ある夏の日に、君は。
Oz
第1話 起
太陽は真上に、僕、真部結人と彼女の千咲の肌を薄茶色に焼きながら、浮かんでいる。いっそ清々しいほどに快晴だ。時折吹く風はそれなりに乾いていて、暑さの割には不快感は感じられない。
僕と千咲は、洒落たカフェのテーブルの一席に、向かい合うように座っている。カフェは、夏休み初日ということもあってか、涼しい店内に人は収まり切らず、テラス席にも複数の男女が紅茶やケーキの味を楽しんでいた。
僕は、彼女の言葉が、聞き取れなかった。
「……ごめん。なんて?」
いや、分かっている。僕は、さっきの言葉が聞き取れなかったのではない。聞きたくなかったのだ。
「だから、別れて。私と。」
単語の一つ一つを区切るように、彼女は重々しく、僕にそういった。
千咲はこの異常気象とも思える暑さにそぐわない、ひどく冷たい目を僕に向ける。彼女の手には、一口も手をつけられていない蜂蜜入りのレモンティーの紙コップが握られていた。
「どう、して?」
口がうまく回らない。酷くもどかしい思いをしながら、僕は千咲に尋ねる。
千咲はしばらく僕の目を眺めてから、数秒の静寂の後、ゆっくりと口を開いた。
「……ズレているの。あなたは。」
蝉の鳴き声が、耳に反響する。先ほどまでアイスティーを飲んでいたはずなのに、喉がヒリヒリと乾く。
何かを言いたくて口を開く。けれど、声が出ずにぱくぱくと口を開いたり、閉じたりしてしまう。
そんな僕の様子を見てか、千咲はプラスチック製の椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。
「……帰る。」
500円玉を一枚、木製の折りたたみテーブルに叩きつけるようにして置くと、千咲は、僕を置いて、立ち去った。
心臓が、引き攣るような痛みを覚えた。
言いたいことの言えない僕に、酷く苛立った。
生暖かい風が僕の頬を二、三度撫でてから、僕は理解した。二年間付き合ってきた彼女に、幼馴染の千咲に、フラれてしまったことを。たった十分で、あの二年間はなくなってしまったことを。
駅前の噴水で待ち合わせをして、千咲から話したいことがあると言われて、このカフェに立ち寄って。
千咲の座っていたプラスチックの椅子を、馬鹿みたいに呆然と見つめてから、やっと僕は正気に戻った。
声を掛けなくては。
彼女に伝えなくては。
根拠もわけもわからない使命感に突き動かされて、千咲の立ち去った方へと駆け出した。
机の上に、500円玉をポツンと残したまま。
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