暗で彼女もいない自分にとって週末は家でゴロゴロして終わるのが基本であり、だれかが何かに誘ってくれるのをスマホとにらめっこをしながら待っているのが常だ。いまさら忙しい人アピールをすることで小さな自尊心を満たす必要も無し。そんなことよりも、昨日の晩から飲まず食わずで、現実的にぐぎゅううと声を大にする腹を満たしてやりたい。


 めぼしいものは無いかと冷蔵庫に探りを入れると、賞味期限切れになったいくつかの調味料と朝飯用に用意した三種の神器、納豆、キムチ、スライスチーズだった。


 うわぁ。地獄じゃん


すでに容易に想像できる地獄絵図。チーズは粘るし、キムチは臭い。納豆に限って言えば粘る上に臭い。わざわざスーパーによって無難なもんを買ってくることも頭をよぎるが、闇鍋ってこういうもんじゃない?と肯定する自分もいる。


 まぁ・・・。いっか


 結局勝ったのは買いに行くのが面倒くさいという感情で、三つの具材を半透明な適当な紙袋につっこみ、かろうじて使えそうなポン酢も一緒にぶち込んだ。


 友人から格安で購入した1万キロを振り切った原付きにまたがり、2キロほど離れた格安のボロアパートに幅寄せする。隣にはブレーキが思い切り軋みそうなボロい自転車が一台と、オレンジ色のハイカラな中型バイクが一台。

 勝手知ったるその2台の二輪車の持ち主は、私と同じように突然の招集にも駆け付けたのだろう。電話があってから30分も経たずして我々4人は件の主の下に駆け付けたことになる。おいおい。お前ら暇すぎだろ。俺が言えた事じゃないが・・・


学生時代、アパートで独り暮らしをする友人の一言で開催したそれは、4畳半の狭い空間に冴えない男を四人も押し込めるところから始まった。


テーブルを囲むようにして胡坐をかいた四人の中央にはカセットコンロの火が灯り、各々の足元には不透明なレジ袋やタッパー用意され、そこには当人しか知らない何かが入っている。


ゴクリと・・・


誰かの生唾を飲み込む音が聞こえる。


まさか食べられないものを持ち込むような度が過ぎた奴はいないだろうが、人の物にケチつけられない程には俺のタッパーに入っている食材も酷い。


納豆、キムチ、ブルーチーズの腐臭トリオ。


「少しやりすぎか・・・?」そんな考えも過ったが、せっかく闇鍋をやるのならこれくらいはしないとダメだという思いが背中を押してしまった。


「よし、じゃあ始めるか!」


友人にして家主の男が水を張った鍋をセットし部屋の電気を消したところで、皆、思い思いに具材を鍋へと投入する。


ポチャン、ボチャ、ブリュ、ベチョ。


普通じゃ考えられない効果音に俺は不安を募らせながらも追従する。


「うわっ!くっせ!だれか絶対納豆持ってきてるだろ!」


過敏にも匂いに反応する者もいたが、俺は適当に合わせて別の男に罪を擦り付けておいた。


さて、そんなこんなで具材はすべて投入され、一度蓋をして火にかけると・・・


10分後にはなんとも言えない匂いを放ちながらも闇鍋が完成した。


「・・・まじでこれ食うの?」


「当たり前だろ!さっさとよそえよ!」


家主の男が周りを急かし、俺は恐る恐る鍋の中身を掬い自分の皿に取り分けた。


そして、最初はスープからという一同のアイディアのもと俺たちはタイミングを揃えて口へと運んだ。


「・・・あれ?意外とイケる気がする」


「ほんとだ!普通に食えるぞ!」


周りの奴らは予想に反して好感触だったようだが、それには俺も同意見だった。


美味しくないことには間違いないが、匂いにさえ目を瞑れば決して食べられないほどではない。


結局、その後には鍋の具材を当てるちょっとしたゲームが始まり、なんやかんやとすべて食べつくしてしまった。


「いやー、食った食った」


「ああ。思ったより盛り上がったな」


確かに。闇鍋なんて悪乗りで終わる代物かと思っていたものだから、僕もこの結果には大いに満足していた。


「そういえばよぉ、お前マジで何入れたんだよ!?」


男の一人が家主の男に迫る。


具材当てゲームでは、俺たちは互いにすべての具材の答え合わせをしたのだが、家主の男が何を入れたのかは結局わからずじまいだ。


「秘密だよ!秘密!」


しかし、何度聞いてもこれである。


俺たちもそれ以上追及するのが面倒になり、そのまま闇鍋はお開きとなった。


家に帰る途中、暇つぶしに程度に家主が何を入れたのか再考してみたが、やっぱり皆目見当はつかない。


ただ、俺たちを見送る際に言っていた家主の言葉だけが頭にこびりついている。




「今日はごちそうさま!またやろうな!」

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闇鍋 リーマン一号 @abouther

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