第39話ギア、上がりましたか?
突然の地鳴りに思わず身を竦ませた。地震とは違い、地面自体が激しく揺れるわけではない。場の空気というのだろうか。ビリビリとしたプレッシャーと、肌を突き刺す恐怖を表すように大気が震え、地鳴りさえも起こしている。
先ほどの何かが崩れるような音を皮切りに、冒険者一同の表情が険しくなる。
体を締め付けるような重圧が襲いかかり、吐き気が込み上げてくる。
「もしかして……もう一度?」
気がつくと、モミジがハルトの外套の裾をぎゅっと掴んでいる。気づかぬふり、というわけではないが、今はそれどころの話ではないのだ。
悪い予感しかよぎらない。というか、先刻の地鳴りとまったく一緒なため、もはやそうとしか考えられない。
「と、とにかく、指示を仰ごう」
ギルドの裏手にいる冒険者はだいたい三十人弱だ。ギルド内にはパッと見で二十人ほどいる。中央通りにはこの倍以上の冒険者がいるであろう。
これだけの冒険者が、未だに最初の魔物の軍勢すらも殲滅できていない。しかし、魔物は待ってくれるはずもなく……。
ギルドから職員の女性が一名、慌てて躓きながら飛び出してくる。
「ま、街の外を魔物が囲っています……!」
周辺がざわつく。最初は街の中に突如現れた魔物の群だが、今度は街の外に群を率いて来た。順番が逆のような気もするが、そこらへんに大した意図はないのだろう。
「冒険者の皆さんには、引き続き魔物の殲滅に向かっていただきます。表側にいる方々には手分けして西門と北門へ。こちらにいる冒険者の方々は南門から街外に出ていただき、魔物を食い止めてください!」
正直、行きたくない。できることならば、ギルドで身の安全を確保して、事が過ぎるまで息を潜めていたいところだが、そうもいかないのが勇者の印という名の呪縛だ。
それに今回に関しては、むしろいち早く南門に向かいたい。というのも、三人と離れた際にギルドの裏手、もしくは南門と言い放ってしまった。つまり、もしかしたらマナツとユキオは南門にいる、もしくは向かっているかもしれない。
とにかく、一刻も早く合流しなければ、魔物と長時間渡り合うなど二人の魔剣士には荷が重過ぎる。
冒険者たちは既に移動を開始している。やはり、拒む者はいない。冒険者は魔物を倒す事が責務であり、全てなのだ。
「俺たちも行こう……」
南門まではギルドから十五分かかる。道すがらに襲いかかる魔物を、周囲の冒険者と協力して倒す。ディザスターでは四人以上で行動すると、なぜか魔物が大量に押し寄せるため、他の冒険者と組み交わすことはないから、違和感を感じる。
もしかしたら、今回の魔物の大量発生と、ディザスターでの謎の現象というのは何か関連性があるのかもしれない。しかし、現状そんなことを考えていられるのは、安全なところに引きこもる貴族たちくらいだ。
ハルトは無意識にモミジへ意識を向けた。先程までの弱々しい瞳からは一変、魔物との戦いっぷりは頼もしすぎた。ハルトと同格、いやそれ以上に魔剣士という職業のあり方を理解し、適切な動きをする。
パーティーバフがある時は、気がつくことのできなかったことだ。
モミジの以前のパーティーについては一切知らないが、さすがはCランクだったパーティーというべきなのだろうか。付け焼き刃のような、ほんの少しだけCランクに滞在していたハルトとは、やはり一回り動きが鋭敏であった。
でも、本心的にはなんだか女性に守ってもらっている、とまではいかないが、なんだかこういうのって男からすると歯痒い。ただのエゴイズムだけど……。
南門に集結していた冒険者はBランクパーティー、Cランクパーティーが多くいたため、街に湧く魔物に関しては大した障害になることはなく、順調に歩を進めた。
「見えて来た……」
モミジが呟く。もちろん、ハルトの視界にも入っている。最後に南門に来たのは、今朝だ。日課のような自主練をするために、早起きのマナツに見送られて訪れた。果たして、自主練習に意味があったかどうかは謎である。
朝方ぶりの南門は兵士が慌ただしく駆け回っている。いつもは開いている大きな門だが、今は閉じていた。この門って閉じれたんだ、とふさわしくない感想が浮かぶ。
「冒険者は門の前に集まれー!」
先に到着していた冒険者が声を張り上げる。
おそらく、街に魔物が侵入しないように門を閉じているため、あらかた冒険者が揃い次第、開門するのだろう。
ハルトは門に着くなり、マナツとユキオの姿を探した。南門には既に他のところからも冒険者が集まって来ているようで、かなりごった返している。せわしなく視界を動かして、探す。探す。探す。
「――いた!」
見つけたのはモミジだ。指差す方を見ると、金色の長い髪に翡翠色の瞳の女性。ぱっと見では冒険者だとは思わなく、どっかの令嬢ではないかと思う。彼女は一人、キョロキョロと周りを見渡し、いつもより随分としょぼくれている。内面は男嫌いのわんぱく少女であることは、今は黙っておこう。
「マナツ――!」
ハルトは駆け寄りながら声をかける。彼女はハルトとモミジに気がつくと、ドバッと耐えていた涙を垂れ流し、猛然とまるで闘牛かと思うくらい、凄まじい勢いで突っ込んでくる。
割と本当に怖いと思って身構えてしまったが、よく考えれば当然のことである。マナツはモミジに勢いよく飛びついた。
「あっ、そっちね……」と思わず呟いてしまった。いや、そりゃ、そうだろと心の中で独り言ちる。
マナツは涙でびしょ濡れの頬をモミジの頬に強引に擦り合わせて、なおも泣き続けている。モミジは苦笑いだ。ひとまず無事が確認できてよかった。見たところ、怪我もしてなさそうだ。
「マナツ、ユキオを見てない……よな?」
「みでにゃい……」
しゃがれた声で、おそらく「見てない」と言ったのだろう。
ユキオはなんとなく、まだ来ていない気がした。というのも、はぐれ際に見せた我を忘れたような、切羽詰まった表情が、ハルトになんとなくではあるがそう思わせた。何か、自我を忘れるほどのものを見たのだろうか。
「早く来い……ユキオ」
呟いたハルトの声は、巨大な門の開く音によってかき消された。わずかに開いた隙間から冒険者が、雄叫びをあげながら街の外へと駆け出す。
ハルトとマナツ、モミジもほぼ最後尾で街の外へと飛び出した。そして、街の外の現状に思わず剣を落としそうになった。
「なによ……、これ……」
マナツが呟く。ハルトは口を魚のようにパクパクさせることしかできなかった。声が出ないのだ。
数えきれない魔物。見渡すと、確かに街を取り囲むように凄まじい数の魔物がいた。そして、その魔物はハルトの知りうる存在に限るが、Cランク・Bランクが中心だった。
まるで、ギアを上げて来たような、このために街の中は低ランクで埋め尽くしたとでもいうようだ。
街の中での騒動がまるで可愛く思えた。
これから起こりうる凄惨な光景は、優に想像できた。
「これはめんどくさいどころじゃないな……」
ハルトはこんな時でも怠惰な自分を呪いながら、ため息交じりの苦言を呟いた。
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