『進撃のロッテ』④
さて、そんなロッテに彼女ができた。
この一報は電光石火の如く野を駆け山を越え、遠く樊城にいる関羽の耳元まですぐ達したと言うのだから、その衝撃は凄まじいものがあった。
俺たちは早速、事の真相を確かめるべくロッテを問い質してはみたものの、ロッテ自身は「なんだかよくわからないけど、とにかくそういうことになった」と要領を得ない答えを繰り返すばかりで、それを聞いた俺たちも「なんだかよくわからんが、そういうことなら仕方ない」と中途半端に納得せざるを得なかった。
肝心の相手の女はどんなやつだったかと言うと、これがとんでもないやつだった。
ロッテの彼女は二年三組在籍、女子ソフトボール部の新副主将で、名を
かわいらしい名前とは裏腹に、容姿は平々凡々としたいわゆる普通のブスだった。年がら年中直射日光の下にいるせいか、肌はロッテよりも黒く、顔はロッテ並みにゴツかった。
ロッテと山下美佳子を並べたら、ドミニカからやって来た親善大使の夫婦みたいになるのではないかと思われるほどだったが、俺は中学を卒業するという最後の最後まで、そのツーショットを拝むことはなかった。
しかし、山下美佳子はブスであったが、男受けはそこまで悪くなかった。
陽気な性質で、男女問わず仲のいい友達も多かった。そして、繁く観察していると、山下美佳子はそこら辺の女子よりもよっぽど女子女子しているようなことがわかってきた。
爪には常に薄っすらとピンクのマニキュアを塗り、唇にも薄っすらとラメの入ったグロスを塗り、お気に入りのスマートフォンは自作のイラストの上にキラキラした無数のビーズがちりばめられていて、その威容は前衛芸術の失敗作として千年後の国立民俗学博物館に本人のはく製と一緒に展示されていてもおかしくない、会心の出来だった。
話は変わるが、ソフトボールやサッカーなどに興じる女子の多くは、見た目に反して性格だけは女の子っぽいやつが多いように思う。そりゃあ、ソフトテニスや水泳、新体操に日夜励む女子の方が
それでも、ソフトテニスやら水泳やら新体操やらをやっている女子の方が男子の目を惹くのは、ソフトボールやらサッカーやらをやっている女子にはない、決定的な女の子っぽさを持っているからだ。
それはなにかと言うと「照れ」や「恥じらい」である。これがあるかないかによって、男子の見る目は変わる。そして、騙される。
さて、いい加減本題であるロッテの彼女の話に戻ろう。
なんぼ山下美佳子が愛されブスであるからと言って、ブスは所詮ブスである。俺たちはロッテのいないところで、山下美佳子のことを当時プロ野球で活躍していたドミニカ共和国出身の選手の名前を取って「サンチェス」と呼んでいた。
サンチェスはいつも、俺たちがわいわいダベっている時にふらっとクラスに現れては、どうでもいい話で場をかき乱して去って行く――そんなことばかりを繰り返していた。
しかも、サンチェスの話し相手は主にロッテ、そしてマシバであったので、サンチェスが俺たちの輪に割り込んで話を始めると、俺とサコツ、その他のバカ共はもっぱら蚊帳の外になってしまうので、俺たちの仲間内にはサンチェスのことをあまり良く思っていないやつが多くいた。
しかし、しばらくそんなことが続く内、俺たちの中でサンチェスに対する一つの疑惑が浮上してきた。
「サンチェスはロッテを
やつの行動を見ていると、どうもそんな気がしてならなかった。
と言うのも、サンチェスがクラスの外でもマシバと個人的に会話をしている光景がたびたび目撃されていたり、やつがマシバのことについて周りの女子に聞いて回っているという情報まで伝わって来ていたからだ。
俺たちがそこまで感じているくらいだから、マシバもロッテもそのことには当然気付いていようものを、二人はサンチェスに対してこれといって態度を変える風もなく、相変わらず三人でしょうもない話に
そのバカバカしいやり取りも見慣れた日常の一コマになりつつあった、そんな時、マシバに一つ変化が起きた。それはやつにとって特別なことではなかったし、俺たちにしても「ああ、またか」という程度のことで、今さら誰もそんなことに興味を惹かれたりはしなかった。
まあ平たく言ってしまえば、マシバが付き合っていた彼女と別れた、ただそれだけのことだった。
ところが、この一件が周囲に知れ渡ると「待ってました」とばかりに春に芽吹く草木を踏みつけ、冬眠から目覚めたヒグマのように動きを活発にする者がいた。
サンチェス、もとい山下美佳子だ。
サンチェスは、彼女と別れてまだ日も浅いというマシバに、大胆にもデートの誘いを掛けて来たのだ。
この時になって、俺たちもようやくサンチェスの真意に気が付いた。
確かに、サンチェスがロッテを囮に使ったというのは事実であった。しかし、サンチェスはマシバに気がある――この認識は間違っていた。
どういうことか?
サンチェスの裏にはもう一人、真の黒幕がいたのだ。
サンチェスがマシバを誘ったデートと言うのは、いわゆるダブルデートであった。
つまり、サンチェスとロッテのデートにマシバともう一人の女子を加え、そいつとマシバをくっつけてしまおうというのがサンチェスの思惑であり、そのもう一人の女子と言うのが今回の計画を企てた真の黒幕というわけだ。
一体、どこのどいつがそんな回りくどい――途方もない野望を抱いていたと言うのか?
その女の名前は、
二年四組在籍にしてソフトボール部の新主将という、実質的にはサンチェスの直属の上司に当たる立場の存在だ。
こいつのキャラはまんまサンチェスの上位種とでも言うべきで、色黒ゴツ顔はサンチェスの七割程度に止まるものの、サンチェスに負けず劣らずのポジティブブス――略してポジブスっぷりはKYを通り越し、いっそ潔いくらいだった。
しかも、この末田叶恵は女版ガキ大将とでも言うか、ブスの総元締めみたいなやつで、南中ブス界の頂点に君臨し、その他何人ものブスで脇を固め校内を
今回の件は全てこの末田叶恵が仕組んだことであり、サンチェスなどは所詮ただの
末田叶恵は(畏れ多くも)自分がマシバの彼女になるべく、まずは部下であるサンチェスをマシバのそば近くに放つことを考えた。そして、それをよりフラットな形にするため、人のいいロッテをそそのかし、サンチェスとの偽装恋愛関係を作り上げた。
つまり、ロッテは最初からそのことを知った上でサンチェスと付き合うことを承諾していたというわけだ。
無論、やつらの計画に利用されたロッテもいい気はしなかったものの、強く「NO」と言えない性格が災いし、なんだかよくわからない内にそういうことにされてしまったのだ。
なにはともあれ、ロッテとサンチェス、マシバと末田叶恵の四名によるダブルデートは土砂降りの日曜の午後、予定通り雨天決行と相成った。
そしてデートも終盤、末田叶恵はこれまで貯めるに貯めた五百円玉貯金みたいな熱くたぎる胸の内をマシバに告白。それに対し、マシバは差し出された末田叶恵の思いを何重ものオブラートで丁寧に包み、
末田叶恵は振られたのだ。
しかし、この末田叶恵という女は、この程度で引き下がるようなヘボではなかった。
ダブルデートでマシバに振られた後も、末田叶恵は懲りることなくマシバにアタックを掛け続けた。それも、以前のような回りくどいやり方ではなく、もっと直接的かつ積極的なやり方で仕掛けてきた。
末田叶恵は、わざわざマシバの登校する時間に合わせて自分も登校して来る、大した用事もないくせに俺たちのクラスに現れてはマシバと会話を交わしていく、マシバと見れば二百メートル先からでも地鳴りを響かせて駆け寄って来るなど、さすがは女子ソフトボール部で主将とエースと四番を兼ねているだけのことはある。カーブがダメならストレートで力押しに押し切ろうというわけか。
だがしかし、残念なことに末田叶恵の豪速球がマシバのストライクゾーンに届くことはなかった。
なぜなら、マウンドに立つ末田叶恵とバッターボックスのマシバとの間には一万光年の距離があるのだ。たとえ末田叶恵が光の速さでボールを投げることができたとしても、それがマシバに届く頃には双方ともこの世におるまい。そうとも気付かず、末田叶恵はひたすらにムダなストレートを投げ続けた。
その後、末田叶恵がマシバに告白すること、都合三回。そして、その全てで末田叶恵はあえなく撃沈した――にもかかわらず、まるでめげない末田叶恵はマシバが進学する高校に自分も行くと言い、三年に進級する前から受験勉強を始めるという
俺たちはそんな末田叶恵の不屈の精神を称え、また恐れ、やつに「不沈艦・末田」の称号を贈り奉ることにした。
一方、ロッテとサンチェスの方はどうなっていたかと言うと、こちらはそもそも最初からなんでもない仲だったので、ダブルデートの後からはお互いがそれぞれ元のあるべき生活に戻って行った。いわゆる、自然消滅というやつだ。
このようにして、ロッテは自分にできた人生最初の彼女となんだかよくわからない内に付き合い、なんだかよくわからない内に別れるという、なんだかよくわからない恋愛劇に終始した。
ちなみに、ロッテ本人はこの時のことを相当悔いているらしく、後年、このことが俺たちの話題に上るたび、ロッテはマシバに頭を下げて謝ってばかりいる。マシバの方もそんなロッテに気を使わせまいと、へらへら笑って受け流すのだった。
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