第3章 5-2 イヴァン
突然、スヴェータがソファから跳びあがって窓の外を凝視したので、何事かと三人もスヴェータと窓を見やった。が、特に何も異変はない。
「どうした?」
しかしスヴェータは無言でもう部屋を飛び出した。
「どうしたんだ!?」
仕方も無く、三人が後を追う。
しかしスヴェータ、エレベーターへ向かわずに廊下の突きあたりから非常階段を上って、ホテルの屋上へ出た。そのまま、ヘリポートの真ん中で初台方面を凝視する。
「なにか見えるのか!? まさか、ヤツか!?」
スヴェータには
「動き出した……!」
「本当か!」
「イヴァン、イヴァーン!」
もう、真っ赤に燃え盛る羽毛をはためかせ、火の鳥が出現する。肩へ乗るほどの大きさから、翼長十数メートルはあろうかという怪鳥の大きさまで自在だ。眼や嘴、爪はルビー色に輝いて、炎は何種類もの赤からオレンジ、黄色へ変化し飾り羽も美しく揺らめき、初夏の日差しへ陽炎を立ち上らせている。いま、ヘリポートには巨大な炎の塊がいた。まるでビルの上で火災が起きているようだった。
スヴェータは火の鳥の背中へよじ登るや、無言で空へ舞った。三人もあわてて今来た非常階段を下り、最上階からエレベーターへとびこむ。
若い一人がすぐさまどこかへ電話をした。
「そうだ、スヴェータが緊急出動した。今から追うが、我々はまだホテルの中だ。先に追跡を頼む。イヴァンへ乗って、ハツダイ方面へ向かってる。ヤツに関連する何かを目撃したようだ。急いでくれ!」
エレベーターはそのまま地下駐車場へ行き、三人は黒いベンツのSクラスセダンへ飛び乗って、音を立てて出発した。スヴェータへ持たせているスマホの位置情報を頼りに車を走らせる。
一方スヴェータはイヴァンでもう巨大火柱へ接近していたが、忽然と消えてしまったので驚いた。あれほどの霊的な炎を、一瞬でかき消すとは……さすが、火の魔神だけある、と思った。
高度を下げ、火柱の立っていた場所を確認する。一般住宅が密集しており、特定できなかった。仕方なく、近くの細い路地へイヴァンを下ろす。住宅地であり、すぐさまイヴァンを幽体にして一般人から隠す配慮は持っていた。ただでさえ不審火続きで、ここいらの住人は火にかなりナーバスになっている。家の前に巨大な炎の塊があったならばどうなるか、だ。もっともスヴェータとしては、無暗に騒がれては自分の仕事へ支障をきたすために隠しただけで、日本人へ不安を与えないようにしたという意味ではない。
「イヴァン、何かわかる?」
火の鳥は獲物を探す猛禽めいてそのルビー色の眼をギョロギョロさせていたが、何の痕跡も残さず数十メートルはあった巨大火柱はかき消えたようで、特に動きはなかった。
(ふつうは、何らかの痕跡が残るんだけどな……一切の力の行使の跡が無いなんて……いったいどうやって……)
時間的にはもっと後になるが、ゾンは、あの巨大な火柱の痕跡を色濃く観ていた。しかし、スヴェータとイヴァンには、何も見えていない。
スヴェータは不思議でならなかった。土蜘蛛でも、まして精霊でもない。中世にキリスト教により封印され、忘れ去られたロシアの古い神は、もうどんな存在だったのか、どのような力を有していたのか、当のロシア人にもよくわからなかった。
スヴェータはイヴァンを連れ、路地を少し歩いた。幽体のイヴァンは少し小さくなり、体高が一メートル半ほどの大きさでスヴェータへヒョコヒョコとついて歩いた。地面を引きずる長い飾り羽が煌めいて燃え、非常に美しい。たまたますれ違った、保育所帰りの子供を連れた三十代ほどの主婦が、珍しそうにスヴェータを見やった。住宅街なので、あまり外国人を見かけないのだ。どこに越してきた子かしら、そんな顔だ。母親と手を握っている三歳ほどの男の子が、イヴァンを見上げて興奮した。彼には火の鳥が見えているのだ。
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