反政府組織

「グランさん、妙な奴が来たんですがどうしますか?」


 室内に、何処か慌てた様子の部下が入ってきた。 こいつが慌てているのはいつもの事だが、妙な奴という言葉が引っ掛かりを覚え聞き返す。


「妙な奴? 組織に入りたいとかではなくか?」


「ええ、服装からみるに、ありゃ貴族ですね。こんな組織に単身で来るなんて妙でしょ?」


 貴族、厄介だな。 組織に貴族が来る理由なんて十中八九ゆすりだろう。


「貴族か……もめ事は避けたい。とりあえず入ってもらえ。くれぐれも粗相のないようにな」


「分かりました、すぐに連れてきます」


 数分後、やってきたのは一人の女性だった。 確かに小奇麗にしているが、見れば貴族ではないとスグに分かった。


 あのアホ、貴族とか言って俺を驚かせやがって。 貴族と一般人の区別ができないとか一度、目玉を入れ替えた方が良いんじゃないか?


 部下の失態を、脳内で嘆いていると目の前の女性が口を開く。


「あなたがグラン=カラングさんですか。わたしの名前はミレイ=アシッド、突然の訪問にも関わらず、お会いしていただけたことを感謝します」


 目の前の女は深々と一礼すると言葉を続ける。


「突然ですが、アナタ達の力をお借りしたい」


「すまない嬢ちゃん、意味が分からないんだが?」


 話の展開が早すぎるだろ。 顔を合わせるなり、力を貸してほしいと言われても、意味が分からんぞ。


「あなた達は、政府との敵対組織と聞いていたのですが?」


 ああ、なるほど。 この嬢ちゃんは、俺たちが反政府組織と知って国に対して何かをしてほしいんだな。 だから力を貸してくれと言ったのだろう。


「わたしもこの国が憎いんです。この国のせいで、私の村からは人が次々に連れ去られ、そして戦争へと駆り出されました。だからこの国を潰すためアナタたちの力を貸してほしい」


「嬢ちゃん、気持ちはわかるぜ。俺だってこの国は憎い。家族が戦争で亡くなったのなら同情してやってもいい。だが、大それた事は俺達には無理だ」


「何故ですか?」


「俺たちは反政府組織といっても国家から目の付けられない範囲で嫌がらせをしているにすぎねぇ。もちろん最初の頃は違ったさ。だが大々的に動いた家族や仲間は捕らえられ、処刑された」


 自分で処刑されたと言葉に出した瞬間、あの時の光景が脳裏に過り、一瞬顔をしかめたが、話を続ける。


「今回だってそうだ。現状が耐え切れなかった仲間が騒ぎを起こして捕らえられた。数日もしないうちに広場で処刑が行われるだろう。所詮、俺達にはこの国をどうすることもできねぇのさ」


 平然と言ってはみたが、仲間が処刑されると言葉に出すと、胃がキリキリと痛んだ。 そんな俺を、目の前の女は、見下したのような視線を向けて、吐き捨てるように言葉を発する。


「なるほど、負け犬ですね」


「何だと!!」


「負け犬と言ったんですよ。何故、仲間や家族が処刑されて正気でいられるんですか? 何故、アンタは助けに行こうとは考えないんです?」


 流石にカチンときた。 家族や仲間が殺されて正気な訳が無いだろ。 俺がどんな思いで耐えていると思っているんだ。


「お前に何が分かる!! それに俺の組織が動いたって結局被害を増やすだけだ!!」


「言い訳ですね。 本当に本気で仲間や家族が、殺された事を悔やんでいるのなら自分の身がどうなろうと行動するはずだ。 なのにアナタの組織は、政府に一歩引いて行動している。 我が身が可愛いからでしょう?」


「違う!!」


「アナタは、反政府のリーダーという肩書がある。 なるほど、その肩書があれば確かに、それなりの暮らしをする分には困らないようですね。 大通りでは栄養失調で人々は餓えているのに、アナタは血色がよさそうだ」


「黙れ!!」


「現実を見るのが嫌で、アナタは逃げ回っているに過ぎない。 今回捕まったのもアナタではなく、アナタの側近だった。 アナタと違って、我慢できなかったんでしょう、この国の在り方に」


「黙れッッ!!!」


 テーブルを思いっきり叩き、乾いた音が部屋を反響した。 しばし沈黙が流れると目の前の女が、再び口を開く。


「本当に後悔しているのなら助け出すべきでしょう仲間を。」


「だから無理なんだよッ!! そんな事をしたら国に目を付けられる。今度は、より多くの仲間が捕まるかもしれないッッ!!」


「それなら、また助け出せばいいだけじゃないですか」


「なんだと?」


「失礼ながらアナタの過去を調べさせていただきました。 昔のアナタは誰もが認めるリーダーだった。 アナタの活躍に人々は希望を見出して、国民が一致団結して必死に国と戦った。 そう、アナタの家族や組織の幹部が粛清される日まではね」


 言葉を失った。 あの時を知る人間はほぼ処刑されたはずなのに、この小娘はどうやって調べた?


 穏やかではない心情を知ってか知らずか、目の前の女は言葉を続ける。


「アナタは恐れているだけだ。大切な人を失う事を。だから動けないんでしょう」


「…………」


 目の前の女が発した言葉を、否定したいのに否定する言葉が出てこなかった。 確かに俺は恐れている。 もう、誰も失いたくはないという気持ちが心の底に存在するのは知っていた。 だが、本当にどうすることもできないんだ。 あの時、何故俺は生き延びてしまったのか。 こんな思いをするくらいなら、仲間や家族と共に捕らえられて一緒に死にたかった。


「わたしが助け出します」


「……なに?」


「わたしが、今回捕まったアナタの組織の仲間を助け出すと言ったんです」


「そんな事、できる訳がねぇ!!」


 目の前の女は何を言っている? そんな事ができない事は子供でも分かる。 だが、目の前の女は、俺の目を逸らそうともせずに真剣な表情で宣言した。


「出来る訳が無い、今はそれで良いです。 ですが、わたしがアナタの仲間を助け出したときには力を貸してください。 わたしは本気でこの国を変えたいんだ。 それには牙を抜かれる前のアナタの力が必要なんです。 お願いします」


 目の前の女は深々と頭を下げる。 先ほどまでの失礼な態度が嘘のようにその姿には誠実さが感じられた。


「…………もしも、仲間を助ける事ができたなら。俺も力を貸してやる。俺だってこの国は変えたい。本当に仲間を助ける事ができたのなら、その時はお前の起こした奇跡にすがってやる」


「……感謝します。それと、悪態をついて申し訳なかった深くお詫びします」


 それだけ言い残して彼女は出て行った。 しばらく静かになった部屋で一人、何もない空間を眺めながら、あの時の事を思い出す。


「牙を失う前の俺か……嫌な事を言いやがる」


 誰に対してでもなく発した言葉は、静かな部屋に反響して消えていった。

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