「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 13.7冊目♪
如月 仁成
ダリアのせい
~ 八月十三日(月) 数学 ~
ダリアの花言葉 感謝
好きなのか嫌いなのか。
いつからだろう。
俺は考えるのをやめた。
お隣に暮らす幼馴染。
タレ目でお茶目な女の子。
彼女の名前はあい……、ちょっとまて。
「誰がおちゃめですって?」
「何の話なの?」
ダイニングテーブルの向かい側から。
眠たそうなタレ目で俺を見つめるのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、頭のてっぺんでお団子にして。
そこに大きなダリアの花を三輪も挿しています。
まあ、このおバカなスタイルは、百歩譲っておちゃめと呼んであげないこともないですが。
毎年毎年、当たり前のように夏休みの宿題をやらず。
毎年毎年、当たり前のように俺に手伝わせて。
「誰がおちゃめですって?」
「だから、何の話なの?」
眉根を寄せて俺をにらみながら、
その尖らせた口に、シャープペンを乗せて揺らしておりますが。
「……さぼってないで、次の問題を解きなさいよ」
「もうむりなの~~~~~!」
泣き言とともに。
おちゃめに、教科書の海へおでこからごつんと飛び込むのでした。
――俺たちの日帰り宿題合宿所。
それはすぐご近所にある、未だに新築の香りが残るおしゃれな一軒家。
穂咲のおじさん、まーくんとそのご家族が。
とある事情により、夏の別荘として使っているのです。
「最初からクライマックスなの。こいつはラスボスなの」
「苦手なのから始めないと全部終わりませんので」
「こいつを無視して通れば、他の九十っパーは片付くの」
「夏休みの宿題にそんなファジーな数字はありません。オールorオールなのです」
俺が冷たく突っぱねると。
穂咲はしぶしぶ数学の問題集に目を落としました。
一日一教科。
下手に簡単なものから片付けてしまうと。
余裕があると勘違いしてしまいそうですので。
お尻に火をつけて、毎日危機感を煽らないといけないのです。
「……道久君、スパルタね」
「おばさんもたまにはスパルタになってくださいよ」
穂咲の隣で紅茶を楽しんでいるのは。
お昼休憩中の、穂咲のお母さん。
先ほどから口にする、ほっちゃんそこ間違ってるわよが。
すでに二けたに達しています。
そんな俺たちのもとに。
正装に身を包んだまーくん夫妻が現れて。
ショートケーキを振舞ってくれました。
「そんじゃ、十九時には帰るから」
「……大変だろうケド、ぴかりんちゃんをよろしく、ミチヒサ君」
「結婚式でしたよね、行ってらっしゃい。あと、大変なんてこと無いのです。ひかりちゃん、大人しいから全然平気ですよ」
積み木で遊んでいるひかりちゃんを見つめながら気軽に返事をすると。
……大人三人が同時に、盛大なため息をついたのです。
「え? みなさん揃ってどうしました?」
「何にも知らないって、恐ろしいわね……」
「そう。ミチヒサ君は、あまりにも無知」
「え? え?」
「……あのな、道久君。こいつ、外じゃ大人しいけどな。家に居る時の二才児ってやつを舐めるんじゃねえ」
「そう言えば、第一次反抗期って言いましたっけ」
別名をイヤイヤ期。
とっても難しい時期だと保健の授業で習った気がします。
「いい勉強になると思うぜ?」
「いえ、勉強の妨げになるだけなのですが」
俺、穂咲の勉強見ながら。
ちょびっと残っている自分の宿題もやらなきゃいけないのですけど。
もくもくと積み木を積んでは崩すひかりちゃん。
ワンコ・バーガーでも一日中大人しくしていたこの子が。
このあと暴れん坊になるというのですか?
未だに、そんなばかなと疑う俺の正面で。
ケーキを口にしながら、おばさんがつぶやきます。
「……大変だったわよ、あんた達も」
いつものように。
まず最初に俺のイチゴを取り上げて食べ始めた穂咲。
その姿を見ながら、微笑を浮かべるのです。
「ほっちゃんは、道久君から取り上げたイチゴを返してあげなさいってどれだけ言っても聞きゃしないし」
「それは未だに変わってませんよ」
「抱っこしてあげても、パパがいいって泣きわめくし。仕方ないからお仕事してるパパのとこに連れて行ってあげても、違うって暴れ出すし」
そんなの知らないのと言いながら。
急いでケーキを平らげて。
ひかりちゃんのもとへ逃げる穂咲ですが。
気持ちは分かります。
記憶の無いほど昔の事を言われると。
妙に恥ずかしいものですよね。
……でも。
「俺は大人しかったでしょう?」
「とんでもない! 道久君こそ面倒だったわよ!」
「そうなの!?」
衝撃の事実。
でも俺、穂咲がわがまま言う分大人しくしていた気がするのですけれど。
そう視線で訴えながらおばさんを見つめていたら。
……もっと信じがたい事実を突きつけられました。
「ほっちゃんが、道久君のものをなんでも取っちゃうじゃない? だからウチでご飯の時は、お茶碗持ってトイレに鍵かけて食べてたのよ。いくら言っても出て来やしない」
俺、二才。
まさかの便所飯デビュー。
「まあ、今となっては全部がいい思い出だけど。……だから、ほっちゃんが道久君のケーキのイチゴを取る度に、幸せな気持ちになってるのよ」
そんなことを言いながら。
本当に幸せそうに語るおばさんが見つめているのは。
俺の手元にある。
イチゴだけ取られたショートケーキ。
「ええと、それ、なんとかって言いましたよね」
「……メモリプレイ」
「そうそれ。さすがダリアさんなのです」
結婚式で、子役を使ってお芝居をさせて。
娘とのエピソードをもう一度体験できるという感動的な演出。
とは言いましても、昔の感動した体験をメモリプレイするならともかく。
「イチゴ泥棒を見て幸せになって欲しく無いのです」
「チガウ。……それを通して、大変だった頃を思い出して嬉しくなる」
ダリアさんは、そう教えてくれたのですが。
「……なおさら変です」
「ミチヒサ君は、何も分かっていない。メンドウをかけてくれるのが、一番の親孝行。……そこには、感謝しかない」
いつもの無表情を少し崩して。
お母さんの瞳で、ひかりちゃんを見つめているダリアさん。
まったく意味が分からないのですが。
そういうものなのでしょうか。
………………
…………
……
まーくん夫妻とおばさんが家を後にして。
洗い物をしながらも。
ずっとさっきの言葉の意味を考えます。
……親の気持ち。
カンナさんも言っていましたけど。
こればかりは、子供を持たないと分からないものなのでしょうか。
でも、俺だって子供みたいなやつの面倒をずっとみているのですけれど。
……こいつに迷惑をかけられると。
イヤイヤをされると。
幸せな気持ちが芽生えるのでしょうか。
「……ねえ。ひかりちゃんと遊んでないで、今日中に数学は終わらせなさいよ?」
「無理なの。いやなの。道久君が代わりにやるの」
…………腹が立ちました。
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