『偉大なる凡人であるこの俺』④


 小六の時だった。

 夏も近付く六月の終わり、俺たちは「全校清掃」なる学校行事が開催されることを知った。それは一体どういうものかと言うと、各クラスに割り当てられた校内の一ヵ所をクラス総出で徹底的に隅々まできれいに清掃するという、ありがた迷惑なだけのただの無給労働のことである。

 そして、俺たちのクラスには「グラウンドの草むしり」という、望んでもいない大役が与えられたのだった。


「やってられるか、そんなこと!」


 憤慨した俺たちは「ならば」とむしろ正面からそれを受けて立つことにした。


「者共、集まれー!」


 かくして、マシバの号令でクラスの全てのバカが俺たちの元へ集結した。俺は集まったバカ共を前に「今回のことは内密かつ迅速に行われなければならない」と小声で前置きした後、静かに、全員へ指示を出した。


 全校清掃の前日、夜の八時に六年一組の全男子がグラウンドの脇に集合した。皆、いろんな理由を付けて家を出たり、内緒で抜け出して来たりしていた。

 そんな俺たちは全員、両手に軍手を嵌め、片手にゴミ袋、もう片方の手には鎌だのスコップだのといった物騒な物を持っていた。俺は準備が整ったことを確認すると、作戦開始の下知を下した。


「散れ――」


 俺の一言で、まずはサコツが一番遠いグラウンドの隅に向かって駆け出した。他のやつらもそれに続き、それぞれの持ち場についた。

 そうして、暗闇に染まるグラウンドの周囲に添って等間隔に並んだ俺たちは、時計回りに、一斉に雑草を引き抜き、刈り取り、地面を掘り返し始めた。そんなことを全員が一区間やり終えると、次に、前のやつが残していった雑草をゴミ袋に詰め込みながらもう一区間、時計回りに動いた。それが終わると、今度は全員がグラウンドの中心に向かって雑草を刈り取りながら進んで行く――。

 こうして、俺たちは短時間の内にグラウンドから目に付く雑草をあらかた駆逐し尽くした。


 グラウンドの中心に再び集結したバカ共に、俺は「解散!」と告げ、全員を速やかにその場から退去させた。


 そう。これが世に名高き、「放課後草むしり電撃大作戦」である。


 翌日、学校中の生徒が浮かない顔をして全校清掃などというくだらないイベントに取り掛かっていくのを尻目に、俺たちは意気揚々とグラウンドでサッカーを始めた。


「なにしてるの、あなたたち!?」


 ボールを蹴飛ばす俺たちを担任の女教師が叱ってきた。さらに「真面目にやりなさい!」と怒鳴る女教師に向かって、学級委員であるこの俺は「草むしりならもう既に済んでいる」と言い、その言葉通り、緑無きグラウンドを眺めて唖然とする女教師を置き捨て、俺たちは平然とサッカーを続けた。


「コラあ! おまえらあっ!」


 自分では手に負えないと判断したのか、担任の女教師は強面の学年主任を呼んできた。

「なんの用だ?」と訊く俺たちに、学年主任のやつはうちの担任と同じようなことを言ってきたので、俺たちは「やるべきことはやった」と、自らの正当性を主張した。するとそいつは「だったら、他のクラスを手伝え!」などと脈絡のない理不尽な物言いをして、俺たちからサッカーボールを取り上げた。

 尚も食って掛かる俺たちだったが、その後、数人の教師共に強制連行され、プール脇の草むしりをやっていた六年二組に無理やり合流させられた。


 二組のやつらは「まーた、一組のバカ共がなんかやらかしたらしい」というような嘲笑を浮かべ、バツの悪い俺たちはやつらの横で憮然とした表情のまま、黙々と雑草を素手で引き抜いていた。


 全校清掃が終わると、みんな「こんなことになるなら、前日にあんなことしなければ良かった」「無駄に疲れた」「骨折り損のくたびれもうけだ」と、口々に不平不満を露わにし、本作戦の首謀者であるこの俺はクラスのやつらから大いに顰蹙ひんしゅくを買い、危うく権力の座を追われるところであった。

 もしも、俺の隣にマシバとサコツがいなければ、俺はクラスのやつらにクーデターを起こされ、隠岐の島に島流しにでもされていたことだろう。


 そうやって、着々とバカの階段を登って行く俺とその他愉快な仲間たちは小学校を卒業し、中学校へと進学を果たした。


 俺たちが進学した「市立南中学校」は近隣の三つの小学校から生徒が集まり、同級生の数はこれまでの倍以上に増えた。

 そして、そこかしこから漂うバカの匂いに、俺もバカの血が騒いだ。


 俺はこれまで通り、マシバ、サコツを両の翼とし、さらなる飛翔を目論んだ。

 すなわち、俺たちは気持ちの良いバカをするべく、仲間を探し、協力者を募り、一大勢力を築き上げることを目指したのだ。


 その結果、この中学時代にロッテ、ヤブといった稀代のバカを傘下に加えると共に、その他大勢のバカを従え、俺たちは獅子奮迅の立ち回りをして見せることになる。

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