第54話異世界人ですか?

「アイリスと申します。A級パーティー――ラザリス所属の魔導師です。よろしくお願いします」


 数分間の沈黙を破ったのは、扉の向こうから王の間に入ってきた冒険者の女性であった。

 背丈はロイドよりもずいぶん小さく、おそらく百五十あるかどうかだ。さらに猫背なもので、本当に小さく見える。ぶかぶかの黒ローブをすっぽり被り、ロイドと同じ魔女帽子をかぶっている。くまの酷い目元は今にも眠ってしまうのではないかと思われるほどに焦点が定まっていない。右手に持つ、おそらく主武器と思われる枝ほども細い杖は、まるで演奏の指揮者が持つそれにしかみえない。


 アイリスはぺこりと頭を下げた後、思いだしたかのように小さく「あっ……」と呟いた。


「こ、此度は大役を仰せ使いまして、その、なんだっけ……」


「はっはっはっ……! よい、言葉遣いなど、所詮は飾り物よ。普通に話しなさい」


 ディディバルト十二世はまるで孫を見るような細目で、うんうんと頷いた。今日はやけに上機嫌だな。


「あ、ありがとうございます! それでは、さっそく準備に移りますね」


「ほれ、そなたらも私と一緒に、歴史的な瞬間を見ようではないか」


 ディディバルト十二世が玉座から立ち、ギラギラとやかましく煌めくマントを身に着けなおす。本当にどこまでも豪華絢爛が好きな人だ。


 アイリスに続き、メイドがせわしなく王の間を行き来する。アイリスの眼前に一つずつ並べられていく魔物の素材。十数はある素材はBランクの魔物が中心だ。よくもここまでの数を集めたものだ。中には、ロイドが検品をしたワイバーンの瞳やヘラルドのねじれ角もある。


 彼女は並べられていく素材を一つずつ手に取って、何らかの規則に沿って置き場所を定めていく。


「えっと、それでは始めてもよろしいでしょうか?」


 ディディバルト十二世はむしろ早くしろと言わんばかりに大きく頷いた。

 アイリスは目を閉じ、レイピアの剣先のように細い杖で素材を一つずつ触れていく。そして、最後は杖で自分の額に触れ、詠唱を開始した。

 

 離れた位置で見ているロイドからでも、膨大な魔力が彼女の体の中心へと流れていくのが感じとれる。


 冒険者アイリス。現在、二組しかいないA級パーティーの魔導師。優れた才能で、数々の魔法を扱えるエキスパートだ。同じく元A級冒険者であるロイドから見ても、イアンとは別種の天才だ。イアンを研究馬鹿の強者と呼ぶのであれば、彼女は紛れもない天才。特に何をするわけでもなく、その天賦の才のみでA級まで駆け上がったのだ。


「……ロイド」


 小さく、消えるような声で名を呼ばれた。目はアイリスから離さない。声色で、だいたい誰なのか分かる。


「……分かっておる。主も準備しておけ」


 ソーサルから遥か西に存在する貿易街のギルドマスター――ロウ爺だ。齢九十を超える長者。過去にはA級に最も近いといわれたBランク冒険者だ。パーティー運に恵まれずにB級にとどまっていたが、彼の実力は確実にA級の冒険者にも引けを取らない。とはいえ、前線をバリバリに張る重戦士だった彼も、老いには勝てないようで、当時身に着けていた大剣ではなく、細い刀身の剣を腰に携えている。


 彼がロイドに声をかけた理由は一つだけ。用心しろ、ということだ。

 今から起こる奇跡は、鬼が出るか蛇が出るか分からない。もしもの時、早急に対処できるのは左右にずらりと並ぶ飾りの兵士などではなく、過去に冒険者で今日この場に呼ばれたギルドマスターたちだけだ。


 ロイドは手に持つ樫の杖を握りしめた。


 アイリスが詠唱を始めてから数十分が経過した。その間、誰もが固唾をのんで見守っていた。ディディバルト十二世は既に玉座に腰を下ろし、頬杖をついている。


 ぶつぶつと呟いていたアイリスの口が止まる。


 同じ魔導師だからわかる。何の変哲もない杖の先に、まるではじける寸前の魔力の大きな塊が出来上がる。おそらく、他の者には見えていないだろう。


 思わず喉が鳴った。――来る!


 アイリスがカッと目を見開いた刹那、地に置かれた素材が眩いほどの輝きを放ち、彼女もろとも包み込む。

 王の間に光の球体が出来上がり、徐々に球体が収束していく。風船のようにしぼんでいくと言ったほうが正しいだろうか。


「……来たか!」


 ディディバルト十二世が身を乗り出す。


 ロイドは球体から片時も目を離さなかった。無意識に魔法を詠唱し始めてさえいた。

 左右から微かな殺気が伝わってくる。おそらく、他のギルドマスターたちも軽い臨戦態勢に入っているのだろう。


 アイリスを包み込んだ光の球体はみるみるうちにしぼんでいき、やがて光の粒となって消え去った。光が薄れ、そこにいたのは――


「おぉぉぉっ! 人だ! 本当に人が召喚されてるぞ!」


 ディディバルト十二世のやかましい声が鼓膜を汚くゆする。


 人だ。それも、男二人の女二人で計四人。皆一様に裸で、何が起こったのか理解できていないのか、きょろきょろと周りを見回している。

 やがて、女の一人が自らの素体がむき出しになっていることに気が付き、悲鳴を上げた。


 見たところ、全員若そうだ。おそらく十八やそこら。男は金髪のひょろっとした者と、黒髪で前髪にアッシュメッシュを入れた者。メッシュの男は周囲ににらみを利かせている。女は紫みのかかった紺色のショートカットの者と、赤毛の長髪の者。ちなみに悲鳴を上げたのは赤毛の女だ。


「よくぞ参った! 勇者たちよ!」


 ディディバルト十二世の黄色い声で、四人は生唾を飲む。

 明らかに警戒している様子だ。しかし、それもそのはず。彼らは元々は別の世界で、普通に暮らしていた者たちだ。これは、れっきとした誘拐である。


 胸が痛んだ。それでも、もしこの国に害をもたらすとわかった瞬間、詠唱を待機してある魔法で消し飛ばすくらいの覚悟はある。


 ディディバルト十二世はこの世界の現状、そして彼らの立ち位置、各々の力について、宰相の力を借りて説明をした。

 金髪の男と、女二人は終始怯えたような表情で聞いていたが、メッシュの男だけは途中からせわしなく視線を巡らせていた。


「それで、異界より召喚された者は脳裏に各々の役職と、その、あれだ魔法とかスキルみたいなのが浮かぶらしいんだが、どうだろうか……私は冒険者ではないので、そこらへんはさっぱりなのだ」


 ディディバルト十二世は手振りをあわただしく加えながら、たどたどしく説明する。宰相はその間、何も言わない。きっと、あとでさりげなく付け加えるのだろう。


「アタイは魔法使い? かな。何か魔法みたいなの使えそうな不思議な感じするし……」と紺髪の女。


「俺は、なんだこれ? でっけぇ剣?」と金髪の男。


「おぉ! 魔導師に重戦士か!」


「私は……なんだろう。剣と杖が両方浮かんでくるんですけど……」


 赤毛の女がそういった瞬間、ディディバルト十二世の目が曇った。露骨に表情が一変する。


「うむ……おそらく、魔剣士だろう。不遇職とは言われているが、なぁに、異界より召喚された勇者だ。そこらへんの魔剣士とは訳が違うだろう?」


 宰相が軽くうんうんと頷く。本当に仕事のできる宰相だ。まるで子供のようなディディバルト十二世のご機嫌の取り方をよくわかってる。


「して、そなたは何の職じゃ? ん?」


 残ったのは目つきの悪いメッシュの男。彼はしばし考えるようにその場で沈黙を守った。


 ――刹那、彼から殺気を感じた。とっさに数歩前に躍り出て、貴族どもを背に隠すようにする。

 ロウ爺と他のギルドマスター二人も同じく殺気を感じ取ったのか、各々武器を手に持ち、飛び出した。


 メッシュの男はチラッとこちらを向くと、不敵に口角を挙げて見せた。


「落ち着いてくださいよ。僕は言葉で説明するのが苦手なので、実際に使ってみようとしただけですよ」


 そういうと、彼は無詠唱で魔法を発動する。とっさにロイドも無詠唱で魔法を発動。薄緑色の結界が周囲のギルドマスターと貴族を包み込む。


 彼の足元に紫色の魔方陣が展開される。そして、何もないはずの地面から、ずるずるっとゆっくり、何かが出てくる。


「なっ……!」


 誰かの驚きとも悲鳴ともとれる声が響く。

 ロイドも思わず驚愕した。


 魔方陣からゆっくりと姿をのぞかせるのは、黒い一本の角。続いて、頭部。みるみるうちにそいつは深淵の地より、姿を明確にしていく。


 一言で言うのであれば、巨大な黒い鬼。まだ胸元までしか姿を見せていないのに既に一メートルを優に越している。覗いた口元からは黒い息が吐かれていた。


「こ、これは悪鬼……」


 ロウ爺がかすれた声でつぶやく。

 悪鬼。Bランクの魔物だ。全身を黒曜色に染め、三又の槍のような武器を自在に扱う魔物。Bランクの中でも特に狂暴とされ、並大抵の冒険者ではまず勝ち目がない。


「へー、こいつそんな名前なんですね。――っと、これ以上出したら、本当に殺されちゃいそうだ」


 彼は手で空気を押し下げるような仕草を取った。悪鬼がずるずると沈んでいく。


「なんか、こういう魔法しか使えそうにないんですけど、なんて職業ですか?」


 彼は先ほどと違って、爽やかなつくり笑みを浮かべた。


 ディディバルト十二世はおろか、皆押し黙った。


 ロイドももちろん、答えられずにいた。

 触媒無しで、Bランクの魔物をいとも簡単に召喚する職業など、この世界には存在しないからだ。

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