夕暮れ時

 なんとか石像を破壊したい気持ちをぐっと堪え、私は騎士団の訓練場を後にした。


 そうして再び街の方に戻ろうと歩いていた私は、ふと足を止め後ろを振り返る。


 そして高々とそびえ建つ王城を仰ぎ見たのだ。




(・・・ここで、ジークの妃としてさらに王妃として長いこと暮らしたな~。まあその間に色々な事があったけど、今では良い思い出になってる。あ、ただあの事はさすがに驚いたわ~。確か・・・子供達もある程度大きくなったぐらいの頃に、突然アラン様がユリウス様の近衛騎士団長の座を他の人に譲って、私の近衛騎士になりたいと来た時はビックリしたよ。さすがにすぐに断ったけど、私に騎士の誓いを立てたからと真剣にお願いされて、ジークもそのアランの真剣さに許しちゃって結局私の近衛騎士になっちゃたんだよね)




 その時の事を思い出し、私は複雑な表情になった。




(まあ私の近衛騎士になったアラン様は、その真面目な仕事ぶりが評価されて最終的に近衛騎士団長にまで昇格したんだけど・・・結局最後まで独身を貫いちゃったんだよね。どれだけ私やジークが素晴らしい令嬢を紹介しても駄目だったんだよな・・・)




 私は最後まで真剣に、そしてどこか幸せそうな様子で私の近衛騎士をしていたアランを思い出していたのである。




(・・・本当に色んな事があったな~。だけど、やっぱりジークと出会えてそして結婚して幸せな家庭が持てた事がサラスティアとして生きていた時で一番幸せだったよ。・・・ジーク、貴方に出会えて本当に良かった・・・ありがとう)




 そう心の中で呟きそして静かに王城に向かって頭を下げた私は、次に頭を上げた時決意を込めた表情をした。




(よし!サラスティアの思い出回りはこれで終了!これからはレティシアとしての思い出を作っていくよ!!)




 そうして私はくるりと踵を返すと、もう王城を振り返る事無く街に向かって歩き出したのである。




















 再び街中に戻った私は、暫く祭りを楽しみそろそろ日が暮れだしてきたので街を去る事にしたのだ。


 そうして城門に向かった私は、そこで予想外な状況を目にする。


 何故ならまだ日も落ちてないこんな時間から、城門にいる衛兵達が城門を閉めようとしていたのだ。




「え?もう閉めるの!?と言うか、閉めるようになったの!?」




 サラスティアの時は、特殊な事が起こらない限り基本的には城門は閉めていなかったので、まさか閉め始めるとは思ってもいなかった私は慌てて城門に向かって走って行った。




「す、すみません!!閉めるのちょっと待って下さい!!!」


「ん?ああ駄目だ駄目だ、もう夜になるから外に出れないぞ」


「いや、私夜でも大丈夫ですので出て良いですか?」


「駄目に決まってるだろう!これから夜になるんだぞ!?それも女一人でなど出せるわけないだろう!」




 私は城門を閉めようとしていた衛兵に頼み込み外に出して貰おうとしたが、衛兵は危ないからと取り合ってくれない。


 そうこうしているうちに、どんどんと城門が閉じられていってしまったのだ。




(う~ん、出来れば今日中に次の場所まで移動したかったのにな・・・正直、ここにずっといると離れがたくなりそうなんだもん・・・)




 駄目だの一点張りにどうしたもんかと困っていたその時、私が話し掛けていた衛兵に慌てた様子の女性が駆け寄ってきた。




「お願いです!!息子を探しに行かせて下さい!!」


「ど、どうした!?とりあえず落ち着け」


「そんな暇無いんです!もうすぐ夜になるのに、まだうちの息子が帰って来て無いの!!!」


「なら、きっと街の中で遊んでいるんじゃ無いのか?」


「いいえ!さっき書き置きを見付けて、どうも街の外の湖に行ってしまったようなんです!!」


「なんだって!?それでまだ帰って来てないって・・・かなりまずいな」




 そう言って衛兵は、どんどん暗くなっていく空を見上げたのだ。




「お願いです!!外に出させて下さい!!」


「いや、しかし・・・」


「それか私が駄目でしたら、代わりにお願いします!!」


「う、う~ん、そうなるとそれなりの準備をしないといけないから、すぐには無理だな・・・」


「そんな!お願いします!息子を助けて下さい!!!」


「う、うむ・・・」


「・・・あの~それなら私が行きましょうか?」


「え?」


「は?」




 二人の言い合いに私は我慢出来なくて思わず名乗り上げると、二人は驚いた表情で私の方を見てきた。




「き、君は何を言っているんだ!さっきも言ったが女一人で行けるわけ無いだろう!」


「いや、本当に大丈夫ですから。あ~息子さんの特徴教えて貰えますか?」


「え?えっと・・・年は11歳で名前をリムって言うの。今日は赤いベストを着ているわ」


「ふむふむ、リム君で赤いベストを着ているね。分かった、じゃあちょっと探してくるので、お母さんはここで待ってて下さいね」


「お、おい!君を行かせるわけには・・・」


「じゃ、ちょっと行ってきます!」




 衛兵の制止をすり抜けて、私は猛スピードで閉まりかけていた城門から外に飛び出したのである。


 さらに私は足を止めず、目的の湖に向かって駆け出した。




(・・・子供の足で行ける湖だったら、多分あそこだろうね)




 私はよくサラスティアの時に皆で行った湖を思い出しながら、さらに速度を上げて目的の場所に向かったのである。


 そうしてあっという間に目的の湖がある森の入口まで到着すると、鞄から愛用の木刀を取り出しさらにすっかり暗くなってしまった辺りを照らすため光の玉を浮かばせて森の中に入って行ったのだ。


 さすがに森の中は猛スピードで走るのは厳しかったので、駆け足程度で急いで湖に向かって走ったのである。


 そしてもうすぐ湖に到着しようかとしたその時、突如子供の悲鳴が森の中に響き渡ったのだ。




「っ!!」




 その声に私は内心焦りながら、速度を上げて急いでその悲鳴が聞こえた方に向かった。


 そして森を抜け開けた場所にある湖に到着すると、目の前の光景に絶句する。




「・・・何あれ?」




 私は呆然と呟きながら、目の前にいる生き物を凝視した。


 その生き物は、まるで狼のような風貌をしているのだが大きさが通常の狼の二倍ぐらいあり、口も大きく鋭い牙が剥き出しになっていたのだ。


 さらに爪も長く鋭く、背中に奇妙な形の骨の羽が生えていた。


 しかしそれよりも一番目がいったのは、その奇妙な生き物の目がまるで血のような真っ赤な瞳をしていたのだ。




(・・・あんな生き物見たこと無い。それもあの瞳の色・・・魔族の特徴なはずなのに・・・あれはどう見ても魔族じゃ無いよね・・・じゃああれは何?)




 その初めて見る生き物に、私の頭は大混乱していた。




「うわぁぁぁぁぁ」




 突然そんな叫び声が聞こえ私はハッとしながらその声のした方を見ると、そこには怯えた表情でうずくまる赤いベストを着た男の子がいたのだ。


 しかしその男の子のいる場所が、先程の奇妙な生き物の目の前だと言う事に気が付き、さらにその生き物が今まさに男の子に襲い掛かろうとしていたのである。


 私はその光景に、もう考えるよりも早く体が動き猛スピードで男の子と生き物の間に割って入り男の子を背に庇う。


 そして大きな口を開けて襲い掛かってくる生き物のその口を、持っていた木刀で受け止めたのだ。




「くっ!凄い力!!」




 その生き物の思わぬ力に苦戦しながらも、なんとか木刀を両手で持って耐えていた。


 しかしその時、持っていた木刀から激しく軋む音が聞こえそして次の瞬間木刀が生き物の噛む力によって粉々に壊れてしまったのだ。




「っ!しまった!!」




 遮っていた木刀が無くなった事で、生き物は今度こそとばかりにさらに大きく口を開けて私に襲い掛かって来たのである。


 私はその瞬間、すぐさま後ろを振り返り怯えている男の子を腕に抱くと一気に跳躍して後ろに飛び退き、すぐさま再び生き物の方に振り向くと同時にその生き物に向かって紅蓮の炎を打ち出したのである。


 そしてその炎はそのまま生き物に当たると、その生き物の体が真っ赤な炎で包まれた。


 そうして暫く燃えた後、真っ黒焦げになったその生き物の死骸だけが後に残ったのである。


 私は少し様子を見ていたが、完全に絶命しているようでホッと胸を撫で下ろした。




「・・・君、リム君だよね?大丈夫?ケガして無い?」


「う、うん。こ、転んで少し膝擦りむいたぐらいだから大丈夫だよ。・・・助けてくれてありがとう。でもお姉ちゃん・・・何で僕の名前知ってるの?」


「君のお母さんから聞いたんだよ」


「母ちゃん・・・」


「凄い心配してたよ。じゃあもう暗いし帰ろうか」


「うん・・・あ!お姉ちゃん!あそこ!!!」


「え?・・・っ!!!」




 リムが再び怯えた表情で私の後ろを指差していたので、私は慌てて振り返りその光景に絶句する。


 何故なら森の方から、さっき倒した生き物と同じ生き物が現れ出てきたのだ。


 しかも・・・一頭や二頭とか言うレベルでは無く、数十頭もいたのである。




(こ、これはさすがにヤバイかも・・・ちょっと数が多すぎ・・・)




 そう背中に冷や汗をかきながら男の子を背に庇い、周りを取り囲んでくる生き物達と対峙したのであった。

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