訓練2

「ミレイ姉さん、私たちはいつまであの怪物から逃げればいいの?」


「私……疲れた。 もう耐え切れない」


 彼女たちの疲労の籠った弱音を聞いて、ひょっとしてだが、オルガさんに頼んだことは間違えだったのかもしれないとミレイは後悔する。


 オルガさんが言ったように、化物の速度は確かに遅かった。 普通に逃げれば、まず捕まることは無い。 では何故、彼女たちが弱音を吐いているのかというと、鬼ごっこと称した耐久レースが始まって、休むことなく2週間が経過したためである。


 その間、足を動かし周囲を警戒し続け、食事や睡眠をもろくにとることは許されなかった。 何しろ捕まれば死んでしまうのだ。 そのため、自分より幼い子供たちは参ってしまい、泣きじゃくり弱音をはき続けていた。 一番年下のターニャは 実際に疲労で倒れて気を失ってしまった。 今は私が抱えているから逃げる事ができているが、他の2人もこのままだと、あと数日のうちに倒れてしまうだろう。


「ミレイ姉さん、私、思ったのですが、あの化物は本当は強くないんじゃないですか?」


 疲れのせいで冷静な判断ができなくなったとしか思えないようなことを、クランが言い出した。


「何を言っているのクラン、そんなわけ無いでしょ」


「だって、逃げ回って、もう2週間ですよ!! ひょっとしてアプローチが違うから、あの人は、この鬼ごっこを終わらせないんじゃないんですか!?」


 クランが言う事も、一理ある。 確かに私たちを鍛えてやると言ってはいたが、一見無意味に見える事を2週間もやらせるだろうか。 ……いや、この考えは危険だ。 自分の都合のいいように解釈している。


「アプローチが違うという可能性は否定はしないけれど、あれと戦うなんて無理よ、存在するだけで大気が歪むほどの力を持った召喚獣に、私たちが勝てる訳が無いわ」


「じゃあ一体どうすれば終わるのよ!! もう私、嫌だ!! 苦しい、ツライよぉ」


 クランはその場に座り込むと泣きじゃくる。 その様を見て泣きじゃくれるなら自分も泣きじゃくって弱音をぶちまけたいと思いつつ、このメンバーの中で自分が一番の年長者であることを思い出して、グッとこらえる。


「クラン、辛いのは分かるけど、きっとこの訓練には意味があるはずよ。 だから諦めないで」


「もういい、ミレイ姉さんが戦わないのなら私が戦う!! この訓練を終わらせる!!」


「何を!! クラン止めなさい!!」


 やけになったクランは、取り乱して化物の方向へ走っていった。 追いかけようと魔力を巡回させて加速を計ろうとしたが、ターニャを背負っているため一瞬迷いが生じる。


「バオ、ターニャをお願い。クランを止めてくる」


 その場にターニャを下ろして、再びクランを追いかけようとすると、パオが袖を掴んで私を止めてきた。


「パオ、どうしたの?」


「姉さん…アレは危険、やめた方が良い。それに、コレは訓練……だったら死ぬことは無い…はず」


「訓練、たしかにそうかもね。私も、本当にオルガさんが私達を殺すとは思っていないわ。でも強大すぎる召喚獣は時に術者の言う事を聞かないときがあるわ。もし万が一があってからでは遅いの。分かってくれるわよね」


 私の言葉に対して、ふるふると首を振るパオは不安そうな表情をして袖から手を離し今度は腕を掴んできた。


「だったら……なおさら姉さんを行かせられない。アレが暴走したら姉さんでも……止められ…ない」


 確かにパオの言う通りだ。 あの召喚獣と戦って勝てるビジョンなんてこれっぽっちも浮かんでこない。でも、それでも私は年長者としてクランを止めなければならない。


「大丈夫、こう見えて私は強いし、今まであなた達を守ってきたのよ。信じなさい、必ず戻ってくるわ」


優しくパオの頭をなでると制止するパオの言葉を聞き流しながら、私はクランを追いかけた。

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