第4話 台本のシミ
ライトノベルセレクト
『俺の従妹がこんなに可愛いわけがない・4』
その夜は感動して寝られなかった。
ちょっと大げさ。でも、三時頃までは頭の中の電気が点いたままだった。
『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』を二時間ほどで読んだ。むろん由香里が寝てから。
坂東はるかという子が、親の離婚で東京から大阪に転校。ひょんなことから演劇部に入り、いろいろ頭を打ちながら成長していく話だけど、これはノンフィクションだった。はるかという子の7か月が、彼女の幻想とともに描かれている。
すごいと思ったのは、親が離婚して転校までさせられたのに、ちっとも歪んでないこと。
それどころか、はるかという子は、別れた両親の仲を元に戻そうとして夏休みに一人で南千住の実家まで戻ってみる。ところが父には、もう事実上の別の妻がいた。いったんは崩れそうになるけども、自分の望みに反した現実を受け入れ、バラバラだった両親を始め、いろんな人の心を前に向かせていく。
それも、はるかがそうしようと思ってではなく、前向きに生きようとすることが、周囲の人間を変えていく。その中心に高校演劇があり、その中の芝居をやることが彼女の支えになる。
そして、その支えが、いつの間にか本物になり、はるかはプロの女優になる。
そして、坂東はるかは、その自分自身のノンフィクションの主役。
これだけでもすごいのに、寝ようと思って布団に潜り込むと、由香里の枕許の台本に気が付いた。
由香里は、AKRのメンバーで、映画どころかドラマにも出たことがない。出番もけして多くはない。でも、台本は何度も読み返した形跡があり、自分の出番以外も書き込みで一杯だった。
リビングに持っていって改めて見ると、懐かしい由香里の涙のシミが、あちこちに着いていた。由香里は、小さな頃からよく泣く子で、俺……あたしは、面白半分で、作り話の怪談なんかしてやった。あたしが飽きると、自分で本を読んでは泣いていた。
台本のシミは、そういうのではない涙のシミも混じっているような。
可愛い寝顔の由香里が、とても偉く見えた……。
あたしは、もう「俺」を止めようと思った。由香里が撮影に出かけたあと、あたしは着崩した制服をキチンとしてみた。本の中にあった「役者はナリからやのう」 コワモテのカオルから普通の薫に戻ろうと思った。
いつもより二本早い電車に乗った。
で、学校の校門に入る頃には、いつものカオルにもどってしまった。クラスに安西美優という気の弱い子がいる。美優は、朝早くやってくる。柄の悪い生徒達といっしょにならないために。
廊下を歩く気配で分かるんだろう、あたしが教室に入るとギクっとして身を縮めた。
「お早う」喉まで出かけた言葉が引っ込んでしまった……。
「一ノ瀬由香里って、カオルの従妹なんだってな!?」
あたしが、一番シカトしてる翔太がデリカシーのない声で話しかけてきた。
「従妹ってだけだ」
「夜なんか、いっしょに風呂入って、オネンネしてんだろ。カオルがなにもしねえってことねえよな?」
……!!!
気が付くと、翔太が鼻血を出して吹っ飛んでいた。
「もう俺に口聞くな、ぶっ殺すぞ!」
あ~あ、やっちまった。
金輪際、それで縁を切ったつもりでいたけど、放課後とんでもない巻き添えをくってしまった。
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