夕暮れの籠

霜月藍

第1話

 ポーポーと夕焼けに染め上げられた船が汽笛を鳴らす。港の岸辺に男が夕日を正面に大きなボストンバッグを片手に持ち立っていた。

「これで、これで!俺は日本から逃げる!密売に失敗したけどこのカバンに入ったお金で逃げて逃げて流れてみせる!あはは!あはは!」

 狂ったように叫ぶ男は笑いすらまとまらない。ふらふらと後ずさり尻餅をつきながら座り込む。

「あと数時間でくる外国からの密売船に乗り込んで仕舞えばこっちの………」

 男の声を遮るようにカツンカツンと靴音が聞こえてきた。

「籠目籠目、籠の中の鳥は、いついつ出会う。夜明けの番人、鶴と亀が滑った、後ろの少年だあれ?」

 足音と共に聞こえてきた子供達が遊びの時よく歌う唄。そして、男も幼き頃に歌ってきた懐かしい曲。

 だが、その曲が今、恐怖の唄にしか聞こえない。何故ならそれは……。

「みーつけた、いましたねココに、あなたはココに来ると踏んでいました。でも、ココに来るのは早かったみたいです。あなたを庇ってくれる船はまだみたいですよ?」

 座り込んでいた男は青ざめながら背後から来た男から慌てた様子で距離を取った。

 国外逃亡を目論んでいた男の眼の前に現れたのは黒のシャツに黒のジャケット、同色のズボン。そして、六芒星のネックレスを身につけた全身が黒い、否、髪の色だけが明るめな茶髪の男。

「全身黒の服装、六芒星のネックレス、唄……お前まさか夕暮れの子!何でここに居るんだ!」

「へぇ!僕の通り名知っているんですね、あまり知られていないんですけどね、警察の人間とか人間とかにしか……ね」

 悪い人間の所を強調した男の顔にはニヤリと怪しく笑う口。青ざめさせられた男は怒りに震えた顔。異なる顔を見せる二人に沈みかけた夕日が照らす。

「黙れよ!夕暮れの子!お前には関係ない!」

 吠えた男の言葉にヒョイと首をすくめ、ペロッと舌を見せる。

「怖いなーお兄さん。そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないですか。あ、確認なんですけどお兄さん、水鏡組に出入りしてた佐藤光彦 さとうてるひこさん出会ってますよね?」

「黙れ!」

 ふるふると震えながらポケットからバタフライナイフを取り出し夕暮れの子と呼ばれた男に突きつけた。

「その言動で肯定と見なしますね。まあ、先程からわかっていたんですけど。人違い防止のためですよ?冤罪なんてことしたくないですし」

佐藤光彦は握っていたバタフライナイフを握る手を強める。

「あなたは麻薬密売をしていましたね?水鏡組の手先として。しかし一週間前ぐらいかな?ある女性に廃工場での取引現場を見らせてしまい口封じのために持たされていた銃で数発女性の体に撃ち殺害、そして、運良く取引相手も殺し、怖くなった貴方は取引金額が入ったバッグを持ち逃げした。前々から接点があった密売船の相手に連絡した貴方はここでその船に乗らせてもらう手はずだった。ですよね?佐藤光彦さん」

自分が一週間前ぐらい犯した罪を全て言い当てられた佐藤光彦は言葉を詰まらせながら夕暮れの子に言葉を投げつける。

「そ、そうだ!見た女が悪い!油断してた取引先の男も!す、水鏡組も!殺されたんだ!持ち逃げされたんだ!お、俺に負けたんだよ!俺は勝ったんだ!あとはお前を殺せば完全勝利!ここで死ねよ!」

そう言い切った佐藤光彦はバックをその場に放り投げバタフライナイフを突きつけながら夕暮れの子に迫る。

間を詰めた彼は自分の敵を殺そうと躍起になり、一心不乱に刃を突きつけるが夕暮れの子は余裕でかわす。見切ったように必死に刃を当てようとしてるが当たらない。当たらないどころが最初会った時のように網をその顔に残していた。

「えっと、当たりませんけど?あー言い忘れてました。貴方の頼りにしていた船きませんよ?」

疲れてきたのかバタフライナイフを振る腕が夕暮れの子の体を傷つけようと交わす彼の体に合わせて動く足も息も荒く鈍ってきている。

「な、何言ってやがる。俺は勝利、者だ!はぁ、はぁ、くっそ!当たれよ!」

元より夕暮れの子と呼ばれる男は素人相手に負けるはずもない。息も荒くなく足取りも体を見切る動きも全てスマートに油断も隙も無駄もない動きを追い詰められた男とは違った、

「えー?だって個人的に繋がってると思ってたかもしれませんが、あの人たちは水鏡組の人間ですからー。とっとっと危ない危ない、危うく海にぼちゃんでしたよ。危ないので振り回すのやめません?」

言い切るとバタフライナイフを持っていた手を掴むと反転させる

痛みを感じとり、呻き声を上げカラント落とす。

「うっ!」

その瞬間追い詰めた男の背後にバタフライを蹴り飛ばすと視線で唯一の武器を目線で追った元々好きだらけだった彼が更に好きが大きく開くと溝うちに一発殴る

「ぐぺっ!」

奇妙な声を最後に男の意識が途切れ夕暮れの子に全体重が伝わるがそれに動じることのない線の細い体。

「全く、このぐらいの時間自力でどうにかしてくださいよ」

そう呟いた夕暮れの子は自身の右ポケットに手を突っ込み携帯端末を取り出した。

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