ⅱ. 影を重ねる男

 カランカラン・・・


 歩行者天国ほこてんから脇へそれた風俗の通りを過ぎて、人気と灯りが極端に減った静かな通りの端にバーはあった。どこか変なとこへ連れて来られたかと焦ったけど、扉を開くと上品な空気が流れてて、格好も普通のおとなしい客が静かな声で談笑してた。

 ・・・てか、あたしたちのこの派手なファッションの方が浮いてるかも。

「・・・いらっしゃい」

 バーのマスターが手を動かしながら、落ち着いた声で挨拶をしてきた。何でか目を閉じている。

「よーぉマスターぁ!」

 ・・・知り合い?リッコと思わず顔を見合わせる。だとしたら、この二人、すごく絵になるよね。

 だって、お兄さんの方はまさにモデル体型でカッコイイし、マスターの方もバーテンダーの衣装がよく似合ってる。

「やあ、千登世ちとせ

 女子顔負けの白い肌に優しげな表情。低くてとても耳触りのいい声。声優目指せるんじゃない!?指も節くれ立ってなくてキレイ。

 ・・・ただ、なんで目を開けないの?

茉莉華マリカちゃん、律子リッコちゃん、紹介するよ。彼がこの店『BASIC』のマスター。眼は殆ど視えないが、カクテルの腕は世界一。おまけに、マスターの前には誰も嘘なんか吐けないんだぜぃ★些細な変化を読み取って、真実ほんとう虚構うそかを看破っちまう」

「千登世」

 マスターさん、照れてるのか千登世さんを止めようとしてる。かわいいなぁ。でも目が見えないんだぁ。よく出来るねこんな仕事。

 でも、あたしが驚かされたのはこれだけじゃなかった。

 マスターさんはあたしたちの立つ位置がわかってるみたいに覗き込んできて、怒ったように細い眉を寄せると

「・・・・・・君達、未成年だね?」

 と、ずばり言った。

「えっ」

「何でわかるんですかぁっ!?」

 あまりに正確すぎてつい白状してしまう。千登世さんもえっ!?とかげっ!とかいう感じの声で驚く。

「―――千登世、また年齢も確認せずに女の子を連れて来て。君達も。看板には老舗酒場と書いているから、此処が何の店か判らないハズは無いよね。電車はまだ走っているから、千登世、責任を持って彼女達を駅まで送って」

 あはは。マスターさんまるで千登世さんのお父さんみたい。リッコと一緒にくすくす笑うと、マスターさんに睨まれちゃった。

「マスターは根っからの生真面目でお堅いからねぃ」

 千登世さんがにやにや笑いながらあたしとリッコの肩を抱いて中にエスコートする。リッコ、目尻がとろけちゃってホント嬉しそう。え?あたしも?

「千登世」

 マスターさんが本当に生真面目な顔で千登世さんに言う。マスターさんは困った様に溜息を一つ吐くと

「・・・君達、周りを見てごらん」

 と、さっきより少し低い声であたしたちに言った。少し暗い声だったから、マスターさんの声につられるがまま周囲の客を見る。

 そりゃ、あたしたちは確かに年だけじゃなくて格好も場違いだけど・・・

「・・・?」

 ―――!な・・・何これ。あたしは自分が思いっきり引いてることを自分で感じた。何。何なのこの光景は。

 なんで皆泣いてるの。

 ・・・っ。あたしは店内を何度も見回して、泣いていない人を探した。・・・いない。なんで。

「え―――?」

 ・・・いた。カウンターの一番奥に。一人だけ。けど、こんな客さっきまでいた?黒い服を着ているから結構目立つハズなのに。

 少し目をそらして周りを見てみると、店内にいる客全員がその黒い服を着た客に視線を釘づけにされている。・・・店内の客たちは皆、このヒトを見て泣いているの―――?

「マ・・・・・マリ、カ・・・・・・」

 リッコがあたしの腕を掴む。

「えっ何」

 あたしはリッコの方を見る。でも

「うっほほーい!♪鳴水 倫子チャンだ!」

 と、言う千登世さんの興奮した声に、すぐに千登世さんの見た方向を見る。今時旬の女優でモデルもやってる鳴水なるみ 倫子のりこがそこにいた。

「えっリッコ速水 倫子と知り合いだったの!?スゴクない!?」

 倫子チャン倫子チャーン♪俺、キミのファンなんだー♪どう、これからココで俺と二人きりの夜を明かさないかい。

 あ、あの・・・;

 千登世さんめっちゃガンガン押してる(笑) あたしたちと飲もうって言って連れてきてくれたのに、変わり身早ーっwww

「3時には店を閉めるから此処で夜は明かせないよ」

 あはは。マスターさんのツッコミが的確すぎるw というか、鳴水 倫子ってあたしたちと同い年か少し下じゃなかった?

「てか鳴水 倫子ってこの店に来るんだーっ。マスターさん何者?てかリッコも何者?」

「何言ってんの・・・・・・?」

 リッコが恐るおそるといった口調であたしの言ったことを否定する。は?リッコの方こそ何を言って

「・・・・・・あれ、日當ひなたさんくない?」

 !? 1年前に死んだ子の名前だ。18(こども)のままで死んだ同級生。もう聞きたくない名前だったのに。

 あの子と鳴水 倫子じゃ、全く似ても似つかないよ。

 あたしたちの声が大きかったのか、話題の的になっているその客が気づいてこっちの方を向いた。

 ―――そのヒトは、リッコが言った通り18で死んだあの子とそっくりの顔をしていて。

「なん・・・で」

 さっきは確かに千登世さんが言った通り、鳴水 倫子に見えたのに。

「Heyどうしたんだいキミたち♪」

 千登世さんが戻ってきて、あたしたちに覆い被さる。

「あ、あれーっ?鳴水 倫子はもういいんですかーっ?」

 はっと我に返る。ここぞとばかりに千登世さんをからかってやった。死んだ人が見えるなんて、おかしいことに決まってる。

「玉砕玉砕大玉砕!こういう時、男は潔く身を引くものです。・・・慰めてリッコちゃんマリカちゅあん!!」

「えーっ?全然潔くなぁーい(笑)」

 千登世さんにはあのヒトが、鳴水 倫子その人にしか見えてないみたい。

「―――この眼で倫子ちゃんを見られただけで満足だよ」

「さぁ、もう帰って。此処は大人が偲ぶ場だよ。君達は此処に居てはいけない。君達は―――・・・之から未来さきに進む人間なんだから」

 ―――マスターさんの意味深な言葉に、あたしはカウンターの向こうにいるマスターさんを見ようとした。マスターさんが今立っている前には例の客がいて、どうしても視界に入る。

 黒い服を着た真面目で大人しそうな女。

 ―――その人は。

 その人は日當 奈都でも鳴水 倫子でもなかった。

 その人の顔は。

 その人は、横断歩道ですれ違った黒い礼服の女―――・・・あたしの一番嫌いな顔をした女だった。

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