第3章 5-3 千哉とスヴェータの対話

 ぐるっとその区画を回ったスヴェータだったが、本当にまったく何の痕跡も無いことに、いよいよ眉をひそめた。ドモヴォーイの動いた気配も無い。


 そのとき、

 「あっ、あなた」

 角を曲がってきた千哉ちかとばったり会った。スヴェータは無視したが、

 「待ちなさい、やっぱり、あなたたちの案件なのね?」


 早くコンスタンチン達が来ないかと思って、スヴェータはきょろきょろと周囲を見渡したが、まだ来る様子はなかった。正直、スヴェータに日本の警察と話す任務はなかったし、話す権限が逆にない。千哉の相手は、内務省職員の仕事だ。


 それを察した千哉、


 「警察じゃなく、日本狩り蜂協会として話すから。私も狩り蜂なの見たでしょ? 日本狩り蜂協会からは、まだあなたたちの日本国内における退治の許可は出してないよ?」


 「う……」

 そう云われるとスヴェータも弱い。本部は何をやっているのか。


 「モスクワマスクヴァーから、どういうハナシが行ってるかわかんないけど、ワタシは云われたこと、やるだけだから」


 日本語でそう返し、もう行こうとする。

 「待って。魔神憑きジヤヴェークについて、もう少し情報をもらわないと」

 ギョッとしてスヴェータが身構える。


 「ヂヤヴェーク、知ってる?」

 「名前と、その存在だけ」

 「アイツ、ヂヤヴェークなるよ、このままじゃ」


 「山桜桃子ゆすらこのこと?」

 「ナマエ知らない」

 「わよ」


 またスヴェータが険しい表情となって千哉をにらみつける。

 「じゃ、なんで……」

 「そうはさせないってこと」

 云われた意味がやや分からなかったが、


 「そうなの……ふうん。ま、なると思うよ、ワタシは。このままじゃね」

 「そんなことより、火の魔神について教えて」

 「教える必要ない」

 「あります」

 「ないよ! アタシたちでちゃんと退治する!」


 「それは勝手にやって。けど、一般の日本人を巻きこむことは許しません。少人数のあなたたちが、一般市民を保護する余裕があるとは思えません。そっちは私たちの責任でやるから、敵の情報共有を」


 行こうとするスヴェータの腕をつかんで、千哉が真剣な表情で云った。間違ったことは云っていない。スヴェータ、むしろその通りだと思った。自分たちの退治へ、さっきの子供が巻きこまれるのは自分とて望んではいない。


 「お願い」

 「……」

 スヴェータ、なんとも困った顔となった。


 「甘いものおごるから。ね?」

 「う、うん……」


 千哉の作戦勝ちか。さっさと車へ乗せると、行きつけの小洒落たカフェへ向かった。



 六本木駅ビルの人気カフェで三段重ねのてっぺんにアイス、ハチミツと特性クリームにチョコレートソース、それにフルーツ山盛りのスペシャルパンケーキを前に、スヴェータがそれまで誰も見たことが無いような笑顔で、そのケーキをスマホで撮りまくった。


 「これ、ホントにいいの!? 高くない!?」

 「いいのいいの、情報料だから!」

 千哉は小さなケーキ付の紅茶セットである。


 「ワタシ話せることそんなにないよ。ホントに。あんまり知らない」


 それはそうだろう。もし立場が逆だったら、千哉だって山桜桃子にどこまで話すか、だ。


 「知ってるだけでいいから」

 「あなた、どこまで知ってる?」


 さっそくナイフとフォークでパンケーキを切り、ハチミツをなめつくす熊みたいに頬張りながら、スヴェータが上目遣いで千哉をその美しいアンバーの眼で見つめた。

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