第3章 3-5 喧嘩蜂

 「ちきしょう、いってえな!」

 「ふざけんな、この日本人イポーンカ!!」

 スヴェータはもうロシア語だ。

 「お前こそふざけんな!」


 ニュアンスが分かるのだろうか、山桜桃子ゆすらこも負けじと叫ぶ。引きちぎられて山桜桃子のシャツのボタンが飛び、スヴェータのTシャツも山桜桃子が掴んで力任せに引っぱり、スヴェータも思いきり身をよじるものだから伸びきってついに裂けた。


 「こいつ、制服破きやがった!」

 「あんたこそ、この、バカヂカラ!」

 「やっすい生地使ってんなっつうの!」

 「このチビ! 放してよ!!」


 日本語とロシア語でもうめちゃくちゃだ。ゾンとイヴァンは何もすることができず、傍らでつっ立って呆れ返っている。ロシア内務省の三人も、権限が無いものか、むしろ両手をあげて野賀原のがはらへ、


 「なんとかしてくれ……」

 という目を向けていた。


 「やめなさーい!! 二人ともやめて! ストップ、ストーップ! そこまで!!」


 まさに子供のケンカに、千哉ちかが割って入った。しかし止まらない。

 「見てないで、係長も止めてください!」

 野賀原は困りきって遠い目をし、


 「いやあ、うちも娘二人や娘と母親がよくケンカするんだけど、とてもおれにゃ止められないよ」


 千哉はその言葉でもう諦めた。

 「止めろ! いい加減にして! 山桜桃子!! あんた、本気で怒るよ!!」


 山桜桃子は真っ赤に泣きはらした目でようやくスヴェータから離れ、血の混じった唾を吐いた。


 スヴェータも鼻血をハンカチで拭き、涙をぬぐいながら、斜に構えて山桜桃子を睨みつけた。


 「フン! ブラもつけてないようなガキ相手に、大人気なかったわ」

 それはロシア語のはずだったが、山桜桃子がまた目をむいて、


 「余計なお世話だ、覚えてろこのロシア人!」

 「ナマイキなガキ!」


 そこだけ日本語で、山桜桃子がまたカッとなってとびかかりかける。スヴェータも身構えたが、千哉が山桜桃子を抑え、スヴェータも内務省の若いのが割って入って止めた。


 「行くわよ! いったいわね……ホント……マジ最悪……!!」


 それこそTシャツが伸びきって裂け、下着が見えているのもかまわず、スヴェータがその場を去る。すぐに、ロシア大使館の黒塗りの車が来た。イヴァンがその車を追って羽ばたき、飛びながら消えた。


 「どうせ同い年のクセに……なにがガキだこの……見た目ババアーのくせに……!」


 山桜桃子がまだグズグズ云いながら涙をぬぐった。千哉がやれやれといった顔でポーチから安全ピンを出し、破けて白いキャミソールスクールインナーの見える制服のワイシャツを直してやる。


 ゾンは開いた口が塞がらないといった感じで角の根元あたりの頭をかき、天を見上げて嘆息しまくっていた。


 やっさんも消えてしまったが、マサは目を細めて微笑を浮かべ、ゾンと山桜桃子を見つめていた。


 避難指示解除の放送が、流れてきた。

 日差しが、日に日に強くなってゆく。

 気がつくと、街路樹がすすり泣くような淡い蝉時雨だった。



 4


 山桜桃子が顔や腕を絆創膏とガーゼだらけにして登校したので、教員や同級生らはいろいろと憶測をもったが、道場関係者と警察を兼ねて千哉より学校へ土蜘蛛事件関係者証明が出たので、退治による負傷ということになった。だが学校へ付き添った千哉と山桜桃子は校長室へ呼ばれ、


 「すみません、やはり、まだ子供ですので、いくら道場の目録といいましても……あまり、危険なことは……」


 校長直々に、保護者代理の千哉へ注意した。

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