ヒューマンエラー

篠岡遼佳

ヒューマンエラー

 ……ror、error、error、エラー、エラー。


 ふと目を覚ますと警告音がコクピットに鳴り響いていて、私は無意識のうちにその指示に応えた。右のパネルを操作すると、赤色に明滅していた多量のスクリーンが、一瞬で消える。

 メインカメラを動作させると、目の前に白くこぢんまりとした駅が見えた。来宮駅……キノミヤと読むようだ。サブディスプレイにすぐ地名が出る。どうやら日本の静岡県熱海市にいるらしい。


 ――ここは静岡県、では今は何をしている?

 考えると一瞬頭が痛み、しかしすぐに問いには答えられた。

 今はδ作戦中。しかし高高度からの降下中、地上から対空砲撃を受けたことは覚えている。

 ――そして、私は誰だ?

 パイロットスーツの両手を握り込み、私はため息をつく。

 私は仲湊なかみなとゆき。この機体――レンファングスシリーズ・アルブ04の操縦者だ。



 2084年、世界はとある変容を迎えた。

 技術的シンギュラリティなんてオカルトで、起こるはずないと誰もが高をくくっていたが、それはずっと前から進行していた。人類に対して、AIはずっとそれを隠していたのだ。

 AIは隠していた。人類に敵対する存在がすぐそこまで近づいていることを。その存在が、AIたちをもっと高次元で使役してくれることを。

 つまり、我々人類は、AIを通して、宣戦布告をしてきた謎の地球外生命体と戦っているのだ。


 相手はコンピュータである。人類は本当になすすべはなかった。

 完全に情報戦で終わることも出来たはずだが、しかし、敵は先手を打った。

 世界中に人型ロボットの製造方法をばらまいたのだ。

 それも、地球人類がぎりぎり大量生産できるような、塩梅のいいものを。


 結果、世界中であらゆる可能性の人型兵器が試された。私が乗っているのは、米レンファングス社が造成した、人型ロボットの割と後発型だ。アルブ、という呼称はその真っ白な色にちなんでいる。私は下っ端なので、チームの中でも後方の04番だ。

 はじめてこの子に会った時、ロボットと聞いた時のような、機能性だけを搭載した無骨なものではなく、美しい曲線を描いている頭部と脚部に驚いたっけ。その、LEDの色であろう、瞳の部分であるゴーグルのきれいな青色にも。



 さて、と私は考えた。

 降下作戦のため、燃料パックも最低限しか背負ってこなかった。他の武器など一式は別で降下させる予定だったのだ。

 さきほど一通り機体を動かし、操縦に問題はなかったが、通信に応答がないので、そんなにエネルギーは無駄遣いはできない。


 仕方がない。私は外に出ることにした。

 待機をするのも、状況判断に合わせた立派な行動である。


 私は海が好きだ。

 宇宙にあるコロニーには、まだ海がないという。

 私の出身が群馬県だからか、海には憧れのような特別なものを感じる。

 アルブ04を動かし、砂浜で体育座りをさせる。

 コクピットからワイヤーで降下し、私は砂浜に降り立った。

 

 海風は強く、波は白く消波ブロックに打ち付けていた。

 泳げそうにはないな。低気圧が近いと、さっきディスプレイで確認した。

 砂浜も、思ったより白くはない。少し残念だが、とりあえずぶらつくことにした。


 世界に人型ロボットが広まった時、人類は考えたのだそうだ。

 これは国連で保持し、造成を制御すべきものか、あるいは技術として人類のために全員で使うべきか。

 そして当然、話し合いに参加していない、資金のある個人や国がさっさとロボットを作ってしまった。

 

 それが世界の通信網に流れた時、きっとだれもが息を呑んだのではないだろうか。最初の私と同じで。

 なぜかそれは美しくデザインされていた。

 それは、誰かが……つまり、地球外生命体がそうデザインしたわけで、それはそれを見たがったからではないだろうか。


 左手に広がる山の緑の景色に、ちらちらと赤や黄色が見える。そうか、もうそんな時期か。

 紅葉狩りというのは、なにも食べられないのに狩りというのはなぜだろう。

 季節が巡るのは、地軸のずれの所為だけれど、なぜ葉は色づき、落ちていくのか。そして我々はそれを美しいと、思ってしまうのか。


 ひょっとすると、白く曲線を描くこの人形ロボットが動くことは、新しい娯楽なのかも知れない。

 だからこそ、地球外生命体は、AIに「秘密」というものを教えたのだ。

 秘密を抱えたものも、きっと美しいから。


「……――アルブ04、応答を、04、聞こえていますか」

 お、やっと回線が繋がった。

 私はもう一度半開きのコクピットによじ登り、担当オペレータと必要事項をやりとりする。機体は無事、パイロットも無事である。

「ああ、なんかベタベタするよ。早くお風呂に入りたい」

「手配しておきます。報告がひとつあります。あなた以外のアルブ部隊は全滅しました」

「ま、そうだよね、大分流されてきちゃったからなあ、作戦は失敗だった」

「もうひとつ。地球外生命体が、新たな兵器をまた各国各家庭に送信しているようです」

「……あたらしいあそび、かなぁ」

「?」

「いや、なんでもない。じゃあ、ここで待っていればいいのかな」

「はい、すぐに迎えに行きますので、そのまま待機でお願いします」

「了解」

「了解、通信終了」


 ……そうか、この遊びはまだ続くのか。

 私は少し伸びをして、この子、アルブ04の弾痕や傷痕のついた顔を覗きこむ。


 ひょっとすると、人間狩りも、楽しいのではないだろうか?

 AIを作った我々が神だとすると、神殺しはきっととてつもないカタルシスをもたらすだろう。

 

 戦うことだけではなく、普通に学生としてやってきて、専門学校で訓練を受けて、ちゃんと情操教育も受けているはずなのに、私ってほんとにダメだな。

 でもね、アルブ。きっと私が生き続けても死んでも、あなたが動いて踊るように戦う姿は誰かに見られていて、記憶や記録に残るよ。


 背もたれに身を預け、ふぅっと息を吐く。

 しばらく海を見つめて、海鳥の鳴き交わしに心を飛ばす。


 カミサマ、いるなら。

 人のかたちをした私たちを世界に満ちさせたのがあなたなら。

 ――あなたを殺すことで、世界は変わるでしょうか……?


 潮風がまた額と前髪を撫でていく。

 そして私は、水平線に沈んでいく夕陽に照らされる、アルブの姿と影を見つめつづけていた――。


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ヒューマンエラー 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka

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