ⅩⅧ 別れの時
ノエルはロビンとエディに、今日あった出来事、自分が知った事を順番に全て話して聞かせた。二人は目を丸くして、そのお伽噺のような冒険談に聞き入る。ノエルが口を閉じると、ロビンが躊躇いながらも訝しげに言う。
「それじゃノエル兄は、本当はすごい家のお嬢様で、家族も生きていて……、どうしてこんな所で暮らしていたの?」
ロビンの言葉はノエルの話を簡潔にまとめ、かつ彼らの疑問を代弁していた。一緒に聞いていたエディも頷き同意を示す。ノエルは何か諦めたようにただ肩をすくめてみせた。
「そんな事、俺自身が一番知りたいよ。この町に来る以前の事は何一つ覚えちゃいないんだ。」
少年たちと話すうちに、ノエルはいつの間にかすっかり元の口調に戻っていた。座り方にしても、自分が今ドレスを着ていることすら意識の外だ。マーヤだけは一度たしなめようと口を開きかけたが、今は何も言わないことに決めたらしい。ただあたたかい目で子供たちを見守っていた。
「自分のことなのに、知らない事だらけだよ。俺はどうして、小さい頃のことを忘れてしまったんだろう。」
独り言のように呟いたノエル。その瞬間、小さな記憶の断片が甦ってきた。
『怖いことは、全て忘れてしまいなさい。そしてとにかく生きるの。強く生きるのよ。』
「母さん……」
いつもの夢で幾度となく聞いた、優しい母の声。この言葉のために、ノエルは『怖いこと』と共に自らの記憶まで封じてしまったのだろうか?
「怖いことは忘れて……でも、母さんたちのことまで忘れてしまうなんて!」
ノエルは唇を噛む。思い出せないことが歯痒く、また忘れてしまった自分がひどく薄情な人間に思えた。そんなノエルの心中を察してか、ロビンが唐突に正面からノエルを抱き締めた。
「ロビン?」
「いろいろあって、大変だったんでしょ。ノエル兄……ううん、もう兄ちゃんって呼ぶのもおかしいな。」
そう言うと、ロビンはノエルの肩に顔をうずめる。
「参っちゃいそうな顔してる。ねえノエル、大丈夫だよ。何が起こっても、僕はノエルが大好きだから。」
ぎゅっと力が込められた腕のぬくもりに、ノエルの胸が熱くなる。その頬を一滴の雫が伝った。
「ありがとう、ロビン。」
ノエルは微笑んで言いながら、そっとロビンの腕を自分の肩から外した。強い光を宿した目でまっすぐに彼を見つめる。
「ノエル……?」
「でもごめんね、あたし決めたの。あたしは、本当の家族の元に戻らなきゃならない。だから……だから、もうロビンたちと一緒にいられない。」
そこまで言い、耐えられなくなってそっと目を伏せた。声が震えたのが自分でもわかる。辛い別れ。けれどこの選択をしたのも、これを自分の言葉で告げることを望んだのも、ノエル自身なのだから。耐えなくては。それでも、可愛い「弟」の澄んだ目をこれ以上見ていたら、決めた筈の心が揺らいでしまう。
「そっか……。」
ロビンはいつも素直な彼らしく、小さくそう呟いて俯いた。ノエルが決心していて、もう変えようがないことは分かったのだろう。脇で聞いていたエディはじれったそうに一、二度口を開きかけたが、結局は何も言わずに口を閉じた。暫しの間の後、ロビンはノエルの手をぎゅっと握り、言った。
「分かった。僕も一緒に行く。」
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