第3章 3-4 刀精一閃

「何がおきるかわかりませんし、ゾンとあの火の鳥のゴステトラが出てますんで、いい訳はきくかと!」


 「いい訳ねえ……」


 野賀原のがはらの顔が苦笑で曇る。いい訳するのは避難指示を要請した千哉ちかだが、責任を取るのは野賀原や課長だ。


 「百メートル(レベル一)でいいと思うがねえ!」

 「もう遅いです!」


 違いない。とにかく走る。日ごろの地道なトレーニングの成果を発揮できて、二人とも喜んでよいやら、自慢してよいやら。


 「……ヒー、チクショウ……!」

 代わりに山桜桃子ゆすらこがへばってきた。汗だくで懸命に走るが、脇腹が痛い。


 「バカ、運動ブソク!」

 舌を出してスヴェータが行ってしまう。

 山桜桃子は顔を真っ赤にして涙目で奇声を発し、がむしゃらにまた走り出した。


 その山桜桃子を、ヒョイと実体化したゾンが片手で抱え、肩へ乗せる。

 「バカバカ、みっともない、下ろしてよ!」

 乗ったはいいが、ガクガクと揺れるのでゾンの角を掴み、山桜桃子が叫ぶ。


 「おせえんだよ、バーカ!」

 「あんたの腐った汁とかスカートにつかないの!?」

 「うるせえ、知るか、バーカ!」


 前を見ると、もう火の鳥のイヴァンが高度を下げ、鷲が兎を捕らえるかのように大きな風切り羽でダイブブレーキをかけてその両足の鉤爪をつきたてんとしていた。


 「やらせんな!」


 いいのかよ……と思いつつも、ゾンが小さめの火の弾を吐く。ヒュウゥッ! と音を立てて飛び、ボガァッ! 地面がえぐれて爆発し、ドモヴォーイはぶっ飛んで前に転がり、イヴァンは再び激しく羽ばたいて急上昇した。


 「ジャマすんな!」

 振り返ってスヴェータが叫ぶ。

 「そっちこそ!」


 とたん、ゾンを止めようとイヴァンがまた高度を下げ、ゾンの眼前で目くらましの火の粉を大量に吹きまいた。ゾンは山桜桃子を護るために急停止し、体をひねると同時に翼を広げて火の粉を払った。


 その間に、もう一度ドモヴォーイを狙おうとイヴァンが高度を上げる。


 一般人は防災無線で反射的に我先と逃げ出し、井の頭通りを走る車もカーラジオやスマホ等への緊急連絡で急停止して運転手は降り、路肩へズラリと並んでいた。


 その車の一台が、野賀原と千哉の乗っていた車だった。

 既に、マサが澄ました顔で車の横に立っている。

 ドモヴォーイが歩道を転がるように逃げていた。


 「マサ!」

 千哉が命を発し、マサの切れ長の目が曜変に光った。


 いきなり現れた尋常ではない殺気に、ドモヴォーイが凍りついたように動かなくなった。金縛りか。


 マサがその右手を優雅に振り上げ、手刀をもって縦一文字に空を切った。

 「あっ……!」


 スヴェータも瞠目する。距離は、まだ十五メートルはあるだろう。ドモヴォーイが脳天から股まで真っ二つになって、それから燃え上がって炎となり、粉々に千切れて消えてしまった。


 マサが長袖の袂で口元を隠したまま、妖狐めいた微笑で一行を出迎えた。

 


 「アナタ、余計なことする、先にやられたでしょ!?」

 「知ったこっちゃないわよ! あんたこそ、こっちのジャマしないでよ!」

 「ジャマしないコトなってるでしょ!?」

 「だから、知らないって!」

 「二度とジャマしないで!!」


 「知るか!」

 「ナマイキ!」

 「うるさい!」

 「ナニよ!」

 「なんだ!」

 「ヤルの!?」

 「やってやるっつうの、こいつ!」


 二人は、ついに往来で取っ組み合いを始めた。涙目で服を掴み、髪も掴んで本気で叩きあう。

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