JK3人と魔王の秘密のチャットルーム

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)

第一夜 「映画」とは何であるか?

 あみ 「よっすー」

 みか 「こんばんはー」

 かず 「ばんわー」

 あみ 「ねーねー。今日の数学の田中、アレ、マジなくない?」

 みか 「アレってなんだっけー??」

 かず 「アレ、とあみっちが言えば決まってるじゃん。エロの話だよエロ」

 あみ 「エエエエロちがうしっ!」

 みか 「違ったー」

 かず 「ふ……む。おかしいのう。エロい話でないとは」

 あみ 「わざとっしょ! アレと言えばアレだってばっ!」

 みか 「アレー」

 かず 「まさかとは思うけど、授業中にあみっちが居眠りしてて当てられた奴のこと?」

 あみ 「だってば!」

 みか 「だったー」

 かず 「仕方ないじゃん。授業中にマジ寝してる奴が悪い。どーせあんた、また夜更かって映画でも観てたんでしょ?」

 あみ 「……反論できないデス」

 みか 「あみちゃん、映画好きだもんねー」


 と、グループチャットの途中でいきなり見慣れない漆黒のアイコンとふきだしが出現した。


 †我†「映画……とは何であるか?」


 突然の出来事にただただ戸惑う三人である。


 あみ 「ちょ! 誰だし!」

 みか 「こんばんはー」

 かず 「ばんわー……って言ってる場合じゃないでしょ、みかっち」

 みか 「そかー」

 かず 「って、ちょっと。メンバーに表示されてないんだけど、この人」

 あみ 「……あー。マジだー。ブロックもできないとかありえないっしょ」

 みか 「誰ー?」

 †我†「我は我である。真名は……いや、やめておこう。我は我だと知れ」

 かず 「真名って……中二乙。草生える」

 あみ 「そ・れ・よ・り・! あんた誰なん?」

 †我†「その……事情がある故、真の名は明かせないのだ。敢えて乞われれば、異世界最強にして最凶と恐れられる魔王であると答えよう」


 しばらく不自然な間が空いた。


 あみ 「ぷ。我、マジで超ウケるんですけど!」

 †我†「我を我と呼ぶな我と!」

 みか 「ワレワレハー」

 かず 「それ、扇風機あるある」

 みか 「ワレーどこ見て歩いとんじゃワレー」

 かず 「それ、ヤクザあるある」

 あみ 「ワレー」

 みか 「ワレー」

 かず 「ワレー」

 †我†「やかましいわ! と、ともかくだ! 我はこの世界のことを知らぬ。故に学ばなければならん。なので乞うておるのだ」

 あみ 「映画とは何か、ってこと?」

 †我†「である」

 あみ 「うーん」

 みか 「エイガー」

 かず 「映画とは、長いフィルムに高速度で連続撮影した写真を映写機でスクリーンに連続投影することで、形や動きを再現するもの。ウィキ調べ」

 †我†「良く分からんぞ……具体的にはどういう物なのだ?」

 あみ 「誰かがどこかでやったことを別の人が別の場所で見れるってことっしょ」

 †我†「ふむ。水晶球のような魔術の類か? フィルムとは何だ?」

 かず 「光の力で目の前の光景を写し取って、それをぐるぐる巻きつけた物ですな」

 †我†「ほう。巻物スクロールのようなものだな。で、スクリーンとは何なのだ?」

 みか 「おっきな白い紙ですよー。物凄く大きくて壁に飾るのデス」

 あみ 「そそ。で、お金払ってその映像を楽しむの。ポップコーンとか片手にわーきゃー言いながら」

 かず 「ポップコーンは塩以外認めない」

 みか 「キャラメル派ー」

 †我†「ううむ。それは本当に楽しいのだろうか……分からぬ」


 分かったのは、分からないことが増えた、ということだけである。


 かず 「ま、あみっちは冒頭にエロいシーンがあるB級ホラーしか観ないんだけどな」

 あみ 「そんなの観ないし! とは否定できないんですけど……」

 みか 「何でああいうのって、キャンプ場で始まるんだろーねー?」

 かず 「アメリカーンな男女がいちゃつくと言えばキャンプ場が定番なのだよ。多分」

 みか 「やらしー」

 かず 「何故、人はキャンプ場でエロい行為に及ぶのか? そこんとこはあみっちがくわしい。はい、解説」

 あみ 「ししししないし!」

 †我†「話を聞け話を! ごほん……して、その映画を観て、貴様はどう思ったのだ? どういう感情を抱いたのだ?」

 あみ 「昨日ののはねー。超カンドー物でしたのよ。ティッシュあっという間に空になったしー」

 かず 「はい。ティッシュ=エロシーン確定」

 あみ 「うっさいし! そーゆーシーンあったけど、ソフトな奴だったし!」

 みか 「エローい」

 かず 「エロエロー」

 †我†「エロとは……いいや、聞くまい。つまり貴様はそれを観て、共感を得て、心振るわせられた、という理解で良いのか? その後の生き方に変化が生じるほど鮮烈に?」

 あみ 「まーそゆことかな。我、良いこというし。ちょっちウレシーです」

 †我†「成程な……映画……良い物かも知れぬ」


 しばらく間を置いて、再びチャット。


 †我†「礼を言うぞ、無垢なる少女たちよ。我はまた現れる。その時はよろしく頼むぞ」


 以上、チャット終了。

 我と名乗った存在はその後の会話を知ることはなかった。


「ふむ」


 代わりに今日知り得た情報を整理することにする。



 映画とは――。


 人間たちの世界では、光の魔法を行使する者に手により巻物に封じ込めた光景を観て興奮したり泣き叫んだりする風習がある、それを映画と呼ぶのだ。しかも、そのためには一定の対価が必要とされる。当然だろう、魔術師の精製した巻物は高価な物だからだ。そしてその儀式にあたっては大きな無垢なる純白の紙が必要になるという。だが、これは厄介だ。羊皮紙ではそこまで白さは望めない。白ければ良いのだろうか。であれば、大理石の壁で代用ができそうだ。


 だが不思議である。


 それを観て楽しむには『弾けるトウモロコシポップ・コーン』が欠かせないらしいが、そんな些末なトラップを何処で使おうというのか。もしかすると、映画とは複数人で見物するもので、誰かを驚かす為に必要になるのであろうか。塩を混ぜるのは分かる。あれは目に入ると痛い。キャラメルは……どうだろう、べとつかせて行動力を低下させるためだろうか。


 そして何より最も理解に苦しむのは、我らにとって水晶球で見る物といえば、勇敢にも攻めてくる無謀な勇者の姿か、志果たせず敗れ去ったその勇者の死にゆく姿か、はたまた無様に捕えられて拷問の数々に呻き苦しみながら死んでいく勇者の姿くらいだということである。同胞である筈の勇者たちのそんな惨状を観て興奮したり泣き喚くというのは、もしかすると人間という種は思ったりも思考構造が残忍かつ非情な物であるのかもしれない。



 結論:勇者たちの戦意を喪失させ、抵抗の意志を奪うには映画は有効な手段である。



 これは魔族にとっての始まりの一ページに過ぎないが、偉大なる一歩である。

                    ルシフェール=ド=ヴェルドダーグ

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