第3話
赤坂が予約を入れていた事務所御用達の美容院で、ゆらぎは胸辺りまで伸ばしていた髪の毛を、男性的に見えるように、ばっさりとカットした。
今時の若手男性声優の髪型は、清潔感溢れる黒髪のマッシュショートヘアが流行りらしく、ゆらぎも例外に漏れず、少し中性的な雰囲気の髪型にチェンジされた。
美容院から事務所へ戻ると、事務室で仕事をしていた赤坂が、ゆらぎの姿を見てパッと笑顔を輝かせる。
「ロングヘアも良かったけど、ショートも凄い似合うね」
「ありがとうございます……」
自身のタレントを褒める為の、お世辞とは言え、褒められることに慣れていないゆらぎは、胸の奥が何だか少し、こそばゆい感じがした。
「じゃあ次は服なんだけど……時間がなくて一緒に見に行けないんだ。悪いんだけど、ここのお店に行ってみてくれるかな。地図のURLを送るね」
赤坂が申し訳なさそうに言い、ゆらぎの携帯に店の住所と簡単な地図が描かれているURLをメールで送信する。受信したメールの内容を確認して頷いた。
「大丈夫です。行ってきます」
「ああ、ちょっと待って。その後は寮へ案内するから、買った服に着替えてきて欲しいんだ」
「分かりました」
赤坂が指定した店は落ち着いた大人の雰囲気で、若者向けというよりは三十代向けのファッションを中心とした品揃えの店舗だった。
当然の如くメンズファッションに疎いゆらぎは、店員に頭から爪先までをトータルコーデしてもらい、そのコーデを一式購入した。
だが、わざわざ店員にコーディネートしてもらったものの、結局は黒いシンプルなシャツに、ジーパンという無難過ぎるファッションに着替えて、再度事務所へ戻る。
時刻はすでに、午後二時を回っていた。
「戻りました」
声を掛け事務室へ入ると、赤坂が大量の段ボール箱を荷台に乗せて、運んでいるところだった。
「お帰り。うん、悪くないね」
荷台を押していた手を止めて、ゆらぎの姿を一瞥し、満足げに頷く。
「何ですか、それは」
「黒瀬くん宛のファンレターやプレゼントだよ。これから仕分け作業をしないといけなくてね」
微笑して如何にも重たげな段ボール箱を持ち上げては近くのテーブルへ移動させる。そして、ファンからの贈り物を、一つ一つ丁寧に取り出して確認作業を始めた。
「赤坂さんが作業するんですか?」
「そう。弱小事務所だからね。人手が足りないんだ。だから、時間を見付けては、ファンの皆さんからの贈り物の確認。万が一のことがあってはいけないから」
万が一とは所謂、ファンレターの中にカッターナイフの刃が入っているとかだろうか。いや、それは古い気がする。じゃあ、プレゼントの中に盗聴機を仕掛けるとか?
「具体的なことを言うと、ファンレターに個人の連絡先が書かれている、とかかな」
ゆらぎの表情を読み取った赤坂は、丁寧に解説する。
「ファンとの直接的な接触は禁止だから。白石くんも、これから気をつけてね」
「はい」
なるほど。SNSが発達した昨今でも、ファンレターで個人の連絡先を教える人がいるんだ。マネージャーさんって大変だなぁ。と、感心をする。
ゆらぎは先ほど赤坂から寮を案内するのは、この確認作業が一区切りするまで、少し待って欲しいと言われた。
しかし、今日の事務所初日の日程はほぼ済んでいる。後は赤坂から寮の案内を受ければ、日程は完了する。
暇を持て余したゆらぎは、赤坂と共に黒瀬セメル宛の贈り物の選別を始めた。
「よし。今日はこれくらいでいいか。白石くん、手伝ってくれてありがとう」
「いえ、他にすることもなかったので。それより、この束凄いですね」
ゆらぎが指差したのは、黒瀬宛のファンレターだ。手紙が分厚い束を成して、テーブルにいくつも並べられている。
「普段から大体このくらい手紙が届くんだ。白石くんもこうなれるように頑張ろうね。じゃあ、この手紙とプレゼントを黒瀬くんに届けに寮へ向かおうか」
「手伝います」
赤坂がプレゼントの入っている段ボール箱を手にし、ゆらぎは大量の手紙の束を両手に抱えて寮へ向かった。
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