ⅩLⅧ   騎士の息子

 オニキスは微笑み、はっきりと答えた。

「あなたです、エディ様。」

「……僕?」

「ええ。ノエルお嬢様をお守りするというお役目は、私よりもあなたの方が相応しい。」

 エディはしばしぽかんとしてオニキスを見つめ、それから慌てて言った。

「そんなこと……! だって僕は……僕は騎士じゃない。こんな僕がノエルを守ることなんか、できっこないよ。」

「いいえ。」

 オニキスの瞳が、どこまでも深く優しい煌めきを湛えて少年をまっすぐに見る。

「私の昔の知人が私にくれた言葉です。『守りたい女性ひとがあれば、男は誰でもその女性の騎士になれる』。」

 エディは顔をあげた。窓から吹き込んだ風が頬を撫でる。

「……かっこいい。」

「あなたもよくご存じの方ですよ。彼はあるじに忠誠を誓い、一生をかけて主を支え……主に殉じました。騎士の身分でこそありませんでしたが、彼の姿や生き様は本当に、立派な騎士そのものでした。」

 オニキスは懐かしむように目を伏せた。エディもその見知らぬ男への憧れに顔を輝かせる。そして、ふと気付いた。

「僕もよく知っている人? それって……」

 少年の視線を受け止め、オニキスは頷いた。

「その方の名はエドゥアール=ブルダリアス殿。私や我が父と同じく先代伯爵様にお仕えしていた方です。」

 エディは目を見開く。その名をかみしめるように暫し俯き、呟いた。

「父さん……。」

 今は亡き父。彼にとって、父の姿は幼い日の記憶にあるおぼろげなものしかない。しかし、その大きな手は、力強い腕は、彼と彼の母を守るようにいつでもその心にあった。母が……今は父と同じ所へいってしまった母が、粗末なあの家のベッドの枕元で、小さくもあたたかいろうそくの明かりの中で、子守唄のような優しい声で少年に毎夜語り聞かせてくれた父の姿。幼い少年にとって、そんな父は英雄より憧れる存在だった。少年の全てだった。

 その父の姿と、今オニキスが聞かせてくれた言葉は、ぴったりと重なった。

『守りたい女性があれば、男は誰でもその女性の騎士になれる。』

 そういえばエディ自身も、同じような事を言われたことがなかっただろうか。

『守りたい存在は、あなたを強くしてくれるわ。』

「守りたい存在は、僕を強くしてくれる……。」

 エディは呟いた。それは、母がいつも彼に言ってくれていた言葉。そして、別れを決意したノエルにも贈った言葉。

「僕も、強くなれるのかな。」

「もちろんですよ。」

 あまり力のない声で呟く少年に、美しく強い騎士は優しく言う。

「だってあなたは、あの方の息子なのですから。息子は父を超えるものですよ、エドゥアール=ブルダリアスⅡ世様。」

 そう呼ばれて、父と同じ名を持つ少年はこそばゆいような笑顔をみせた。

「僕も、父さんみたいになれるかな。」

 しっかりと頷くオニキス。それに頬を上気させるエディの顔に、陰りはもう見られなかった。

「僕、ノエルのとこに行かなきゃ。どこにいるか知ってる?」

「ええ。今朝はお天気も良いので、お嬢様はご朝食の後お庭に出られました。薔薇園をお散歩されるそうです。」

「薔薇園だね、分かった。ありがと。」

 エディはだっと駆け出した。しかし屋外に出る前にふと足を止めて、彼の後ろ姿を見送るオニキスの方を振り向いた。

「ねえ、オニキス。オニキスも、誰かを守りたくて騎士になったの?」

「はい。私は父の跡を継いでこの伯爵家にお仕えし、お守りする為に育てられました故。」

「そうじゃなくて。……『守りたいひと』はいるの?」

 オニキスは不意を突かれたように暫し黙り込み、微笑んで言った。

「います。出会ったのは私が騎士になってからですが、主とさえも比べ難いほど大切な存在です。」

「きっと、綺麗な人なんだろうね。どんな人?」

 エディが尋ねると、オニキスは少しだけ目を伏せた。

「素敵な人ですよ。己の脆さと弱さを知っていて、いつも笑顔でいられる強い心を持った女性です。そんな彼女はきっと私に守られることなど望んでいないのでしょうけれど……それでいいんです。今はそれが一番、彼女らしくいられるのだから。」

 オニキスの微笑が何だか寂しげに見えて、エディは何か言おうと口を開きかけた。しかし、それより早くオニキスが明るく言う。

「さあ、ノエルお嬢様の元へ行って差し上げてください。早くしないとお昼になってしまいますよ。」

 これ以上この話はしない、という事か。そう了解してエディはただ頷き、今度こそ青空の下へと飛び出した。

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