Ⅱ‐ ②
俺たちはまず、安納幸寿討伐のために最も効果的な手段はなんであるかと考えた。そこから導き出された答えは、安納幸寿がロッテにした仕打ちと同じことをやつにもやってやろうということだった。
すなわち、安納幸寿がロッテの小説を公表したのと同じように、やつの歌を全校ネットに乗せてオンエアーしてやろうというものだ。
ひとまず方針は固まったものの、そのためには色々と専門的な知識も必要になってくる。そこで、俺たちは技術協力を仰ごうと、とある一人の男に白羽の矢を立てた。
そいつは俺が一学期の間に探し出した優秀なバカの一人で、一年J組在籍、名を
その、なんともお年寄りに優しい歩く優先座席みたいな名前から、中学時代に付いたあだ名は「シルバーシート」及び「バリアフリー」であったと言う。しかも、関譲はそれを自覚しているのか単にムキになっているだけなのか知らないが、バスや電車の車内がどれだけ空いていようと決して座席に座ろうとしない、筋金入りのバカでもあった。
しかし、この関譲。名前、あだ名、行動、と三拍子揃っただけのただのバカではない。こいつはバカであると同時に、立派なクリエイターでもあった。
関譲は自分に付けられたあだ名を自ら皮肉って「シルバーP」と名乗り、音声合成ソフト――いわゆるボーカロイドを用いて楽曲を作成し、日々、それをネット上にアップロードしていた。
やつの家には電子オルガンやら特大のスピーカーやら無駄にごついアンプやら、その他なにに使うんだか見当も付かないAV・オーディオ機器の数々があちらこちらに転がっていた。
そんな関譲に今回の計画に協力してくれるよう依頼すると、やつは二つ返事で承諾してくれた。やはり、持つべき友はバカに限る。
関譲が俺たちの計画に乗ってくれたのにはちゃんとわけがあった。実は、関譲と安納幸寿の間には小さいながらも因縁があったのだ。ある時、関譲が数人の友達と話をしていると、そこへ共通の友達でもいたらしく、安納幸寿が加わって来た。話の中で関譲がボカロで曲を作っているという事実を知った安納幸寿は、関譲に向かって言った。
「おまえ、ボカロなんかやってんの? マジウケるんですけどー、わはは!」
そう言って、安納幸寿は一人で笑っていた。
ボカロでの楽曲制作に誇りを持っていた関譲としては、やつのこの台詞が許せなかった。
関譲はアマチュアとは言え、これまでに十曲以上の楽曲を制作・発表し、それら全作品のネットでの累計再生回数はゆうに十万回を越える新進気鋭の注目若手クリエイターなのだ。それに対して、安納幸寿は作詞はできても作曲ができないから、これまでに一曲だってまともに作り上げた例がない。
音楽然り、それが小説であれ絵画であれ彫刻であれ、作品を完成させられるか否かというのは表現者としての真価が問われる点だ。未完の大作ばかり無駄に拵えるくらいなら、凡作だろうが一つでも完成させた方がよっぽどマシというものである。
この時点で関譲と安納幸寿の表現者としての差は埋めようもないほどに広く、また深い。ロッテにしても、何本かの小説を書き上げて賞に応募しているのだ。中途半端な歌しか作れず、それを人に披露することすらできないヘタレアーティストの安納幸寿とは格が違う。
まったくもって愚かなり、安納幸寿。おまえのようなやつは、せいぜい一生日の目を見ることのないエターナル童貞ソングでも延々作り続けているがいい。
だがしかし、俺たちはそんな安納幸寿君をたった一日であれデビューさせてあげようと言うのだ。やつは俺たちの元に菓子折りを持って土下座でもしに来るべきなのだろうが、そんな気の利いたことあいつにできるわけがない。それに安納幸寿が持ってくるような菓子折りなんてどうせ、賞味期限の切れた赤福とかそういうしょうもないもんだろう。そんな物はいらん。
というわけで、俺たちは安納幸寿の歌を入手するべく、関譲から高性能なICレコーダーを借り受けた。俺たちは安納幸寿が風呂に入りながら自作の歌詞にメロディーを付けて歌っているという情報を入手しており、そいつを録音してやろうということで計画を練っていた。そのために、俺たちは安納幸寿に近しい人間と密かに接触し、そいつを工作員に仕立て上げていた。その工作員と言うのは他でもない、安納幸寿の一つ年下の妹だ。
この安納幸寿の妹と言うのは、そこら辺のラノベなんかでよく出て来るような「お兄ちゃん好き好き大好きお兄ちゃんのためなら地球が滅んでもいい」などという非現実的な妹ではなく、むしろ「お兄ちゃん嫌い嫌い大嫌い地球上の全てのお兄ちゃんという存在よ今すぐ絶滅しろ」と願ってやまない、超現実的でまったくもってかわいげの欠片もない妹失格のリアル妹だった。
こんなやつを抱き込むために一人動いてくれたマシバが不憫でならないが、そこはやはり、マシバでなければ務まるまい。
なぜなら、そのマシバにも妹が一人いる。年下の女子を相手にするなんて、マシバにとってはカップ麺にお湯を注ぐくらい容易いことなのだ。
なにはともあれ、俺たちは安納幸寿の妹を使ってやつの歌を入手することに成功した。それを「後はおまえの好きなように編集してくれ」と言って関譲へ渡した。関譲はにやりと笑い、「俺と安納の才能の差を見せ付けてやる!」などと意気込んでいた。
次に、俺たちは安納幸寿のライブ会場を確保するべく、またもう一人、才気あふれるバカの元を訪れた。そいつは一年C組在籍、放送部員の瀬ノ
瀬ノ宮友司は俗に言うチャラ男であった。
いつもバシッと髪形をキめ、縁の赤いオシャレな伊達メガネを掛け、きれいにあごヒゲを整えている、そんなやつだった。瀬ノ宮友司はプロのDJかラジオのパーソナリティーになるのが夢らしく、週末の夜にはこっそりクラブでDJの修行を兼ねたアルバイトをしていた。こいつが放送部に入っていると言うのも、将来のための予行演習みたいなものだ。
実際、瀬ノ宮友司の才能には天性のものがあり、また、その見た目とは裏腹に人柄や愛想も良く、話術が達者なことから女子にもウケが良かった。放送部でこいつが担当する日の昼の放送はなかなかに面白く、「DJ・U☆G」と言えば、校内でもちょっとした有名人だった。
安納幸寿も同じお調子者を目指すなら、この瀬ノ宮友司に倣えばいいものを、やつは「イケてるチャラ男」の意味を完全に履き違えたただのイタいやつでしかない。
ちなみに、瀬ノ宮友司のことは俺が一学期の初めに行っていた営業活動の時に見付け、やつのバカを見込んだ俺はその時からやつとコネクションを築いていたのだ。
瀬ノ宮友司は、そのキャラで放送部の先輩連中に上手いこと取り入ってかわいがられていた。そこで、俺は瀬ノ宮友司と二人で放送部の先輩たちのところへ行き、昼の放送で安納幸寿の歌を流してくれるよう頼んだ。その先輩たちの中には何人か俺と同じ南中出身者がいて、そいつらはもれなく「大災厄の日」のリアル経験者でもあった。そこで、それをやったのが実は俺たちであるということを打ち明けると、やつらは「あれはおまえらの仕業か!」と言って俺たちのことを大層褒めてくれた。どうやら、南中出身者がバカなのは代々の伝統らしい。
バカの先輩たちに快くOKをもらい、これでライブ会場の確保はできた。そうこうしているうちにシルバーPこと関譲から「楽曲完成」の報が届き、後は放送当日を待つだけとなった。
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