第3章 8-1 本当は五十体分

 その世俗と隔離された明心めいじん神宮の森林の中の小さな茶室で、菫子すみれこ千哉ちかより諸々の報告を受けた。


 そして様々な今後の打ち合わせをし、最後に山桜桃子ゆすらこの話となる。


 「お嬢様の功績は甚大です。私が駆けつけたころには、もう退治が完了しておりました。しかも、相手は土蜘蛛というレベルではありません」


 「その正体も、勝手に明かすわけにはいかないでしょう」

 「ロシアの手前ですか?」

 「そうです」

 千哉が不服そうに顔を歪める。


 「貸しですよ」

 「政治は分かりません」

 「分かってもらわないと。山桜桃子のためにも、ね」


 そう云われると辛い。自分も、もっともっと勉強しなくては、と、改めて痛感する。

 「それにしても……本当に二十体分ですませるおつもりですか?」

 「それしかないでしょう」


 菫子が、今日は真っ赤な楽焼の茶碗で音もなく茶を出す。花も、季節外れの小さな白い野菊だった。今回の大火で亡くなった人たちへの供養だ。


 千哉が厳かに茶をのみ、茶碗を返す。


 「だなんて、逆に影響がありすぎてあの子のためにならないと判断しました。事情を知らない北海道や大阪から身内贔屓と云われても、面白くないでしょう?」


 「それは……そうですが」


 もしスヴァロギッチが五十体分なら、三月中ごろから数えてたったの四か月で免許である。新記録とかいう話ではない。これこそ前代未聞で、確かに不正が疑われてもおかしくはなかった。


 (ここは我慢か)

 千哉は納得した。

 「それに、ね。ちょっと、ズルもしたしね」


 菫子がクスリと笑う。あの勾玉の話なので、千哉には意味が分からなかった。ただし、菫子も山桜桃子が真の才能を開放させたことは知らぬ。


 「最年少師範代で、いまは充分。少し、休ませましょう」

 「わかりました」

 「次は、貴女にててもらおうかしら」

 家元よりふいにそう云われ、千哉が緊張で固まった。



 「避難所から中継、見てたぜ。すごかったな」


 火災のひとつから近かったため、らいの入院している病院でも患者を緊急避難させていた。それが解除され、山桜桃子としんが見舞いに来ていた。


 「だけど、途中からスマホもテレビも映らなくなってさ」

 「ヘリが何機か、おっこちたんだよね」


 「そのほかにも、動画撮影していた人もいましたが、突然、ノイズになってしまったようです」


 眞も報道やワイドショー、SNSを独自にまとめた結果を報告する。

 「変身したゾンは映らないのかな」

 「おそらく……」


 「そもそもゴステトラは、実体化してても光学機械には映りづらいんだ。なんか、やっぱり物理の法則が違うんだろうな。あの魔神を倒しちまうようなゾンだったら、より影響は大きいんじゃないか?」


 「そうかもね」

 「学校は?」


 「火傷した人はいたけど、みんな軽いケガみたい。それよりショックで寝こんじゃってる子が多くて、期末テストは中止。そのまま、夏休みになるって」


 眞と雷が見合う。

 「だろうなあ。あんな特撮映画みたいのを、目の前のグランドでやられちゃあな」

 「燃えたところも、夏休み中に直すんだって」


 「災害認定されるでしょうから、臨時区議会で補正を組んで一者随意契約ですね。きっと、早く直りますよ」


 何を云っているのか理解できず、二人とも眞の言は無視した。

 「臨海学校はどうすんだ?」

 「希望者だけでやるみたい」

 「やるんだ」

 「気分転換も、大切なケアでしょうから」


 それから、スヴァロギッチと中川胡桃の話となった。もっとも、詳しいことは山桜桃子も知らされていない。

 「センパイ、まだ入院してて、意識が戻ってないみたい」

 「なんで、その子が魔神憑きになったんだろうな? 狩り蜂の素質があったのか」


 「それらも、籠目先生を中心に警察が調べるようです」

 「まだ、出てくると思うぜ。おれはな。あんなのが、まだな」

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