物理少女フィジカル☆アリサ

鰹 あるすとろ

第1話「腐った性根に悪質タックルを」




「―――まさか私が、魔法少女に……!?」




 ―――それは、ある日の放課後のことだった。

 私は学校帰りの道端で、一匹の喋る謎の動物と出会ったのだ。

 そしてその、カワウソみたいだけどなんか絶妙に可愛くない喋る動物は、私にこう告げた。


 ―――君の力が必要だ、と。


 マジか!と私の心は躍りに躍った。

 これはまさしく、魔法少女への勧誘そのものだ、と!



「いやそんな、まさか私なんかが……でもー、どーしてもっていうならー……?」


「は?」



 ―――だがそんな希望は、「可愛い」のセンスを絶妙に外した造形の顔をしている動物の反応によって打ち砕かれる。

 もう魔法少女になっていたら、ここで絶望して魔女とかになっちゃってたかもしれない。


 そうして致命的なまでとはいかないでもなんか可愛くない動物は、こう告げる。


「いや、ボクはそんなんじゃなくて、「物理少女」になってほしくてここに来たんだ!」



「……は?」



 物理、少女?

 何言ってんだこの畜生は。



「は?なんでここまで言ってわからんの」


 ―――なんでこいつが「何言ってんだ」みたいな面をしてるんだろう。

 そう疑問に想いながらも、私の頭はそれよりも訳のわからない単語に集中する。



「いや!分かるわけないでしょ!何、物理少女って!魔法じゃないの!?物理て!」


「はー……これだから教養のない餓鬼は……」



 またもこの動物は私を見下す。

 ムカつく。このまま取っ捕まえてペットショップにでも引き渡してやろうか。


「魔法少女も確かに昔は存在していたけど、今となっては過去の存在なんだ。今のご時世、魔法で解決できるようなレベルではない問題が発生しているからね」


 魔法少女が、過去の存在?

 その口ぶりだと、やはりちゃんとした魔法少女もこの世界に存在していたのか!


 ……でも、今は居ない?

 一体どのような事態が発生したというのか。


「それは人々の心に元からある悪意が原因で人が化け物へと変貌する「怪人化現象」だ」


「あ、それ聞いたことある!ネットで見た!」


 ―――怪人化現象。

 それは私も都市伝説的な風説で見たことがあった。

 曰く、負の感情が一定の基準をオーバーしてしまうと、身体が異形化。

 つまり、化け物のようになって周りの人間に嫌がらせをしようと襲い始めるというのだ。


「この現象には僕らも、魔法少女も参った。なにせ倒したら普通に死んじゃうからね。その事を知った魔法少女はひよって、戦うことを放棄し始めて……あの脳内お花畑共が」


 ぶさかわとも言いがたい絶妙な容姿の獣は告げる。

 怪人たちは人だった頃の姿に擬態して、今でも社会に潜伏していて裏から人類を腐敗させようと暗躍していると。


「このままじゃこの国も、星までもが滅びてしまう!だからぼくらは、そして世は求めたんだ。社会に蔓延る問題を全て力で解決してくれる、物理的な強さを持った正義のヒロインを!!!!」


 ―――それが、私?


「はぁ……でも私、まさに魔法少女に憧れてるタイプのお花畑人間なんだけど……」


 何故、私なのだ。

 私はごく一般的な女学生で、そういう血なまぐさい行為とは無縁だ。

 むしろそういうのよりも、こう、マジカルでリリカルなほうがだいすきなのだ。


「大丈夫!ぼくらのこの適格者捜索センサーは完璧だ、君は完全に他者をぼこぼこにすることに抵抗のない人間だってこいつが告げてるんだ!」


 んだこいつ初対面の女子に向かって。

 その完璧なセンサーとやらはきっとガラクタに違いない。


「とにかく、お試しでやってみよう!ね!一秒だけ!一秒だけでいいから!」


 ―――とはいえ、正義のヒロインになる、という点にだけいえば正直まんざらではない。


 そういう非現実に憧れているみたいなところは当然年頃の女子だしなくはないわけだし。


「ま、まぁ……試すだけなら?」


 ―――そして、私の平穏な生活は今ここに、終わりを告げることとなった。



 ◇◇◇



「……いや、やめて!」


 翌日、ここは私の通う学校の屋上。

 私はこのいまいち可愛くない動物に指示され、昼休みに屋上のダクトの裏へと隠れていた。


 普段は屋上は進入禁止になっているのだが、どうやらそこを勝手に利用してる奴等がいるらしい。

 そんなところでいつ来るともしれない相手を待ち構えていた私は、なかなかに飽きていた。


 だがついに、階段から足音が聞こえた。


 ―――そこにやってきたのは、私のクラスメイト4人。

 そのどれもが、良くみる見たことのある顔ぶれだ。


 一人はいつも大人しく、一人で本を読んでいる少女「りな」。

 本人はあまり人と話したがらないが、その学校一と誉れ高い容姿から学校中の男子に注目され、いつも所在なさげにしている少女だ。


 そして他の三人は―――、


 名前忘れた。とにかく有象無象の不良共だ。

 いっつも教室の後ろでたむろっていて、一度も掃除当番なんかもやろうとすらしない筋金入りのドロップアウトガールズだ。


「あんた、前から気に食わなかったのよねー……ちょっと可愛いからって調子に乗ってんじゃない?」


 不良Aはりなちゃんに詰め寄りながら、鞄に手を伸ばす。

 なるほど、どうやら彼女らは男子に人気のりなちゃんに嫉妬して、このような凶行に及んでいるらしい。


「そんなこと……!」


 りなちゃんは反論しようとするが、有象無象はそれを聞こうともせず、なんかのキャラ物のバッジがジャラジャラついてる鞄を開けてなにかを取り出す。



 ―――にしてもついてる無数につけられているバッジのジャラジャラ音が五月蝿すぎる。

 結婚願望が強すぎてハネムーンカーの真似でもしているのだろうか。

 だとしたら結構似てるから仮装大賞にでも出て来て頂きたい。


「でもさ、その顔をこれで傷つけてやったら、そんな態度もとれないだろうね……!」


 そんな騒音を撒き散らしながら彼女が鞄から取り出したのは、文房具のカッターだ。

 雨かなにかに濡れたまま放置してたのかとても茶色く錆びている。


「た、助けて……!」


 それを見てりなちゃんはついに命の危機を感じたのか、誰かに助けを求める声をあげる。

 だが、その声はかぼそい。

 恐怖のあまり、声が出なくなっているのだ。


(さ、今だよありさちゃん)


 ―――そんな時、私の脳内に声が響く。


 これは先ほどの獣(いまいちかわいくないので「イマカワくん」と名付けた)の声だ。

 どうやら彼は脳内に直接声を伝えられるらしい……そういうとこだけ魔法少女っぽいなしかし。


(あたまの中には直接……!)


(わたしは今、貴女の頭のなかに直接語りかけています……)


(チキンが食べたい……帰りたい……)


(そんなことええから!さぁ、変身だ!)



 自分から乗ってきてそんなこといいからって。

 しかもなんでこいつ関西弁になってんだよ、キャラが不安定すぎるでしょ。


 ―――でもイマカワくんの言うとおり、この窮地を急いで救わなきゃ。

 同じクラスで下らない嫉妬からのいじめなんて、決して許しちゃいけないんだ。


 そんな思いを胸に秘め、私は念ずる。


 ―――変身フィジカル☆メタモルフォーゼっ!





 ◇◇◇



「さぁ、せいぜい悲鳴を―――!」


 有象無象Aがカッターを振り上げた、その時。


『ちょっと待ったぁ!』


 私の声が、学校中に響き渡った。


「「「誰だ!」」」


 不良女子ABCは全く同じタイミングで振り返り、私のほうを仰ぎ見る。


 彼女らの視線の先にいる私は、学校屋上の旗、その真上に腕組みをしてたっている。


 衣装は白とピンク、そして所々に黒い意匠の入った魔法少女然としたもの。

 そして指には私の武器。


 ―――フィジカル☆メリケンサックがはめられていた。



『―――下らぬ嫉妬からのいじめ!そんなもの、教育委員会は黙認しても私は許さない!』


『とうっ!』



 私は颯爽と飛び降り、二回転半して屋上へと着地する。

 屋上のコンクリートの上を突風が走り、私の髪をたなびかせる。



「貴様ぁ、何者だぁ!!!!」



 ―――何者か。


 問われれば、答えるのが世の情け!



「私の名は……物理少女!フィジカル☆アリサ!!!!」



「―――物理……少女……?」


 その場にいた、誰もが首をかしげる。

 当然だ、私もなにいってんのか分からないもの。


「私は虐げられるもの、悪を犯すものを打ち倒す存在!故に!」


「お前達を、倒す!」


 ―――あぁ、私は何を言っているのだろう。

 口が勝手に動く。

 こんな口上、考えた覚えなど欠片もないのだけれども。


 これから言うべきであろう技名や口上がスムーズに脳内へと浮かぶ。

 これがイマカワくんの言っていた、「適性」……なのだろうか。


「なんだかしらんが、邪魔するなら容赦せん!」


 女生徒Aはそういうと、その服をばさっと脱ぎ捨てる。

 そして、現れたのは。


「「「イー!」」」


 醜悪な姿をした人型の怪物。

 その見た目はまるで、カバの皮を着込んだようだ。


 ―――そういえば聞いたことがある。

 確か、カバは同じ群れの弱い個体や他の動物をいじめたりするのではなかったか。


『くっ、これが怪人化……!だけど!私の敵ではないわ!』


 そうだ、この程度の敵に負けるわけにはいかない。

 お試しであろうと、今の私は正義のヒロイン。


 正義の味方はいつだって、絶対に負けない子供達の味方でいなけれぱ。


 ましてや困っている人々の前で、負けるわけにはいかない!


(よしっ、今回は相手も弱そうだし速攻だ!メリケンに意識を集中させて!)


 脳裏に響くイマカワくんの声。

 それに習い、私は拳へと精神を集中させる。


 ―――拳に、誰かの思念が集まってくる。

 これは……さまざまな暴力の被害者達の……!


 これなら、いける。

 この皆の力さえあれば、あのいじめっ子ばけもの共を叩き潰せるッ!


『唸れェッ!鉄拳コーポラル制裁パニッシュッ!』


 ―――その瞬間、フィジカル☆メリケンサックの指部分に取り付けられた宝石から、紫のオーラのような物が放出される。

 これは、負の想念がエネルギーに変換されたもの。


 ―――一気に踏み込み、それを奴等の胴体に抉りこむッ!


「「「……グワァーッ!?」」」


 拳を受けた三人は、まるでギャグ漫画かのように軽やかに吹っ飛ぶ。


 そのうち二体は爆散。当然生きてはいないだろう、南無三。


 もう一人―――生徒Aだった怪人はなんとか急所に食らうことは避けたものの、その腹には大穴が空き、虫の息のようだ。



「ぐっ……まるで体育教師の拳のような痛みだ!」


「そう、これは体罰やいじめを受けた生徒達の怒りが形となった拳!貴女達いじめっ子に、もっとも効果を発揮するのよ!」


 虐げられてきた者達の怒りと無念。

 そんなマイナスエネルギーを物理的破壊エネルギーに変えて戦うのが、「物理少女」だ!


「さぁ、とどめよ!」


「世界中の虐げられし者たちよ、我に力を!」


 私は更に、空へと意識を向ける。


 来る、無念に散っていった者達の、悲痛な想いが。

 ―――不死鳥の如くまた羽ばたきたいと願う、戦士の声が……!


 今力はここに結実し、私を覆うエネルギーの力場となってその有り様を顕現させる!


「さぁ、いくぞっ!」


 私は全身に紫の光を纏い、そして走り出す。


 ―――その速度はみるみる加速、怪人との距離はもはや0距離。

 超速の突撃は鮮やかに、しかし確実に相手を圧倒する。



「なんだこの速度と力強さ!?」


「さぁ喰らえっ!私の最強奥義ィ!」



 目前の敵へと肩を向け、声高にその技名を叫ぶ。


 ―――そう、その名もッ!



悪質マリシャス突撃タックル!!!」



「グワァーッ!!!!」




 ―――かくして巨大な弾丸と化した私の身体は、怪人の胴体を貫いた。

 そして背には爆風。

 そう、怪人が死に爆発したのだ、花火のごとく。

 ならば私は言わなければなるまい、正義のヒロインであるならば、決め台詞を!




「―――私がやらねば、意味がない!」



(あっ、スカッとするしなんか結構楽しい)




 ―――こうして、私の物理少女としての日々は始まった。


 この先に一体、なにが待っているのか。そんなことはまだ、誰にもわからない。

 でも、私は決めたのだ。

 この理不尽な世の中を、少しばかり良くしたい、と。

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