第2話「恐怖の独裁に裁定を」




「ありさちゃん!今帰り?」


「あっ、りなちゃん!」



 ―――物理少女の初陣から、早一週間。


 あの日、戦闘終了後に物陰で変身解除した私は、まるで偶然戦闘の音を聞き付けたかのように屋上へ移動し、りなちゃんに駆け寄った。


 その時の対応からかりなちゃんに気に入られたのか、私たちはよく一緒に下校するような間柄になっていた。



「うん、今帰りだよ。一緒に帰ろっか」


「うん!ところで……その肩に乗っかった絶妙に可愛くないカワウソの出来損ないみたいな動物は?」


「ワシはペットや」


「そっかペットかー」


 いや普通に喋んなや、というかりなちゃんもよく平然と受け入れられるなこの状況。


「―――そんなことより!」


 私はイマカワくんが喋った事実をかき消すように大声を上げる。

 そう、聞きたいことがあったのだ。


「りなちゃん、あれから学校大丈夫?いじめられたりしてない?」


 あの日、クラスのいじめっ子三人は無惨にも空に塵と消えた。

 だが、彼女らだけがいじめていたわけではないかもしれない。

 もし、他にも隠れたいじめっ子がいたのだとしたら、私はそいつらも爆発させなければならないかもしれないのだ。


「うん!いじめっ子達は皆怪人化しちゃって、物理少女さんに爆殺されちゃったから!他のクラスの人らも、三人が居なくなったときに謝ってくれたし!」


「そっか……よかった」


 であれば一先ずは安心だ。

 私だって、クラスメイトをそう何人も爆発させたくないし。


「それよりそろそろだね、運動祭典ゴリンピック!」


「あぁ、そうかそんな時期か……」


 あぁそういえばもうその時期かと、りなちゃんの言葉でようやく思い出した。


 ―――運動祭典ゴリンピック


 全世界のスポーツ選手達がメダルを認めて国毎対抗で争う、神聖な祭典だ。

 主な競技はボールペン回し、手押し相撲、カバディなど。

 それぞれ国の代表選手団が国の威信をかけて真剣勝負を行う姿は、視聴者にも勇気を与えるものだ。


「わたしね、夢なんだ。いつか部活でやってる手押し相撲で、運動祭典ゴリンピックに出るの!」


 そういえばりなちゃんは手押し相撲部の部員だったか。

 ここ一週間彼女とよく話していたが、まなちゃんの手押し相撲にかける情熱は本物だ。

 その実力も去年県大会で優勝したほどだというし、運動祭典ゴリンピック出場もあながち夢物語でもない、と私は思う。


「……きっと出来るよ、りなちゃんなら!」


 私は素直に、胸に浮かんだ賛辞を送る。

 それを受け取ったりなちゃんは少し照れくさそうにしながらも、頼もしい笑顔を見せてくれた。


 きっとりなちゃんなら―――



「!、ありさ!悪の気配や!」



 そんな時、イマカワくんが声を上げる。

 悪の気配、つまり怪人がまた弱き人々に悪さを働いているのだ。


「うーん、こんなときに……!」


「りなちゃん!私急に家に荷物が届く気配したから帰るね!」


 私はそう言って、イマカワくんが提示した学校とは逆の方向へと駆け出す。


「えっ、でもこれから学校……」


「代わりに明日いくから!じゃあね!」


「あっ明日土曜」


 急いでいるからりなちゃんの言葉も、朧気にしか頭に入らない。

 斯くして私は、再び戦場へと足を踏み入れることとなったのだ。



 ◇◇◇




「やめて下さい!会長!」


「そうです、こんな炎天下の中打ち水なんてしたら、ますます蒸し暑くなってしまいます!」


 スーツ姿の男達が、一人の老人をなだめているのを、私は眺める。

 ここはこの国の国技、「フィンガーボクシング」の連盟本部の建物前だ。


 ―――フィンガーボクシングとは、有り体にいってしまえば指相撲である。

 違うのは、相手の指を叩きつけるように攻撃する骨折などと隣り合わせのスリリングな競技であること。


「ええい黙れ!事務所中のエアコンを使うなど、昨今のエコロジー志向に逆らう行為だ!断じて認めんぞ!」


 あの喚いている壮年の男は、その終身名誉会長。

 ―――終身名誉会長、という役職は彼が自ら作ったものだ。お陰で日本フィンガーボクシング連盟はこの数年間、彼の強権が罷り通る伏魔殿と化している。


「これだけやっていれば昔は大丈夫だったのだ!これだから若いもんは……!」


 会長はそういい、アスファルトに水を投げつける。

 ―――この炎天下の灼熱の温度と化したアスファルトに打ち水などしても、すぐに蒸発して無駄に蒸し暑くなるのなど明白。


 だが会長は意地でもやめず、嫌がらせのように日向へと水を撒き続ける。



 ―――ビンゴだ。



『―――ちょっと待ったァ!』


 本部の屋根に登っていた私は、そう声をあげると、屋上から颯爽と地面へと跳躍する。

 ピンクの髪と衣装がたなびき、そして着地と共にふぁさり、と舞い上がる。


「なぁにものだぁ!!!?」


 会長はグラサンを勢いよくはずすと、唾を飛ばしながら激昂する。


「私の名は物理少女、フィジカル☆アリサ!」


 私は名乗りを上げ、ポーズを決める。

 魔法少女っぽい最高にかわいいポーズ。

 ―――血なまぐさい戦いだけど、せめてこれくらいはヒロイン然としたいという私の執念の現れだ。


「まさか、最近噂の!?」


「怪人が化けてる人間を見つけ出してステゴロでぶっ潰すって噂の、あの物理少女!……ということは、会長は!」


 取り巻きの男たちも私の登場からある事実に行き着いたようで、まさか、と声をあげ指を指す。

 だがそんな男たちを他所に、会長は不敵に睨み付け、そして舌打ちをした。



「ちぃ、余計な邪魔を……」


 ―――そう、この会長は怪人だ。

 この過剰なまでの我欲と醜悪なる気配、間違えようもない。


『私にはお見通しよ怪人!貴方が人に化けた怪人であることも、人には暑さを耐えることを強要しつつ自分の私室ではクーラーを昼夜問わず常時24℃にしていることも!!!』


 自分だけは安全圏で快適に過ごしながら、他者へと苦労を押し付けるその性根の腐り具合。

 まさしく、怪人の素質だ!



「仕方あるまい、暑いんだ!ワシは年寄りなのだから、身体に気を使うのは当然!我慢は若者のすることだ!」


「ペットボトルの天然水6本とレモンを常備して、部屋はワシが外出中に掃除しておきエアコンで冷やしておく!それが当然の礼儀だろうが!」



 激昂した会長はそう言い、目を向きながらこちらを睨み付ける。


 これほどまでにテンプレートな悪い人間を相手取るのははじめてで、正直少し気圧けおされる。


 ―――だが。


『その若者を人とも思わないその傲慢ごうまんさと傍若無人ぼうじゃくぶしん!許すわけにはいかない!』


 正義の味方である私が、こんなチンピラもどきのご老体に負けるわけにはいかない!


「ふん、貴様ごときにワシは倒せん!とうっ!」


「イィーッ!」



 会長は人の皮を脱ぎ去ると、けたたましい奇声をあげる。

 その見た目は、醜く歪んだ人のような表情をしたライオンを模した姿。


 ―――曰く、群れの長であるオスライオンは狩りをほとんどせず、周りのライオン達にすべての狩りを任せるという。

 そして元のライオンにあるような誇り高さが一切感じられない醜悪しゅうあくかつ威圧的な表情。


 まさしく不相応ふそうおう尊大そんだいな彼に相応しい姿だろう。


「う、うわぁ、怪人!」


「やはり、会長は怪人だったのか……!」


 取り巻きの男たちは腰が抜けてしまったようで、這いつくばりながら恐る恐る目前の化け物を畏怖の表情で見つめる。


「ふぁふぁふぁ……ワシに歯向かったことを後悔させてやる、喰らえェ!」


 ―――瞬間、怪人と化した会長は一足で距離を詰め、拳を私に向かい振りかぶる。


『なっ』


 そして繰り出されるは、ジャブの応酬!

 風を切る音が鳴り響く中、私は紙一重でそれを避ける……!


『くっ、なんて早いジャブ……!』


 ―――このままでは、押し負ける!

 そう考えた私は一転、攻勢に出ようとする。


 ……だが、隙がない!


「終身名誉会長の力、思い知るがいいわ!」



 残像を残しながら数多繰り出される渾身の拳。

 最初のうちは殆どを避けられていた、がついに限界が来る。


 ―――その無数の拳のうちの一つが、ついに私の肩を捉えたのだ。


『ぐあっ……!』


 ―――痛いっ!!?


 たった一撃、それだけのはずだった。

 だがそのたった一発の威力はあまりにも絶大で、私はその衝撃に思わず遥か後方へと吹き飛ばされた。


(大丈夫、ありさ!?)


 イマカワくんが念話で私を心配してくれる。

 その容姿はあまりにも可愛くないが、こうして気遣ってくれるのは「物理少女」という仕事を続けていく上でも大変助かる。


『うん、大丈夫…まだ戦える!』


 しかし、強敵だ。

 あのクラスメイト達との戦闘から早数週間、何人もの怪人と戦ってきたが、そのなかでもこいつはかなりの強敵。


 ―――だが!


『皆……私に力を貸して!』


「―――頑張れ!物理少女!」


「そうだ、会長なんかに負けるなー!!!」


 そうだ、この声援があるかぎり。

 人々の声が尽きない限り、私が倒れるわけにはいかない――――ッ!


「貴様ら、後で覚えておけ!ワシに歯向かったことを死ぬまで後悔するがいいわ!」


 怪人は唾を吐き捨てると、拳を振りかぶりながら私の元へとゆっくりと歩み寄ってくる。

 その声色は愉悦ゆえつに満ちたもの。


 あいつは既に、勝利を確信している……?


『後悔するのは……』


「……ぬぅ?」


『あんただッ!』


 ―――そんなの、冗談じゃないッ!



 私はその激情に身を任せ、勢いよく立ち上がる。


 ―――先程の日本フィンガーボクシング連盟の人々の声援によって産まれた新たな必殺技、それを使う、それしか勝機はない!


 私はそう覚悟し、腰を落として拳を振りかざす。


『喰らえッ!必殺!!!』


 ―――恐らく、この技を使えばもはや戦闘を続行する力は残らない。

 だからこそ、勝機は一瞬。


 そして私は大地を蹴り、一気に距離を詰める―――!


「ふん、踏み込みが甘いわァ!!!!」


 ―――私の拳は、確かに届いた。

 だがそれは、怪人にさばかれ、勢いを殺されたへなちょこな拳。

 威力を発揮することなく私の拳はだらりと下がり、力を失う。


『―――ぐぶっ』


 ―――怪人のカウンターは、容赦なく私の腹を貫いた。

 物理少女の身体はフィジカルな力で再構成されたものだから、実際の私の身体へのフィードバックはほとんどない。


 ―――だが、今この瞬間の痛みは確かに本物だ。


 貫かれた腹部からは紫の光―――フィジカル☆オーラが溢れだし、私の身体に定着していた力は加速度的に霧散していく。



「ふふ、ふはは!餓鬼が調子づいて大人に楯突くからだ!」


 怪人は私の身体から拳を引き抜き、まるでごみでも捨てるかのように壁へと投げつける。



 そして高笑い。

 もう自分は勝利した、これからは怪人の天下だと。


 ひとしきり勝ち誇って満足したのか、今度は辺りを見渡し、這いつくばっている連盟の職員に向けて言葉を飛ばす。




「さぁ奴隷ども!お前らの主、終身名誉会様の勝利だ、喝采を―――」





『―――いや、貴方の負け』


 ―――だが、それもここまでだ



「……は?」


 怪人は目の前の小娘が何を言っているのか、といった様子で目を見開く。


 最早勝敗は決した、あぁ確かにそれは本当だ!

 だって、私の拳は―――



「―――グゴォッ!!????」



 ―――既にあいつの心臓に届いているのだから!


「な……ぜ……!?」



 突然穴が開いた自分の身体に、怪人は動揺を隠せない。

 一体何が起こったのか、そんな顔だ。


「これがフィンガーボクシング連盟の皆の応援で産まれた新たな技よ」


 だがそれは、彼に虐げられた者達みんなが味わった感覚だ。

 勝利したはずなのに、理不尽な判定で結果を覆される。


「因果に介入し、勝敗を逆転させる。名付けて―――」


 その怨念が333倍になって増幅され発動したのが、この技―――!




『―――奈良フロード判定ジャッジメント


『10カウント、永遠にノックアウトよ!』


「ガッ……グワァーッ!!!!!」


 ―――ダメージに耐えきれず、ついに会長は爆散する。

 無理もない、私が回復しながらも受け続けたダメージを、彼は一瞬のうちに全て同時に喰らったのだ。




 吹き上がった爆風が収まり、辺りには静寂が広がる。


 ―――だが。


「……ぐぅ」


 紫色の靄が、その場に浮かんでいる。

 発された呻き声は会長のものだ。


「意識だけが残留している……?」


 私がその靄に耳を傾けると、会長の思念は言葉を残す。


「覚えておけ……ワシの仇はボスが必ず取ってくれる……」


「打ち水も全てあの方の指示……せいぜい、来週の運動祭を楽しみにしているがいいわぁ!!!!」


 最後の叫びは徐々に掠れ、やがて聞こえなくなる。


 ―――くして、暴虐の限りを尽くした怪物の恐怖政治は、ここに終わりを告げた。



「あの方……か」


 だが、その今際の言葉は私に深い印象を刻み付けた。

 怪人の、トップ。その存在は、私の心に確かな決心を抱かせたのだ。


 ―――暗躍しているというのか、運動祭典ゴリンピックという世界の選手達が凌ぎを削る神聖な祭典で。


 決して、許すことはできない。


なにより、運動祭典ゴリンピックはりなちゃんも楽しみにしているのだ。それを失敗になどさせるものか。



 ―――ボスを倒せば、きっと少しは世の中がよくなる。

 私はそんな信念の元、私は最後の戦いへと臨むのであった。

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