『偉大なる凡人であるこの俺』②


 小学校に上がっても俺のバカは止まることを知らず、ブレーキを掛けるどころか思い切りアクセルを踏み込んで、ギアを一段上げた。


 小二の時だった。

 学校で「ベルマーク」なる物を集めていることを知った俺は「なぜ、そのようなことをするのか?」と、担任の女教師に尋ねた。すると、その女教師は「これを集めるとね、一点一円でいろんな物と交換できるんだよ」と教えてくれた。


 ほほう、これはいいことを聞いた、と俺は内心ほくそ笑んだ。


 その日から、俺の孤高にして崇高なるベルマークハンターライフが華麗に幕を開けた――。


 俺はみんなが無意味に消しゴムのカスを集めてデカい塊りにしているのを横目に見ながら、ただ一人、一心不乱にベルマークを狩り集めていた。

 自分の持ち物からベルマークを狩り尽くすと、次は他人の持ち物からもそれを獲得するべく、俺は目に付いたやつからどんどん声を掛けていった。


 この時の経験が、俺の対人メンタルスキル及び対人交渉術を高める第一歩となる。

 そうやって、俺は十日間に渡り約五百点のベルマークを集めることに成功した。


 もういいだろう、と俺は集めたベルマークをビニール袋に入れ、颯爽とトイザらスの自動ドアをくぐった。

 そして、当時遊んでいたカードゲームのブースターパック二つをレジに叩き付けると、「これで」と言って得意気にベルマークを入れたビニール袋を差し出し、レジに立つ大学生バイトの度肝をブっこ抜いた。


 バイトは最初「ヘイボーイ、ワッツイズズィス?」と洋ゲーのNPCみたいな顔をして十秒ほどマネキンみたいに固まっていたのだが、なんとか冷静さを取り戻し、俺に向かって「これでは支払いはできぬ」と言ってきた。

 俺もそれに対して「なぜだ!?」と食い下がり、担任の女教師の話を引き合いに出したところ、バイトはベルマークの仕組みについて事細かに説明してくれた。

 俺はそれを半分も理解できなかったわけだが、どうやらベルマークとは金の代用品ではないらしいということだけは理解し、これでは買い物ができぬのだなあと悟った瞬間、悲しいやら悔しいやら恥ずかしいやら、俺はいたたまれない気持ちになり、ベルマークの入った袋を引っ掴んでトイザらスから全速力で逃走した。


 俺は、俺のこの十日間に渡る苦労は一体なんだったのかという無力感に苛まれたまま、とぼとぼと足取り重く家路へと着いたのだった。


 だがしかし、俺の悲劇はこれで終わったわけではない。


 翌日、朝早くに登校した俺は死にかけのウーパールーパーみたいな顔をして、集めたベルマークを担任の女教師に手渡した。

 それはもはや、俺にとってなんの価値もないゴミ同然の代物でしかなかった。


 その日はたまたま全校朝会がある日で、俺は傷心を引き摺ったまま体育座りで膝に顔を埋め、聞きたくもない校長の話を聞くともなく聞いていた。すると、突然体育館の壇上から俺の名が呼ばれ、俺はわけもわからぬまま、担任の女教師と一緒に壇上に立つ校長の隣に立たされた。

 これはなんの公開処刑だろうか? と俺が動揺していると、マイクを持った担任の女教師が、さっき俺が手渡したベルマークのことについてこの俺を大層褒めそやしたのだ。そして、校長からも俺が「校内活動に積極的に参加・協力する模範生」であるかのように紹介され、全校生徒から盛大な拍手を受けた。


 一つの学校が、一人のバカを全力で褒め称えた瞬間だった。


 その結果、俺は周囲のやつらから「ベル」という不名誉な称号を賜り、「ベル男様!」「ベル男様!」と言って俺の元へ貢ぎ物のようにベルマークを持って来る輩が後を絶たなかった。俺はそれを「いらん!」と言って尽く突っ返した。


 その後、どういうわけだか学校中がプチベルマークバブルに涌き、みんな我先にとこぞってベルマークを集め出した。

 俺は「俺なんかもう五十点集めたぜー」などと言ってはしゃいでいるやつらを「なにをそんなくだらんことにマジになってんの?」と、かつての自分を棚に上げ、冷ややかな目で眺めていた。

 俺はもうベルマークなんぞという物に興味などなく、しかも、その頃の俺は当のベルマークのせいで、非常に不愉快極まりない思いをしている最中だった。


 原因は、俺の周りにいた女子連中だ。


 バカな女子共ときたら、俺のことを「他人のベルマークを掠め取って一人イイカッコした卑怯者」などと言って口汚く罵ってきたのだ。

 まったく、見当違いも甚だしい。とんだ言い掛かりである。

 と言って、俺も弁明のために自身が晒した醜態について真面目腐って語ろうとはせず「そうではない。それは誤解だ」の一点張りで悪評を退けようと努めたものの、やつらはまったくもって聞く耳を持たなかった。

 できることならば、こいつらの耳を全部削ぎ落としてロバの耳と取り換えてやりたいと思ったほどだ。


 このことは、俺が今日に至るまで女というものに対して抱き続けている不信感発症の引き金ともなった。

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