所持欲

めがふろ

所持欲

 秋の終わり頃だったと記憶している。


 永遠と思われた長い夏が終わり、涼しくなった事に喜びを感じたのも束の間。気づけば肌寒さに嫌気がさしていた。


 人は失って初めて事の大切さに気づくというが、それは間違っている。大切さに気づくのではなく、無くなった虚無感を嫌っているに過ぎないのだから。




 




彼女に別れ話を持ちかけられた。付き合って2年と半年。自分の中では良好な関係が築けていると思っていた。喧嘩も浮気もしない。もちろん、体目的でもない。学校ではお互い友達と行動し、放課後は一緒に下校した。その日の出来事を話し合い授業の愚痴をこぼす。休日には一緒に映画鑑賞をしたり、二泊三日の旅行にだって行った。




「別れて欲しいの」




開口一番、彼女はこう言った。


土曜日の昼時、喫茶店には老若男女様々な人たちが席を埋め、お互い話をしている。勉強をしている学生。パソコンと睨めっこをするスーツ姿の男。子連れの主婦。


誰も自分たちの会話など聞いていないだろうが、それでも周囲に人がいる状況でする話ではないと思った。


僕な声を潜めて言った。




「いきなりどうしたの?」




彼女に別れを切り出される覚えなどなかった。何度も言うが、僕の中では良好な関係が築けていたと思っているのだから。


 ストローの先を弄びながら目を伏せる彼女。行きつけの喫茶店のお気に入りのアイスティー。いつもと変わらないはずなのに、二人の間の空気は乾ききっていた。




「理由は聞かないで。とにかく今日で終わりにしましょう。」




そう言って彼女はカバンを手にし、席をたった。


とっさに声をかけようと思ったが、周りの目が憚られた。それに、最後だと言うのに理由も説明してくれない彼女の冷たさに唖然とし、体が思うように動かない。


5分ほど、今起こったことを頭の中で整理し、僕も喫茶店をあとにした。








翌日、彼女は遺体となって発見された。


警察の検視の結果、手首を切った事による失血死だったらしい。








学校では集会が開かれた。校長先生が事情を説明し、1分間の黙祷が捧げられた。


クラスメイトの話し声が聞こえる。内容は聞くに耐えないものだった。援交だとか受験の疲れだとか、根拠のない噂が広まって行く。視線を感じるが誰も話しかけては来なかった。興味はあるが彼女を失った男にあれこれ事情を聞くほどの節操無しではないらしい。


僕にとっては有り難かった。




気がつけば教室には誰もいなくなっていた。チャイムの音が聞こえる。壁にかけられた時計に目をやるととっくに下校時間を過ぎていた。鞄を手にし教室を出る。




いつもと変わらない通学路だった。春には満開の桜を咲かせ、新入生を祝う桜の木も今は葉を落とし、力なく立っているだけだ。夕日に目を薄め、地面を向いて歩いた。いつもなら横に彼女がいて今日の体育は楽しかっただの、数学の教師が気に触るだの軽口を叩いているはずだった。


二人で帰る時より、時間が長く感じられた。




家に着くとあたりはすっかり暗くなっていた。


玄関を開けてリビングに行くと、母が食事の用意をしている。


いつもは学校の成績についてうるさい母もこの日ばかりは気を使って話しかけてきた。


その気遣いが鬱陶しくて自室に駆け込んだ。




ベッドに体を横たえ、昨日のことを思い出す。


彼女はもう僕の元には帰って来ない。


あのサラサラな髪の毛も、大きな瞳ももう僕のものでは無いのだ。


拳を握りしめ、目から涙をこぼす。


体が震えるのを我慢し、感情を押し殺す事に終始した。








翌朝、朝食を食べていると家のチャイムが鳴った。


母が出ようとしたが呼び止めて席をたつ。


「いつもご飯ありがとう」そう言うと母は不思議そうな顔をして僕の目を見つめた。




玄関を開けるとスーツ姿の男が2人、テレビで見た事のある手帳を広げて立っていた。


哀れみの表情を浮かべこちらを見ている。


これが人生最後の瞬間という訳では無いのだろう。しかし18年しか生きていない僕にとってこの瞬間はまさに死の間際と言ってもいいほどの恐怖が襲っていた。


拳を握り、唇を噛む。体の震えが止まらなかった。


母がリビングから出てきていたが、こちらに来る前に口を開く。








「僕がやりました」


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所持欲 めがふろ @megahuro

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