火花を刹那散らせ

ふんわり塩風味

第1話 俺と彼女と冷蔵庫

「うう……。寒い……」


 俺は自分の体を抱き締めるようにしながら、両手で逆の手の腕を擦って呟いた。

 悲しいことに、息まで真っ白になって虚空をさまようと、大気に解けてなくなるが、正直、息まで凍りつきそうな寒さだ。


 なんで俺がこんなに凍えそうになってんのかって言うと、うちの学校に作られてる冷蔵庫に閉じ込められてるからだ。


 冷蔵庫ったって、家庭にある食材を腐らせねぇように締まっとくあれじゃねぇぞ?

 スーパーとかにある、建物が丸々一つ冷蔵庫になってるアレよ。


 なんで学校にんなもんがあんのかってのはだな、実は俺も良くは分かってねぇ。

 避難用とかなんとか言っているが、学校にそんなもん作るなんて物好きな校長だぜ。


 ちなみに、なんで閉じ込められてるかって言うと、隠しといたアイスを取りに来たら、急に押し込まれて、気がついたらこの有り様ってわけよ。


 俺を凍死させようなんつう輩は、それこそ星の数だ。多過ぎて、逆に犯人を特定できねぇ……。


 はぁ……。俺が息を吐くと、やはり今にも凍りついてしまいそうだ。

 おいおい。自分の息で、生まれて初のダイヤモンドダストを拝むなんて、ロマンもムードもねぇぞ? だから、凍らないでくれな。


「煩い! つまらない愚痴を吐いている暇があるなら、ここから脱げ出す方法を見つけろ!!」


  俺の言葉に柳眉を吊り上げて罵倒してくるのは、八重樫・昴ちゃんだ。

 黒くて長い髪をポニーテールにした、キリッと吊り上がった瞳が特徴的な、整った顔の美人さん。

 おまけに何処だかの大財閥の御息で、家柄も良く、成績も良く、顔も良く、スタイルまで良い、非の打ち所のない、超お嬢様だ。


「んなこと言ってもよぉ……。どぉにもならねぇだろうんだよなぁ~。これがよ……。

 中からどんな音立てても外まで届きゃねぇ。ぶち破るとしても、大砲でもなきゃ無理と来た……。

 はっきり言って打つ手なしよ」


 お手上げだと意思表示を示して、両手を軽く上げてやれやれとばかりに吐き出した。


「男が簡単に諦めるな! お前のことは知っているぞ!!

 結構な実力を持っているくせに、自分より優れたものがいるとすぐに諦めて止めてしまうらしいな。どうして一番になろうとしない!!」


 八重樫はじっと俺を見据えて強く言って来た。美人ってのは、怒った顔も可愛いんだな……。

 って、今はそんな場合じゃねぇな……。


「そう怒んなって……。今、んな話したって仕方がねぇじゃんよ。

 取り敢えずよぉ、どぉにかしてここから出ようぜぇ?

 寒くて仕方がねぇ……」


 俺は八重樫を一瞥すると、溜め息混じりに言って、どっか手抜き工事でもないかと、室内を見て回った。

 まぁ、地元じゃ良品を作ると割と評判の良い業者を入れてるらしいから、無駄かも知れねぇ……。


「ああ……。確かに寒いな……。だから、今、その方法を探しているんだろう!? うぅ、それにしても寒い……」


 口では強がってっけど、八重樫は体を縮込ませてかたかたと小さく震えてる。もしかして、寒いのダメなのかぁ?

 女ってのは反則で、んな姿もすっごく可愛く見えちまうから不思議だ。


「んなに寒ぃならよぉ、助けが来るまで暖め合うかぁ?」


 俺は八重樫に近付くと、華奢な腰に手を回して抱き寄せて、指先で頬を撫でながら、大抵の女なら堕ちる、微笑みを浮かべて見つめた。


 まぁ、相手が八重樫じゃあ、ふざけるなとか言って、振り払われるだろうけどな。


 だけど、それでいい。俺の目的は、弱気んなってる八重樫を奮い立たせる事よ。


 だが、八重樫の反応は、俺の想像の範疇を越えていた。

 瞳を涙で潤ませて、弱々しく吐息を吐きながら、無言で俺を見返してきた。


 これは、ヤれる……。

 俺は八重垣を凝視しながら、急に緊張して生唾を飲み込んだ。

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