幸せへのプレゼント

和瀬きの

プレゼント


 *


 あら、やっと来たのね。あなたはいつも私を待たせる。待ちくたびれたわ。


 でも、そんな汗だくになるほど走ってくるなんて珍しいじゃない?


 それで? ずっと電話していたのに、どこに行っていたのよ。もしかして、また仕事なの? 今日くらい有給取って欲しかったわ。


 だって、今日は私たちが付き合って一年目の大切な日よ。


 このお店、予約なかなか取れないのよ。なのに、あと三十分しかいられない。最悪な記念日よ。


 え? 私は何をしていたかですって?

 何を言うのよ。私はずっとここに……え? 違う? 今日の朝からのことを聞きたい?


 妙なことを聞くのね。私がすることなんて興味なかったのに。本当に珍しいことばかり。

 もしかして、独占欲とか?


 心配しないで。私はあなたにしか興味ないし、職場の男たちと話す機会なんてない。今日は仕事には行ってないし。


 何よ、急かさないで。わかった。いいわ。今日のこと話してあげる。


 でも、とにかく落ち着いて座ったら?

 水くらい飲みなさいよ。すぐに前菜がくるはずだから。ね?


 本当に変な人。


 そうね。何から話そうかしら。

 そうそう。今日はあなたとの記念日だけど、私の誕生日。それくらいは覚えてるわよね?


 私、二十八歳になるの。


 好きな赤ワインも頼んでるのよ。飲むのが楽しみだわ。あなたも楽しんでくれるかしら?


 もしかして、プレゼントでも選んでて遅くなった? だったら、許してあげてもいいわ。

 でも手ぶらだものね。あなたってば、何の準備もしてこなかったの? 本当に相変わらずなんだから。


 記念日くらい、機嫌よくいさせてよ。


 えっと、どこまで話したかしら。

 そうそう。今日ね、あなたのお母様からプレゼントが送られてきたわ。え? あなた、知らなかったの? そんな驚いた顔しちゃって。


 真っ赤な包装紙に白いリボン。開けるのが勿体ないくらいに綺麗な赤だったわ。


 夏に二人であなたのご両親に会いに行った時のこと、覚えてるでしょ? 

 結婚の話をした途端に、ものすごく反対されたから絶対にないと思っていたの。だから、すごく嬉しかったわ。


 これって、もしかして許してもらえるのかなって期待したのよ。

 嬉しくて、嬉しくて……。


 え? 電話? 私が、お母様に電話を? 


 確かに電話したわ。お礼を言いたくて。でも、何を話したのかしら。緊張して、忘れちゃったみたい。

 うん、でも……。私、泣いた気がするわ。すごく嬉しかったからかしら。


 プレゼント? 何を貰ったのかですって? あ。私、嬉しくて今持っているのよ。

 ほら見てよ。すごく綺麗でしょ。見た瞬間に、素敵だって思ったわ。


 あなた、どうしたの? 急に立ち上がらないでよ。大きな音を立てたら、お店や他のお客さんにも迷惑じゃない。


 え? 早く、プレゼントをしまえって?

 あなたに見せたかっただけなのに、どうしてそんなに嫌な顔をしているの。失礼じゃない。


 何よ、怒らないでよ! すごくいい気分だったのに、台無し。どうして今日に限ってうまく行かないの!


 この店だっておかしい。前菜すらこない。ワインもない。どうなってるのよ!


 ねえ、どうして? やっとあなたと幸せになれると思っていたのに。どうしてそんなことを言うの?


 このプレゼントが、そんなに気に入らなかった? だったら、お母様に言ってよ!!

 もう言えないって何よ! だったら、私がお母様に電話するわ。それで満足?


 違う? 違うって何よ。

 今度は私の服に文句? 変なこと言わないで。この日のために選んだ服よ。あなたは白が好きだって言っていたから、白いワンピースを着たのよ。

 え? 白くない?


 変なこと言わないで! だってちゃんと選んで買った……え? この、汚れは何? 濡れてるの? 何で、私は赤いワンピースを?


 違う。私、これ。何で、こんな……。


 思い出せですって? あなた、何を知ってるって言うのよ! 私は、あなたのお母様にプレゼントを……。


 これ、お母様に貰った包丁。料理を頑張って、あなたに相応しい妻になるようにって、そういう気持ちだと思って。結婚を許してもらえたって思ったのよ。


 違う。違った。


 これ以上付き合うなって。死んで欲しい気持ちを包丁に込めて、そんなプレゼントを……あいつは、あの女は!!


 ……だから、殺したの。殺したのよ、私。

 あの女が送り付けてきた包丁で、刺してやったわ。


 違う。違うわ。

 殺してなんかない。


 私は料理がしたかったのよ。お母様が贈ってくださった包丁で、あなたが喜ぶ料理を作りたかったの。


 ねえ。そんな目で見ないでよ!

 私は、本当は……。

 認められたいだけだったのよ! 何で私ばかりが責められるの?


 どうしてこの苦しみをわかってくれないのよ! 苦しい、苦しい……。苦しい?


 そうだわ。とてもいい方法を思いついたの。今度は、褒めてくれるわよね?


 見てて。ほら!!


 綺麗に傷がつくのね。身体に吸い込まれていくみたいで、綺麗だと思わない?


 ほら、見てよ。痛いし、熱いわ。

 あなたの好きな白がすっかりなくなってしまったじゃない。


 やめて。見せかけの心配なんていらないのよ! そんな顔しないでよ!


 ねえ。最初から、あの女の言う通りにすればよかったの?

 私が間違っていたの? 私だけが、間違っていたの?


 いいわ。プレゼントしてあげる。

 お母様は、この命が欲しかったんだもの。最高のプレゼントでしょ?

 私、本当にいい事したわ。間違ってなんかなかった。


 プレゼントされて、嬉しくない人間なんていないわ。ね、そうでしょ?


 あなた。どうして首を傷つけないと思う?

 最後まで話がしたいからに決まってるじゃない。私はあなたを愛してるの。


 そうだわ。今日の話をしてあげる。


 今日は私とあなたの記念日。私の誕生日ってこと、覚えてるわよね?

 それでね、あなたのお母様にプレゼントを貰ったのよ……とても、素敵な、赤い包装紙の……プレゼントを……。



 END


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