第72話冒険者ですか?

 数本の矢が大きな螺旋を描き、一つの大矢となって氷龍の鱗を突き破った。貫いたというよりは、破壊したと言ったほうが正しいだろう。

 全長一メートルほどの鱗が砕け散る。

 突き刺さった矢が瞬く間に凍りついて粉々に粉砕した。

 鱗の剥がれ落ちた場所は瞬く間に、透き通った氷の鱗に張り替えられる。


 氷龍は優美な動きでゆっくりと体を左側へと向けた。氷龍が一歩足を動かすたびにその周囲に氷柱が勢いよく衝いて出る。おかげで、奴の足元は小さな氷山の一角が作られていた。


 白銀の鎧を身にまとったライズが、左手に備えた大盾を体の前にどっしりと構え、右手の剣でガンガンとやかましく打ち鳴らした。


 氷龍の視線がライズ一人へと定まった。

 瞬間、背後を取る形になっているハルトでさえ、まるで蛇に睨まれた蛙のごとく一瞬全身が硬直する。ただ、睨んだだけ。それも、ハルトは直接睨まれているわけでもないのに、恐怖で身の制御が取れなくなった。


 氷龍がその強大な二本の腕を地面に叩きつけ、四足歩行のような状態になる。叩きつけられた地面は四方に裂け、上背三メートルはある巨大な衝撃波を発生させた。通過した地面を凍らせながら、衝撃波はライズへとまっすぐに突き進んだ。


「神将の名の下に――バニッシュ!」


 大盾に加護が舞い降り、閃光を帯びる。

 ライズは盾を引いて、勢いよく前に突き出した。迫り来る衝撃波を盾で殴り受ける。瞬間、凄まじい爆音と冷気の帯が辺りに爆散。


 盾に弾かれた衝撃波は氷のつぶてとなり、背後の草原を抉った。まるで、隕石が落ちたように小さなクレーターがいくつも出来上がる。

 正面から受け止めたライズは盾を微塵も凍りつかせることなく、完璧に防ぎきった。


「ウッシャァァァッ! いくぜぇぇぇぇぇ!」


 ライズの横をすり抜けて、ヤヒロが体よりも大きな大剣を肩に担いだまま躍り出た。

 体勢低く凍りついた地面を半ば滑るように加速していき、氷龍の足元に出来上がった氷の山を器用に飛び登っていく。

 

「ひっっっっっさつ! 『大喰バクバク』!」


 なんとも残念なネーミングセンスの技名が叫ばれた瞬間、宙を舞ったヤヒロの大剣が赤く輝く。小柄な体を幾度となく宙で回転させていく。赤い軌跡が徐々に濃くなり、やがてヤヒロの全身を覆い包んだ。

 一つの丸刃となったヤヒロは勢いそのままに、再び二足歩行となった氷龍の右後ろ足を鱗ごと深く抉り取った。


 氷の膜によって再生されるよりも早く、抉り取った傷口に小さな藁人形が放り込まれる。そして次の瞬間、巨大な剣が二本、対になって内側からうどの大木ほどもある巨大な足を貫いた。

 鮮血が飛び散るが、それも宙で凍りついて地面に音を立てて落ちる。


 完璧なチームワークと怒涛の連撃にハルトは思わず目を奪われた。じっくりと彼らの戦いを見ることなど、今まで一度も無かった。思わず自分が立ち止まってしまっていることにすら気づけないくらいに見入っていた。


「い、今のうちにモミジとマナツは魔法詠唱。たぶん、こっちにヘイトは来ないからユキオも魔法詠唱! 急げ!」


 ユキオが一歩下がり、ハルト、ユキオ、シェリー、その後ろをモミジとマナツが平行に並ぶ陣形になる。


 街の正面、氷龍の側面上空が一瞬、キラッと光った。凄まじい勢いで落ちてくるは、まぎれもない人で、輝いたレイピアを目にも留まらぬ速さで刺し出しながら落下していく。

 地面に軽やかに女性が降り立った瞬間、レイピアがより一層強く輝いた。刹那、氷龍の翼や胴体の鱗が縦一直線に砕け散る。


 宙を振りまいたぼんやり光る群青色の鱗が、まるであられのように降り注いだ。

 幻想的なその光景に浸る間もなく、氷龍の鉤爪がゼシュとその後方に位置取るロイドに向けて振り抜かれた。空を切る鉤爪は辺り一帯を包み込む冷気のもやを凝縮させ、無数の刃となって二人に降り注ぐ。


 視界を染める刃の渦を、ロイドとゼシュは危なげなくくぐり抜ける。

 走り抜いたまま詠唱を続けたロイドが魔法を解き放つ。氷龍の上空をどこからともなく木の葉がヒラヒラと舞い出す。ロイドが樫の杖を振り抜いた瞬間、自由に舞っていた木の葉はピタッと止まり、氷龍の顔面へとまるで剣のように一斉に鋭く舵を切った。


 ――ドドドドドッ!


 無数の葉剣が氷龍の右眼に突き刺さり、その青い炎を打ち消した。


「ゴォォォアァァァァ――ッ!」


 氷龍が堪らず唸り声を高らかにあげた。


 それぞれ最高の一撃を開幕にぶち込んだ二組は、既に陣形を整え直し、一様にハルトたちに視線を振った。まるで、次はお前たちの番だと言わんばかりに。


 ハルトは一度、大きく深呼吸をして改めて氷龍に目を向けた。街の時計塔よりも背丈があり、見上げなければいけないほど巨大で、常に発される殺気は今でも気を緩めれば膝をついてしまいそうになるが、それでも不思議と恐くはなかった。

 

「ハルトくん!」


 モミジが名を呼んだ。振り返ると、彼女は自信に満ちた良い表情でこちらを見ていた。見ると、マナツとユキオ、そしてシェリーも同じような表情でハルトの号令を待っているようだった。


 ハルトは一度、大きく頷くと、シェリーを手招きで近寄らせた。


「シェリー、遠慮はいらない。デカいのぶちかますぞ!」


 シェリーはハルトの真意を理解し、大きく頷いた。


「はい!」


 シェリーの手がハルトの手を取る。冷え切った手をじんわりとした温かさが包み込む。


「――魔力吸収!」


 ぐわんと大きく視界が揺らいだ。虚脱感が襲いかかり、魔力が手を介して外へと勢いよく流れ出していく感覚が襲いかかる。しかし、それに負けじと胸の奥底が溶けるほど熱くなり、魔力が沸いて出てくる。


 シェリーはもう片方の手を氷龍へ向けて掲げた。巨大な魔法陣が展開する。


てぇえええええええええええ――ッ!」


 視界を魔法の渦が埋め尽くした。

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