Ⅰ 裏路地の少年
「ノエル! ちょっと、ノエル
自分の名を叫ぶ声にふっと我に返ると、明るい緑の目がノエルを覗き込んでいた。
「あ……、ロビン。いや、何でもないよ。ただちょっと、考え事してただけさ。」
口ではそう言いつつ、少年の澄んだ目に何かを見透かされそうで逃げるように視線を逸らした。ロビンはちょっとむっとしたように膨れて、ノエルの顔の前にまた回り込む。
「何でもなくない。ノエル兄、最近おかしいよ?」
「何でもないったら。」
もう一度ノエルは顔を逸らす。ロビンは、今度は追いかけず、でも膨れたまま言った。
「ノエル兄、ずるいや。」
「どうして。」
「僕たちが〈きょうだい〉になった時、ノエル兄が言ったろ。僕たちはまだ子供で弱いから、少しでも強くなれるように2人でいようって。お互いがお互いを守るんだって。それから、ノエル兄は僕をずっと守ってくれてる。けど僕は? 僕、ノエル兄に守ってもらってるだけだなんて嫌なんだよ。僕だって、男の子なんだから。」
いつになく真剣な声に、ノエルはちょっと驚いて〈弟〉の顔を見た。ロビン。ノエルと同じく身寄りがなく、出会った頃は本当に小さくて弱々しくて、自分が守ってやらなくちゃと思った。二歳くらいしか違わなかったけど、〈小さな弟〉だとばかり思っていたのに。
「ごめんな、ロビン。」
ノエルは思わずその頭をくしゃくしゃと撫でた。きれいな髪。この所為で女の子と間違えられた事もあったっけ。
「でも、本当にたいした事ないんだぞ。最近よく同じ夢を見るだけさ。」
「夢? 怖い夢?」
「いいや。きれいで、あったかくて……とっても哀しい夢。」
ノエルがもっと夢のことを話そうとした時。急に、二人がいる細い裏路地からさほど離れていない表通りが騒がしくなった。よく分からないが、女の叫び声も聞こえる。
「何事だろう?」
ロビンが好奇心に目を丸くして叫ぶ。すぐにも野次馬に飛び出しそうな彼を、ノエルはとっさに止めた。
「やめろ、ロビン。行っちゃだめだ、家に戻れ。」
「どうして? 大丈夫だよ、見に行こ。」
「どうも危ない気がするんだ。気になるなら、俺が様子を見てあとで教えてやるから。」
ロビンはしばらく不満げにノエルの顔を見上げていたが、不承不承頷いた。
「……分かったよ。」
「よし。まっすぐ帰って、マーヤのところで大人しくしてるんだぞ。」
マーヤは、ノエルとロビンが出会ったのと同じ頃、ノエルを我が子として養いたいと言って二人まとめて引き取った女性だった。二人は今、マーヤと彼女の一人息子エディと共に四人で、町から外れた小さな家に暮らしている。ノエルにとっては家というより「安全な寝床」といった扱いだが、二人の居場所であることに変わりはない。
ロビンはノエルの言葉にしっかり頷くと、素直に家の方へまっすぐに駆けて行った。それを姿が見えなくなるまで見送ってから、ノエルは改めて表通りの方へ足を向ける。
ちょうどその時だった。
「うわっ!?」
「きゃっ!」
何かが……いや、誰かがすごい勢いで路地に飛び込んできた。ノエルは避けきれず、相手を抱き止める格好になる。相手はそのままノエルの手を握り、悲鳴のように言った。
「お願い、助けて!」
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