HP:25550日のエクストリームスタントマン
ちびまるフォイ
おかえり! スタントマン!!
"わかりますか!? この声が聞こえますか!?"
声に起こされるように目を開けると、必至の顔をした医者がのぞき込んでいた。
思い出せるのは落ちてきた看板が迫ってくるイメージ。
「先生!」
「おい、早く持って来い!」
バタバタとあわただしい音が聞こえる。
でも痛みもなく此処地位眠気に襲われるように目をつむった。
目を覚ました時にはすでに日が変わっていた。
「目が覚めましたか。驚きました。あそこから回復するなんて」
「先生、俺は……」
「事故で病院に担ぎ込まれた時はもうボロボロで。
一度は心停止したんですが、そこから再生したんですよ。
きっとあなたの強い意志がそうさせたんですね」
「え、いやそんな……」
医者の言葉には同意できなかった。
この世の中に生きている理由なんて「体が生き続けているから」としか言えない。
「幸いにもケガの外傷もなかったんです、ほらね」
医者が差し出した鏡で自分を覗くと、自分の顔に落書きがされていた。
HP:25550日
「先生、俺の顔……落書きしました?」
「何言ってるんですか。事故の後遺症ですか?」
HPと書かれた自分の顔の落書きは自分以外にわからないらしい。
同じ病室にいたかつて戦争経験者だけは「あ、ああ…」と気付いたように指さしていた。
でも相手にはされなかった。
「あの人、いつも何言っているかわからないから」だそうだ。
退院後、いくら経っても顔の落書きが消えることはなかった。
「なんだろうな、これ」
ひっかいてこそぎ落とせるかと試していてよそ見をしていた。
「危ない」という言葉に反応するときにはすでに車にはねられた。
「いたた……赤信号だったのか、気付かなかった」
「だだだだ、大丈夫ですか!?」
「ええ、大丈夫ですよ。なんとかセーフみたいですね」
「このスピードではねられて無事だったなんて、あなたすごすぎますよ!?
スタントマンとかですか!?」
「た、ただの会社員です。あはは……」
自分でも完全に死んだと思った。
看板につぶされた後は車にひかれるなんて。
顔についた汚れを落とそうとトイレに行って、鏡をのぞいた。
HP:21900日
「あれ? 減ってる」
顔に書かれていた数字が減っていることに気付いた。
事故ったら減るのだろうか。それともケガをすれば減るのか。
軽く自分の腕に傷をつけてみても数字は減らなかった。
「いったいなんなんだ……?」
車にはね飛ばされて遅刻した、ということを報告したところ
言い訳にしても現実味がなさすぎると上司に叱られた。
口論になり、ついには仕事を勢いで辞めてしまった。
「これからどうしよう……」
公園のブランコで揺られていると、かけられた言葉を思い出した。
"あなたすごすぎますよ!? スタントマンとかですか!?"
これならいけるかもしれない。
数日後、俺はテレビで特集されるエクストリームスタントマンとして大人気になった。
『さぁ、今日のスタントは、なんとこの爆発する自動車の中をかけぬけて、
命綱無しであの高さからダイブし、最後にここまでくるという、
まさに命がけのスタントです!!』
視聴率という麻薬に冒され刺激を求めるテレビと、
俺の不可能に思えるスタントの数々の組み合わせはまさに最高。
「それじゃ、行きます!!」
スタートするや目分量の火薬が大爆発して、予定にないほどの火柱を上げる。
必死に火の海を駆け抜け、ひもなしバンジーを決めてカメラの前に出た。
「今回もやりました! 本当に素晴らしいスタントです!!」
「ありがとうございます。2度、3度死ぬかと思いました」
「最後の飛び降りたとき、首が一瞬ものすごい角度に曲がっているように見えましたが?」
「あはは、俺首強いんですよ」
HP:7300
カメラには映らない俺の数字はどんどん減っていた。
この数字が何を意味するのかもわかっていただけに、
俺はますますテレビの出演を重ね貯金を貯めていった。
目標金額まで貯まるともう危険なスタントとは縁を切った。
「どうしてスタントやめたんですか!?」
押し寄せる記者にはいつも同じ言葉で追い返した。
「ええ、実は……スタントのやりすぎて、体を……」
と。
細かく説明しないことであれやこれやと記者側でこじつけるため、
気が付けばそれらしい俗説が世に浸透してくれていた。
本当の理由は単にもうスタントで稼ぐ必要がなくなったからだ。
「よしよし、これで一生お金に不自由なく、残りの20年を生きられるぞ」
数字が減るタイミングは2種類あった。
そのうち1種類が日付が変わったとき。
だから、真っ先にこの数字が残りの寿命日数だと感づいた。
「まずはあれを買って、家にはあれを置いて……」
残りの財産をどう使うのか。
300円のお小遣いでおかしをやりくりする楽しさがある。
そのとき、電気が消えて真っ暗になった。
「な、なんだ!? 停電!?」
停電じゃないのはガラスが割れたり、誰かが家に入ってくる音が聞こえたからだった。
暗闇に目が慣れたときには、家に入ってきた男にバットで殴られて死んだ。
・
・
・
「う、うう……」
目を開けると椅子に固定されて身動きひとつ取れない。
「やっぱりだ。思った通りだ! ヒャヒャヒャヒャ!!」
「お前はいったい……」
「家に押し入ってきたんだ。何者かぐらいはわかんだろ?」
「ご、強盗か」
「ファンだよ。あんたの熱烈なファン。
誕生日はもちろん、あんたの小学生のあだ名まで知っているファンだ」
「はぁ!? だったらなんでこんなことを!」
「最初あんたを見たとき驚いたんだ。
顔に落書きをしたスタントマンだと思ってよ。
でも、オレ以外誰も気づいていなかった。本当に不思議だった」
こいつ、まるで話を聞いていない。
いやそれよりも、俺の顔の表示が見えている。
「お前、これが見えているのか……!?」
「見えるに決まってるだろ。それは寿命の日数だ。
昔、事故で生死をさまよってから、オレの体にも同じのが出てきたからよぉ」
男は自分の服をまくりあげると、腹部にHPの落書きがあった。
「あんたのファンだったオレはずっとあんたの番組を見ていた。
スタントに失敗するたび、どう見ても死んでいるシーンのたびに、
あんたのHPの数字は減っていったから気付いたんだ」
「……」
「この数字は寿命だけじゃなくて、再生の日数でもあるってことに。
バットで殴ってあんたを殺した時と、今のあんたのHP日数は減ってる。
おそらく、これがゼロになったら死ぬんだろ?」
「金が目的か! 貯金していた金はやる!」
「ああ、金が目的だ。でもそれだけじゃない」
男は用意していた道具をテーブルの上に並べた。
薬から刃物まで物騒な代物がずらりと並んでいる。
「あんたは、オレと同じ不死身人間だ。死んでも日数が残っていれば生き返る。
だから、どんな死に方をすれば、どれだけの日数が削られるかを
あんたで下調べしたいと思ったからきたんだ」
「ま、まさか……」
「死ぬのは慣れてるだろ?」
男は俺の体を容赦なく殺し続け、そのたびに減っていくHPの残数を記録していった。
「やっぱりだ。刃物で殺したときと、薬で毒殺したときで
復活するときに減るHPの寮がちがう。
外傷が少ないほど、復活するときのHP減りは少ないんだ」
自分が残りどれだけHPがあるのかわからない。
でも、この男の実験により大きく削られたことはわかる。
「それじゃ、これだな」
男は今度は長い刃物を取り出した。
「何する気だ!?」
「首を落とすのさ。安心しろ、あんたのHPはまだ残っている。
オレの記録では刃物による死亡なら復活できるはず。
ただ、首を落とした時に再生するのか、しないのか試してみたいんだ。
復活といっても、肉体の損壊がどの範囲ならできるのか確かめたい」
「やめろ! それだけはやめろ!!」
「お前の人生が誰かの役に立てて光栄だろ?」
最後に見たのは切り落とされた首から見た床だった。
「……あーーやっぱり復活しないか」
いくら待っても首なしの体はそのままだった。
「損壊ならまだしも、欠損したりするとダメなのか。
木っ端みじんになったりするとHPに関わらず死ぬんだろうな……ん?」
首がくっついていた場所に浮いている表示を見つけた。
HP:2555日
顔に書かれていたはずの落書きは、頭が落とされても、顔の位置に表示が出ていた。
「どうなってるんだこれ……」
男はそっと表示をつかもうと手を伸ばして触れた。
振れた指先から這うように数字が体を登っていく。
「うわっ!? なんだ!? あああああっ!!」
数字が顔にまで達すると、ボコボコと顔が変形し、
収まるころには切り落としたはずの男の顔と同じものに仕上がっていた。
「だから、やめろと言ったのに」
無事、再生を済ませた俺は鏡で自分のHPを確認した。
HP:16425日
「おお、増えてるじゃん」
男の体の寿命ぶんが追加されたことを確認すると、
また少しテレビでスタントマンとして出るようになった。
HP:25550日のエクストリームスタントマン ちびまるフォイ @firestorage
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