筋道日(きんどうにち)

信条 真也

プロローグ:幼少馬力

ーー私がこれから綴る彼の物語には、多少色を添えて実体験より少し改変している部分があります。しかしその改変している部分に、貴方はきっと気づかず完走できます。なぜなら彼の人生には、盛るべき箇所が存在しないほど既に満たされているからです。寧ろより濁さず、鮮明な形で綴る方が難しくありません。


 彼ご本人からのご所望の為、それにお応えする形ではありますが、この物語はきっと貴方の何かを突き動かす。私はそう確信しています。大切なモノを掴み取るきっかけに成り得るヒント、彼のとても色濃く漫画のように過激な人生の一部分に数多く存在します。私はそれを、私の出来る全てを振り絞って貴方にお伝え致します。貴方の人生で少なくとも1つ、大きな理想が叶うことを信じて。


 最初に事を遡るのは幼少期、彼が幼稚園に入園する日からーー




『血染めの入園式』


 若夫婦達が感極まる桜色の季節。小さな可能性の数々が一ヶ所に集い、同胞の存在を知り、初めて外の世界を認識する大切な季節の一幕である。しかしその晴々しい季節は、幼い細腕2本によって一瞬にして血生臭い狂喜に染め上げられてしまう。


「いぎゃぁあああああ!!? う、腕……うで、が、あ……ぁああああああ!!!」


 入園会場に木霊する園長のマイクに乗せた声が、一人の幼い断末魔によって突如鳴り止む。


「何!? どうしたの!!?」


 会場は瞬く間に明るくときめくムードどころではなくなった。状況を把握する為に我が我がと押し退のけ合い、それまでの綺麗に整列していた人集りが混濁と化した。並べられていた荒れこけたパイプ椅子の先、入園児席の北東側を中心に散乱していた。


「あ、あんた何やったの!!?」


「……」


 騒々とした形相な一人の主婦に問われる、しかし彼は応答しなかった。認識できなかったのだ。彼一人を除いたその場にいる全員が騒然と声を挙げる場面で、落ち着いて誰かの話に耳を傾ける意識など持ち合わせてはいない。


 事の発端は幼少の頃誰にでもあるじゃれあいから始まった。


「えぃ! えい!」


「いてっ、や、や~め~ろ~よ~!」


 ある一人の男児が、彼をしつこくつっついて遊んでいた。彼がやめるよう言っても聞かず、次第にそのしつこいちょっかいと同じ加減で彼はその男児の前腕を掴んで力を加えた。しかしそのつもりが、加減が出来なかったせいで掴んだ腕を逆間接にねじ曲げ、肘の骨が見える程にへし折ってしまったのだ。


 園児の力とはいえ相手も園児、そして誰もが生まれながらも既に刻まれている力加減というものが効かないまま力を加えてしまったせいで、大怪我を負わせてしまったのだ。その男児は一応無事に治ったそうだが、その後の入園式がどうなったかはもう記憶に無いそうだ。


 先も述べたが本来人間というものは無意識に力の制限がかかり、身体に危害を及ぼさない為のリミッターが施されている。しかし当時の彼にはそのリミッターが無く、意識している以上の力を出してしまう為、自分や相手にそのつもりが無くても大怪我をさせてしまう。この入園式での出来事が、ゆくゆく制御出来ない彼の身体能力に悩まされる日々の始まりとなった。








《マイコプラズマ肺炎》


 入園式のその日からずっと、彼はそういった過剰なまでの怪我をさせる日々を送っていた。ある時は上級生にムカついてその人の骨をへし折り、ブン投げ、壁に叩きつける等して相手が失神していようが構わず殴り続けた。


 そしてまたある時は幼稚園バスの送迎で、隣の席にいた女子からくすぐるなりちょっかいをかけられる。制止を要求するべく声で応戦するも、相手は聞く耳を持たず彼は“やめろよ!” と続けて言いながらその子の腕を持ってボキッと捻って左肩を脱臼させた。


 そういった問題を起こす度に、母親が泣きながら謝りに行っていた。彼は現在その事について申し訳なく思っていると語る。


 子どもの頃、特に男児の場合は誰しもが加減知らずに力一杯振るう事があったと思われる。中には更に怪我をさせた事がある方もいるかもしれない。要因を作ったのがいつも相手側だったとはいえ、その相手に非常なまでの大怪我をさせ続け、母親を悲しませた彼をおそらく神様は許さなかったのであろう。






 幼稚園の年中ねんちゅうに上がった彼の身に突如異変が起きる。下半身が全体的にむくれ始めたのだ。母親は心配のあまりにしゃがみこんで彼の両方に手を添えて問う。


「ねぇ、何か虫に刺されたりした? 誰かにケガとかさせられた? それとも変なところでころんだ?」


「う~うん、友達に足踏まれた~」


「え!? ちょっと見せて!」


 急いで靴下を脱がせて、足の爪先などを確認する。しかし、外傷らしきものは全く見当たらない。そして慌てて整形外科などに訪ねて行くも、症状について明確な診断結果を得られなかった。


 そこから次の病院を紹介されてはまたその病院で紹介文を出され、たらい回しにされるのであった。次第に彼は上半身にまでむくみが広がり、その症状を見た何件目かの整形外科の医師により、判断で都内有数の東京病院に訪ねることとななった。


 そしてそこの医師の診断で判明する、当時原因不明な不治の病で死ぬかもしれないと言われていた“マイコプラズマ肺炎”という病気だ。それにより、彼は急遽入院することになった。


 都内有数の東京病院ということもあって、他の病院よりも医療費がとても嵩かさみ、不治の病とされている為破格の医療費を請求される。しかし彼の家は、それを払い切れるほどの資産を持ち合わせてはいなかった。そして母親は祖父の元へ一本の電話を入れる。資産についていくらか支援してもらえないかと頼み込む。


「あの、お父さん……1つお願いしたいことがありまして……」


「なんだ、どうした」


「息子がその、マイコプラズマ肺炎という不治の病にかかって今大きな病院にいるんですけど……」


「何!!? 不治の病って……、いくら掛かるんだ、それをお前達は払えるのか?」


「いえ、その……莫大な資金でとても全額は払いきれなくて、いくらか支援していただけないかとお電話させていただきました」


「分かった、治療費のことは気にするな、俺が全額払う。お前は自分の子の傍にいてやれ」


「あ、ありがとうございます!」


「ばぁさんが代われってうっさいから代わる」


「ねぇあの子病気にかかったって本当!? あんた大丈夫なの!?」


「お母さん……。あとその、お父さんに1つ伝えてほしいことがあるの」


「何? 言ってごらんなさい、ほらお父さん! 娘が伝えたいことあるからそこ座ってなさい! うろうろしない!!」


「えっと、免除していただく身で申し訳ないんですけど、私あの子が少しでも安らぐ場所でずっと傍にいたいんです。だからーー」


「分かったわ、個室は箱部屋より凄い費用が嵩むって言うんでしょ? そんなの気にしなくて良いから、お金のことは全部こっちに任せなさい。だからあんたは、早くあの子の傍へ行ってあげなさい。寂しがってるわよ」


「……っ! ありがとうございます! 失礼します!」


 静かに受話器を置いて、早歩きで途中何度も看護師の方に注意され謝りながら、いち早く彼の病室へと向かった。こうして医療費に関しては、祖父母によって全額賄われることとなった。


 何故祖父は莫大な費用が掛かるにも関わらず即承諾したのかというと、祖父母は東京で有限会社新日本建設という大きな会社を経営しており、財力の面ではかなりの余裕をもちあわせていたからである。




 彼の症状は、常に体温が39度以上の高熱で、毎日採血や点滴を打たれ体重の限界値を迎えている状態に陥っていた。そして毎日検査し、栄養剤や血液等を接種しながら強烈な薬の副作用によって何度も気を失う。


 肺炎なので副作用が辛くても薬を注射しないと会話もままならない為、常に吐き気や頭痛、呼吸の痛みに耐え続ける。食事が一切摂れず、栄養剤と血液だけが彼の生命エネルギーの糧となる点滴生活で彼はみるみる痩せ細っていく。見えない解を探し続ける日々が彼を襲う。彼を支えようと、毎日のように見舞いに来てくれたのは父親や祖父母、そして両親の兄弟姉妹の一大家族であった。


 来る日も来る日も、彼は見守る母親に対して泣きながら言い続ける。


「いつになったら、ガメラが迎えに来るのかな……。ガメラって、子どもの味方でしょ? お母さん、助けてくれるよね?ガメラがーー」


 そう延々とガラス越しから問いかけ続け、母親は辛い表情を抑えながらも必死に彼の問いに応え続けた。それが真実で無くとも、彼らにはそれを真実と願って意識を向け合う以外許されず、境地に立っている他無かった。


 それでも検査を欠かさず続け、彼はガメラの絵を描きながら歌を口ずさんだ。


「ガメラはやく来ないかな~? ……つっよいっぞガ~メラ♪ つ~よい~ぞガっメラ♪」


 母親は静かに横で見守り、やがて彼の顔が母親の方を向いて声をかける。


「ガメラは絶対ボクの味方だからきっと迎えに来るよね、お母さん!」


「迎えに来るよ、大丈夫だよ」


 泣きながら母親は彼を抱き締め、必死に応え続けた。




 そしてある日、彼の病室に母親の妹さんが入室した。


「こんにちは、お見舞いに来たわよ。あんたちゃんとご飯食べてる? 顔色ヤバイわよ?」


「私は大丈夫よ、それに私のお見舞いに来た訳じゃないでしょ。この子の傍に来てあげて」


「相変わらず頑固ねぇ……、はいオバチャン来たわよ~。お母さんの妹、よろしくね」


「おばちゃん……?」


「そう、おばちゃん。何か今やりたい事とかある?」


「ちょっと!」


「いいからいいから」


「えっとねぇ……」


「うんうん」


「ボク、ガメラの絵を描いてみたいんだっ」


「……えっ?」


 母親は驚愕する。当時4歳の彼はこの時初めて、絵を描きたいと母親に言ったのだ。母親の妹さんは絶句して言葉を選んでいる母親の代わりに彼に言った。


「あら! お絵描きしたいの~、いいよ。今オバチャンちょうどお絵描きの道具持ってるから、これに描いてごらん!」


「ありがとうおばちゃん……げほっえほっ!」


「……っ! しっかりして! 無理に喋らないで、今お医者さん呼んでくるから!」


「いいよお母さん、大丈夫だから……。俺、今は絵を描きたいんだ。良いでしょうお母さん?」


「ごめんね……」


「何でオバチャンが謝るの? 俺は大丈夫だから、お絵描きちょうだい」


「うん、無理しないでね」


「分かった」


 そうして母親の妹さんは病室のベッドの上にある机に、スケッチブックや色鉛筆をそっと置いて母親の隣にある椅子に座り、二人で彼が描いてる様子を静かに見守った。母親の方は、彼が僅かながら意識的に指先を動かしているのを見て、いつまた意識を失うか、負担が大きくかかってしまい彼が苦しまないかと内心ずっと不安を抱える。


 母親の妹さんはその様子を察して母親の手をそっと握る。




 そして数分後、彼は二人に向けてスケッチブックを裏返した。そこには、何が描かれたのか言われても分からないような造形で、丸がいくつも繋がっているだけの不思議な図形が描かれていた。


「ブッ……っははは! なぁに~これ~」


「ガメラだよ」


「っはっはっは! ほら、あんたも見て、ガメラだってさ!」


「……っ? っふふ」


「でも初めて絵を描いたんだもんね~、すごいね」


「でしょ!」


「でもねぇ、これはガメラじゃないんだな~」


「ガメラだよ!」


「こら! この子に負担かけないで!」


「いやごめん、そうじゃなくてさ、ほら私たちがガメラの描き方を教えてあげるってことよ」


「ほんとっ!?」


「えぇ、本当よ。ガメラ描きたいんでしょ? オバチャン達が教えてあげるから、頑張って描いてみな」


「うんっ!」


 こうして二人は口頭でゆっくりとアドバイスしながら、手を加えず彼自身の手で練習する様子を二人は見守った。この一時が、母親や彼にとって僅かな安らぎとなり活力となっていった。


 当時まだ幼い彼の身には重すぎる、理不尽すぎる天罰に家族一同で抗い続ける。




 それから約1年半、卒園式を前に長きに及ぶ彼らの闘病生活に終止符が打たれる。特効薬が見つかったのだ。それにより彼の身に起きていた当時不治の病、マイコプラズマ肺炎は無事完治する。こうして治療を滞りなく受けることが出来たのは祖父のお蔭であり、いわば命の恩人である。そして彼の母親はなんと、彼が治るまで毎日離れずずっと付きっきりで寝泊まりしていたのだ。


 リハビリや療養の為、卒園式には出られなかったが後日、彼一人に向けた卒園式が開かれた。








『双子の尖角せんかく』


 小学校へ入学し、ある双子の兄弟に遭遇する。彼らの苗字は崎野さきの、この学校は1学年につき2クラスな少数寄りで、双子の兄弟はその2クラスに分かれて配属された。長男は冷静で大人しい子であったが、次男がその真逆だったのか過激な性格をしていた。


 次男はよくハサミを振り回し、彼に投げつけたり教室にある教師用の大きな三角定規を振り回しながら走ってきたり、包丁や校庭にある石を投擲したりと、非情な猛攻に今度は彼が振り回されることとなった。


 しかし彼は入学と同時に、幼稚園の頃に出来なかった力の制御をすべくとある組織へ入団していた。


“全国日本空手道連盟(通称:全空連)”


 そこに所属する剛柔流錬心会の、石出清吾いしで せいご師範という方の元へ弟子入りする。




(※石出清吾師範:『ベストキッド』という映画で有名な宮城長順みやぎ ちょうじゅん先生という、剛柔流空手の開祖に当たる方の一番弟子である山口剛玄やまぐち ごうげん先生の一番弟子から教わっている方。要するに日本で一番強い空手を受け継いでいる方である)




 そこから彼は石出清吾師範から礼儀、力のコントロールの学んでいく。しかし彼は少年の闘志を押さえ切れず、覚えたての技をすぐに使いたい気持ちでいっぱいになる。色々と仕向けてきた崎野弟に対し正拳突き、回し蹴り等の幾度の武術を振るい反撃を行使した。そして後に仕返しをされ悔しがっていた崎野兄弟が空手を習い始めたという事を彼は知らされる。


 そうして彼らが技を繰り出し日々喧嘩し続けるうちに、その双方の母親に良好な関係が芽生えた。


「えぇ、もうお互いにやりたいようにやらせましょうよ!」


「そうね、死にはしないからやらせましょう!」


「お互いに自分の限界も分かるだろうし、人間ね、どこまでやれば死ぬのだとかそういう限界値が分かるでしょうから、お互いにもうやらせておきましょう?」


 彼らがぶつかり合っていた最初のうちは、母親同士も決して良い仲とは言えなかった。しかし武術を習得し、まるでスポーツのような、競技的位置に収まった彼らの戦い振りを見て母親達もホッと息を様子。


 競技と言っても、彼らは対等な戦いをしていたわけではない。兄弟2人を相手にするも彼は一方的に小学6年生に上がるまで猛威を振るって圧勝し続けていた。何故そこまで差がついたのかというと、彼は小学6年にして空手の関東大会で優勝しており、そして弟子入り先の道場にて二級資格を習得していたからである。


 他にも短距離走6.8秒、ハードル走で6.6秒を叩き出し東京都の都内大会でも優勝している。






『二番目の刺客』


 崎野兄弟を一人で毎日ボコボコにしていた彼の前に、新たな刺客が送られてきたかのようなタイミングで一人の男が転校してきた。その男は小学6年生にしては大柄な身長172cm、体重が約80kgもあった。


 その男の父親は鳶職とびしょくの社長で、毎日男は過酷な筋力トレーニングをさせられていたという。


(鳶職とびしょく:昭和時代、全ての土木や建築工事といった現場で高所作業する為に必要な足場を作る役職で、現場の方々からはかなりの目上の方と恐れ崇められる存在であった)




 その為、前の学校ではやりたい放題に暴力を振るい、いじめ等を好き勝手やって手のつけられないガキ大将だった。


 男が転校してきた時、彼が親友だと思っていたオボちゃん(あだ名)という男の子は彼の近くにいなかった。彼の下校時に、校門前で生徒達が噂をしていた。


「ねぇねぇ、新しく一人転校してきたらしいよ?」


「あ、そうなんだ~。どんな子なんだろう~」


 彼が帰り際、校門から出ようとした矢先に一人の男の子が彼を目掛けて全速力で走ってきた。オボちゃんとは別の彼の友人だ。


「おい、どうした!!?」


 友人は肩で息をして辛そうに怯えながら、両膝を手で押さえる形で屈んで見上げる姿勢で彼に伝える。


「今日転校して来たヤツいるだろ……? オボちゃんの事をボコボコにして、血だらけもう大変なことになってるから……た、助けてやってくれぇえええ!!!」


 断末魔とも思える友人の悲痛な叫びを聞き、彼のリミッターは外れた。無言でその場を走り去り、3階にある自分の教室へ全力で誰よりも早く駆け上がっていった。


 教室の扉前へ猛進し、彼は見てしまった。黒板の前で親友が転校生に首を掴まれ、締め付けられながら顔面をボコボコに殴られ続け血まみれに変わり果てた親友の姿を。


「……ぅ、ぅぉあ”あ”あ”あ”あ”!!」


 全身が震え上がり、憎悪によって身心真っ赤に沸き立つ彼は自我を失った。園児の頃とは違い武術による力の引き出し方も身に付けている為、その頃とは比にならない力を込めて走って近づき、腰に目掛けて側刀蹴り(そくとうげり)を見舞った。それを受けた転校生は猫背になり、床にブッ倒れそうになったところを彼が髪の毛掴んで片手で空中に持ち上げる。そして両足を刈るように足払いし、教室のタイル床に目掛けて全身の力を込めて後頭部から思いきり叩き込み、教室中に痛々しい鈍い音が反響した。


「ぅ”う”ぉ”ぇ”え”え”ぁ”うぅ”ぅ”う”ぉえ”ぇ!!」


 人が発する声とは思えない奇声を撒き散らしながら、転校生は泡を吹いて床でブルブルと凄まじい勢いで痙攣する。周囲の生徒は青ざめて残虐的な光景によう恐怖に戦おののく。


「真也しんや君が豪地ごうじ君を殺しちゃった……!!?」


「殺しちゃった……!! 先生呼んできて殺しちゃった!!」


 教室内の女子生徒達が泣きそうになって叫び散らし、彼の周り全てが阿鼻叫喚と化した。やがて呼びにいった生徒達によって駆けつけた教師の男女二人が状況を見るなり呆然とする。


「……え、な、なにこれ……」


「馬鹿野郎!! ボケッとしてないで早く救急車呼んでこい!!!ーーおい、しっかりしろ! 今、救急車呼んだから、すぐ来るから踏ん張れよ!?」


「福島先生……真也君が豪地君を殺しちゃった……」


「殺してない、心配するな。後は先生達が何とかするから、家まで皆で帰れるか? 無理ならお父さんかお母さんに迎えに来てもらうよう電話するから、井ヶ谷いがや先生についていってすぐに教室を出なさい」


「今救急車呼んできました! 皆、私についてきて!」


 自身の両方を抱いて震えている子、両手で顔を押さえてすすり泣く子、その子の方を抱いて慰める子といった教室に残っている彼と親友と転校生を除いた生徒全員が先生の後をついて退室していった。






 後日、入院していた転校生の親と彼の親が病院に呼び出され、医師から親にこう告げられた。


「これはあの~、子どもと子どもの喧嘩ですので……親御さん同士で話し合ってください。そしてその話し合いの結果を、後日私の方へご連絡ください」


「……分かりました」


 その後、彼は帰宅するなり父親に呼びつけられトラックの荷台へ引きづられていった。彼の父親は水商売数店舗のオーナーであり、トラックの運転手の経営もしていた。身体もいわば剛鉄といったごつごつしい体格で、一角の長を思わせるボスキャラのような風格をしている。


“俺はコイツを殺す為に生まれてきたんだ、コイツを殺す為に俺は今空手を習っているんだ”


 小学6年生の彼がそう思わざるを得ない程に、父親は容赦無く彼をボコボコにした。幼稚園だろうと小学生だろうと関係ないと吐き捨てるように拳で彼に教育を叩き込むのだ。


「……おい、ちと来い」


 それは彼が何か悪さをする度に母親が電話で父親に連絡して、父親が帰ってきては彼を高校甲子園球児のキャプテンでピッチャー4番を務めていた肩で、トラック運転手特有のジャラジャラと鍵が沢山付いた鍵束を顔面向けて全速力ストレートでド直球に投げつけた。彼が顔面血だらけになるも、髪の毛を掴んで彼を自分のトラックの箱(大型トラックの荷台)に真っ暗な夜中引きずっていった。髪の毛掴んだまま箱に片手で放り投げる。父親は両手の指を鳴らしながら言う。


「……分かってるんだろうなぁ?」


 気を失うまで彼は殴られ続け全身打撲に全身血だらけ、指等も本来の向きでない変な方向へ屈折する。そういった事を幾度と無く彼は父親によって振るわれも、彼は懲りずにずっと悪さを続けた。


 そして転校生を病院送りにした事件の後、父親は彼に対して“コイツを殴っても無駄だ、まぁ口で言ってももう分かるだろう”と判断した。何故なら、彼は小学生にして持ち前の身体能力と強靭な精神によって拳を受け流すようになったからだ。




 病院に呼び出された後日、彼は父親と共に転校生の父親に呼び出され謝罪に向かった。玄関の前に足を踏み入れる頃にはその転校生の自宅の広さが一望でき、約100坪分程の豪邸であると認識した。中へ案内してもらうと、リビングが約30畳の広さで50インチのテレビが置かれる程の広大に彼は目を丸くする。その中央には獣皮で出来たまるでヤクザの親玉が座るような凄まじい印象を与える大きなソファに、転校生とその父親が並んで座っていた。父親は大理石で出来たテーブルの上にある大理石で出来たタバコケースから一服取り出しては、吸い殻を落としながら腕を組んで彼らを待ち構えている。


 彼らが目の前に到着するなり転校生の父親は物静かに、けれど地鳴りのように低く威圧的な声色で一言告げる。


「……座れ」


 そして彼らが転校生の父親の前へ足を運ぶと、その父親は今度は礼儀を持って言葉を連ねる。


「どうも始めまして、河迅こうじんと申します。まずそちらにお座りください」


 彼らは静かに指示された通り転校生達の正面にて正座する。目前にいる転校生は、あちこち骨折して包帯グルグル巻きに状態であった。そして正座している彼の父親が言う。


「このたびは、誠に申し訳御座いませんでした」


 太乙氏の目の前で目を会わせていた彼の父親は、後々彼にこう言った。“あの人は、相当ヤバイ”と。彼の父親もまた先に綴った通り相当の荒くれ者とされ、これまで他者にヤバイと言った事が無かったそうだ。


「豪地、お前は何も口にするなよ? 俺と、親父さんの話だ。お前は黙ってろ、そしてそこのクソ餓鬼……お前も黙ってろよ? 何も喋るな、座ってろ」


 そこから父親同士での話し合いが始まる。


「あぁどうも初めまして、豪地の父親の河迅太乙こうじん たいいつ申します」


「どうも初めまして、真也の父親のと束岡到盟つかおか とうめい申します。この度は息子が大変ご迷惑をおかしたことをお詫びに来ました。これは手土産ですが、どうぞ受け取ってください」


「じゃあ、有り難く戴こう」


 二方が礼儀を交わした後に、太乙氏の方から本題へ意向する。


「子ども同士の喧嘩だからぁ……、やりたいようにぃ……やらせてあげるのが親の勤めじゃねぇか? 親父さんよぉ」


「まさにその通りです」


「……まぁこの件はな、こっちにも非があるし水に流そうや」


「あぁ、そうですか分かりました」


「但し、次にお前ら……餓鬼共、そこに並べ」


 彼と豪地は指示通りの位置に並んで座らされる。


「お前らよぉ、喧嘩はいくらでもしろ。まずお前」


 太乙氏は彼に向けて指を指す。


「うちの倅せがれを叩きのめしたなんて、大したもんじゃねぇか。気合い入ってんなぁ、何か武道の心得でもあんのか?」


「剛柔流空手、関東優勝しております……」


「……やるじゃねぇか、気合い入ってんなぁ気に入ったぞ」


「有り難うございます」


 彼の言う代わりに父親が礼を告げ頭を下げる。


「今後とも家族ぐるみで、仲良くしていこうじゃないか」


「そうですね」


「じゃあ、今回の事は水に流すと言うことで、お互いに非がありますし、喧嘩両成敗ということでこの件は無かったことにしましょう」


「河迅さんと私は気が合うみたいですから」


「おぉ、そうですね」


「家族ぐるみで仲良くやっていきましょうよ」


「良い判断だ。よし、んじゃ楽しくやっていこうーーんでお前らクソ餓鬼共、並べ。おらクソ餓鬼、お前は大したもんだ。豪地、貴様はコイツに負けねぇよう努力しろ、分かったか? 明日から筋トレだぞまた」


 豪地は小さく首を縦に振る。


「お互い喧嘩するならいつでもやれ、やりたいようにやれ。ただし、1つ条件がある」


 彼と父親、豪地の3人は一斉に眉唾を飲み込む。


「……どちらかが死ぬまでやれ、分かったか?」


 太乙氏は小学6年生な彼と豪地に向けて、揺るがない威圧の籠った声で心の底へ打ち込むように告げた。二人は太乙氏に目を合わせながらも言葉が出ずにいる。


「やるなら、そこまでやるのが男なんだよ」


「まぁもう好きにやらせましょうよ」


 彼の父親がそう言って話し合いは済まされ、後に家族ぐるみで良好な関係を築くことになった。






つづく

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