第2話 敵か味方か?次々現れる魅力的な人たち

第三章 公園のレディ

 

 ボクのアパートから駅前のコンビニまでは、歩いてわずか3分くらいの距離。でも5階から下までエレベーターはないのでプラス30秒、帰りは荷物の量にもよるけど登りになるのでプラス1分くらいってところだ。

 「コイツ」もコンビニまで一緒に行きたいとか言い出すので、はぐれても知らんぞ、と言うと、ボクのシャツのポケットに葉っぱを入れて、それを掴んでいれば一緒に移動ができるから大丈夫だと、やっぱり頭がいいかも・・・もっとも頭は今ないんだろうけどね。あんまり想像したくはないが、普通に考えて今のボクは「コイツ」をおんぶしてるようなもんだよな。ビジュアルを考えかけて、やっぱり気持ち悪いのでやめた。そうか、「コイツ」がもし遠くに行きたいと言ったら、宅急便に葉っぱ入れてそれを掴ませれば北海道でも九州でも、あるいは世界中どこへでも行かせてやることもできそうだな・・・うぉっとぉ、時々妙な寒気を感じるのは「コイツ」の霊とボクの霊体が触れ合ってるからなのかな。あと、気のせいか今日は道沿いの飼い犬たちの鳴き声がいつもより派手に聞こえるのは朝早いからなのか、「コイツ」の存在が影響してるからか、どっちだろう?

 コンビニに着いて、早速弁当を選ぼうかと思って、あ、そうだった、ボクの連載漫画が載っている週間少年ジャンボ、昨日が発売日だったというのを思い出した。まずは雑誌のコーナーに行き、手に取って、真っ先に最後の目次のページをチェックする。え~と、ボクの漫画は・・・はぁ・・・やっぱりかぁ、後ろから2番目に載ってる。人気のある漫画ほど当然のことながら前の方に載るわけだけど、一番後ろっていうのも逆に今後注目される漫画が載せられることも多い。最後から2番目っていうのは最も読み飛ばされやすかったり、他の引き立て役に使われる位置なんだよな、やっぱり・・・。せめて最後くらい少しでも盛り上げてくれることをわずかながら期待してたんだけど、「次週完結!」の文字も思いっきり小さくって、まったく目立ってないじゃんか。唯々静かに消えていくってわけなんだな・・・。

《・・・・・・・・》

 おやっ、「アイツ」がなにか伝えようとしてるように感じる。霊と一緒にいるとやっぱりボクにも多少は霊感のようなものが目覚めてきてんのかな。あんまりありがたくもないけど・・・なんとなくがっかりしてるボクを「アイツ」なりに慰めてくれてんのかな。

 とりあえず週刊少年ジャンボ1冊を買い物かごに入れて弁当のコーナーへ移動する。朝7時前だというのに「炭火焼牛カルビ弁当」がたくさん積まれてんだな~、朝からこういうの食べてる人も結構いるんだ。あ、そうか、たぶんボクみたいな徹夜組とか、夜勤明けの人なんかが食べるんだろうな・・・じゃボクも今日はこれにしとこうか。あと、サラダも欲しいところだな、一番好きなのはマカロニサラダだけど、マカロニサラダってよく考えたらほとんど炭水化物で、野菜の割合がおそらく数あるサラダの中でも最も少ないサラダだろうなぁ、日本では普通にサラダっていう扱いになってるけど、外国ではどうなんだろうな? 今日はやはり野菜優先で王道のミックス野菜サラダ、これにしよ。あと果汁100%のオレンジジュースとスナック菓子を幾つか選んで・・・まあこんなもんかな。

 レジにはいかにも建設関係の夜勤明けっぽい作業着の兄ちゃんが清算中で、ボクの前に順番待ちしてるのはジャージ姿のおばちゃんが一人、入り口前に繋がれていた服を着たチワワはたぶんこのおばちゃんのペットなんだろうな。すると・・・なんだ、胸のポケットに入れた例の葉っぱが動いてる。「アイツ」が何か伝えようとしているみたいだけど、何だろう?

「お次でお待ちのお客様~」

 あ、ボクの番か、でもポケットの葉っぱが益々激しく動いてる、どうしようか。

「あ、ちょっと、また後で・・・」

 とレジのお兄ちゃんに告げてそこを離れて、とりあえずまた雑誌のコーナーへ戻った。そこでカゴを一旦下におろしてコンビニの外に出た。駐車場の隅の方に移動して、こんなこともあろうかとズボンの左のポケットに入れておいたメモ帳と短い鉛筆を取り出す。メモ帳の紙も元々は木から出来ていると思うのだが、さすがにここまで加工されてると植物の霊も離れてしまってるらしくて「コイツ」も持てないようだ。メモ帳はボクが左手に持って、「コイツ」が掴んだ鉛筆にボクの右手を添える。これなら誰が見てもボクが普通にメモ帳になにか書いてるくらいにしか見えないはずだ。

《サラダメだす。》

「なに?何の暗号だ?」

《あのサラダはヨバいヨ、買うのはダメだす。》

「夜這い?じゃなくて『ヤバい』だよな、たぶん。」

《それだ、ヤバいサラダダダ。緑の野菜、キレイだけどアブナイ薬たくさん飲まされて泣いてる。》

 なるほど、サラダに触ったんだな。それでサラダの霊が悲鳴を上げてるのを感じたというわけか。まあ、どの程度の農薬が使われてて、実際に食べた人にはどのくらいの影響が出るかはわかんないけど、そんな風に言われちゃうと気持ち悪くてちょっと食べる気にはならないな。しかたない、あのミックスサラダは棚に戻しすとしようか、結局マカロニサラダを買うことになっちゃったようだな。


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 コンビニで清算を済ませてアパートへの帰り道、ふと思いついて公園に寄ってみた。

「この葉っぱ、どのくらい使ってたのか知らないけど、新しい方が掴みやすいんだろ? この公園なら木がいっぱいあるから、使いやすそうな葉っぱがあったら言ってくれよ、ボクがとってやるから。」

《謝謝(シェシェ)、でもこの葉っぱ使いやすくて、目立たないのでもう少しこれを使いとうござる。適度に水かけて光を当てて高豪勢させてやってっから、まだまだビンビンだヨこの子。》

「え~と、光合成、のつもりで書いてるんだよな。なんだかオマエの漢字の間違いって、わざとやって遊んでるんじゃない、って思えるくらいハイレベルのギャグみたいだなぁ、意外といいセンスしてんじゃない?」

《・・・・・・・・》

「じゃ、公園は素通りで家に帰っていいよね?」

《・・・・・・・・》

 あれ、いつの間にか鉛筆が・・・あ、あそこに落ちてる、気が付かなかった。ん、胸のポケットの葉っぱにも動きがない・・・。えっ、あちゃ~マジかよ、折角親しみがわいてきたところなのに、どこ行っちゃったんだよ。でも葉っぱがボクのポケットの中に残ってるわけだから自分でどっかに移動したわけじゃないよね、てことは何かのはずみで葉っぱを放しちゃったってことか・・・

 とりあえず鉛筆の落ちてるところまで戻った。動けないならこの辺に居るはずだが、どうすりゃいいんだ。たぶん「アイツ」には今ボクの考えていることが伝わっているだろうし、ボクがここにいることもたぶんわかってるんだろうけど、ボクの方からは「アイツ」がどこにいるのかは確かめようがない、「アイツ」がまたうまい具合に葉っぱなり何なり触れられるものを掴めたらボクのところに戻って・・・あ、いやいや、別にボクが何か特別に役に立つわけでもないんだから、もうあえて戻って来ないかもなぁ・・・ふ~ん、こんな風に突然消えちゃうと、ちょっと寂しさも感じちゃうなぁ。


「ねえ、お兄さん、お探し物はこちらではなくって?」

 突然の後ろからの声に驚いて振り向くと、中年のおばさんがニコニコして近づいてくる。別段あやしいところはないどころか、見るからに上品で親しみやすい癒し系の笑顔には好感が持てる。その左手には、いかにも毛並みが良くて高そうなワンちゃん、えーと、確かこれはポメラニアンだっけ、それを抱いてるのも絵になっている。ひとつだけ気になるのは彼女のもう一方の手、右手がどう見ても不自然だ、ちょうど見えない誰かと手をつないでいるような・・・まさか・・・

「はい、迷子のお友達よ、あなたにお返しするわね。」

 その瞬間、胸ポケットの葉っぱが激しく動いた、アイツが戻ってきたんだ! しかし、これは一体・・・

 ポメラニアンは・・・あ、もしかして犬にはわかるのかな、ボクの方を、というかボクの左肩あたりを見つめながらしきりに「クゥ~ン」と鼻を鳴らしているんだけど、どういうことだろう、犬に好かれてんのかな、コイツ。

「あ・・・あのぉ・・・」

 何を話していいのか、頭の中がまとまらないボクを見て、おばさんは口の前に人差し指を立てて、

「ごめんなさい、今あなたの聞きたいことに全部答えてあげられる時間はないの、また今度機会があったらね。今はお友達を連れて家へお戻りなさい、またはぐれないように気を付けてあげてね。」

 そう言いながら手を振って去っていくおばさんと名残惜しそうにこちらを見ながら鼻を鳴らしているワンちゃんを、どうしたらいいかわからずに、結局何も言えずに見送るしか出来なかった。


第四章 カワイイ配達員


 バニラの香り入り紅茶を一杯飲み干して、でもまだ心が落ち着かない気がして、もう一杯紅茶を飲みたかったけど、今のが最後のティーバッグだった。しょうがないので何か月か前から飲まずに置いてある半分ほど使ったインスタントコーヒーのビンを棚の奥から引っ張り出した。蓋はしっかり締めてはあったが、それでもフリーズドライの中身は固まっていて、スプーンでガリガリと削るようにしてカップに入れた。粉末のクリームは一杯分ごとの使い切りのスティックが残っていたので、賞味期限はちょっと過ぎてはいるけれど問題ないだろう。少なくともさっき「アイツ」に指摘された冷蔵庫の中の賞味期限切れの牛乳よりはマシなはずだ。しけったコーヒーはなかなか熱湯にも溶けにくくて小さな塊がいくつか残っているが、この際構わず口にした。どうせまた一口か二口飲んだら残して捨てることになるんだろうから。

 ここまできてやっとボクも少し頭の中の整理ができつつあったので、作業机に向かった。「アイツ」は部屋に戻るとすぐに鉛筆を持って例のスケッチブックに何か書き始めていたので、さぞやいろんな事が書かれていることだろう。さっきの公園の出来事、あの上品なおばさんのことなど、ちょっと怖い気もするが、それ以上に、またどんなスーパーナチュラル、超自然のことを知ることができるのか、そんな不安と、はやる気持ちを抑えつつ見てみると・・・え・・・なに、これ!?

「むぅ・・・確かにこれはスケッチブックなんで、ここに絵を描くってのは理にかなってるって言えばその通りなんだけどさぁ、でもこれは・・・?」

 ほとんど殴り描きで、はっきり言って何だか判別ができない絵がそこにあった。ただ、何だか高いところから下を俯瞰した情景を描いているというのはよくわかる。その辺の表現力は一応プロの漫画家のボクが見ても大したものだという印象を受ける。なんか心に迫ってくるものがある。

 そうこうするうちに、鉛筆の先をスケッチブックの紙の端っこに巧く差し込んでページをめくり、自分で新しいページを開いて「アイツ」が文字を書き始めた。

《先ほどの公園のレディに触れられた時にほんの一瞬だけどビジョンが見えました。あの一瞬、はっきりと色んなことを思い出したのは確かです。でも一瞬だけで、なぜか今またボヤけてしまってます。》

「そうそう、あのおばさんは何なんだろう? 前から知ってる人? それともあれか、いわゆる霊能力者みたいな人かな?」

《あの方がどういう方なのか、残念ながらわかりません、でも一つだけはっきり感じてるのは、あの方は私の過去のことをよく知っている、という風に感じます。》

「過去のことを知っている・・・か。そうだ、あのおばさん、オマエに触ることができてたんだよな。てことはあのおばさん、やっぱり何か特別なんじゃないのか? ふつうの人間だと考える方が不自然だろ?」

《わかりません。でも特別おかしなものだという感じもしません、何らかの特別な力を持っているようにも感じますが、人であることには間違いありませんね。》

「まあ確かに、公園で彼女のやってたこと、言ったこと、ボクの理解を超えてはいたけれど、悪意は感じられなかったよね~って、あれ、ところでオマエの書く文章、おかしなところが無くなってない? 今朝からずっとオマエが書いてた突っ込み所だらけの文章から考えれば不自然なくらいに自然になってるぞ。」

《そうですか? 自分じゃ気が付かないですけどね、私の書く文章、今朝はそんなにひどかったですか?》

「いや、まあ前のことはいいとして、大事なことはやはり、あの公園のおばさんと出会って触れられたことでやっぱりアンタの中で何かが変わったと考えるのが妥当じゃないの? う~ん、こりゃやっぱりあのおばさんを探してもっと話ができるとアンタのことも、もっとわかるんじゃないかな。」

《あれ・・・》

「え、何? ボク何か変なこと言った?」

《いえ、大したことじゃないです、今までワタシのことをずっと『オマエ』って呼んでましたよね、でも今確かに『アンタ』って呼んでくれました。少し格上げですか?》

「そうだっけ、あんまり意識してたわけじゃないけど。」

《ワタシはなんでもかまいませんが、あ、そうだ、実は公園のレディに触れられた時に思い出したことで、今まだかろうじておぼろげながら覚えていることがもうひとつあります。ワタシは何度も生まれ変わってるみたいだっていうのは前に伝えましたよね、でもどれ一つとして名前も詳細な人生もまったく思い出せないんですが、その中でも最も重要な役割を果たした時にワタシがみんなから呼ばれていた名前をひとつだけ思い出してます。》

「なになに、男? 女? 日本人?」

《カエルです。》

「え・・・なにそれ?」

《あの時は確かに何もかも一瞬だけ鮮明に思い出したみたいなんですが、一瞬だけでまた全部忘れてしまいました。わずかに覚えているのがこのスケッチブックの前のページに描いたような情景と、私がカエルと呼ばれてた時があり、さらに私はいつかまたカエルとして甦ることになるらしいということなんです。》

「何度も生まれ変わってる中で、よりによってカエルだった時に、何かとても大事なことがあったってこと?」

《すみません、一応すべてありのまま伝えようと思ったのでこれもお知らせしました。ワタシの方だけアナタの心の中全部見えちゃうのは不公平だと思うので。あ、それで、そのカエルですが、カエルの前に何かついてたような気もしてるんですが・・・これも一応お伝えしておきます。》

「ふ~ん、ただのカエルじゃなくて、トノサマガエルとかアマガエルとかってことなのかねぇ、まあいずれにしても数ある生まれ変わりの中のひとつだってことだよね・・・」


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 ピ~ンポ~ン

 ドアホンの音が響いた。ああ、そうだった、色々あったんで忘れるところだった。きっと週間少年ジャンボの担当Kさんが原稿を取りに来たんだろう。でもまだ朝の8時過ぎじゃないかよ、こんな早く来たのは初めてだ、連載最後の原稿なんで何かあるのかな~

 ドアを開けると、

「宅急便で~す」!

 ええっ、ちょっとびっくり! そこに立っていたのは20代半ばくらいの若いおねえちゃん、しかもアイドル顔で結構ナイスバディのモロ好みのタイプだ! 今の配達員さんってこんなのもアリなのか、

「こちらに受け取りサインお願いしま~す。」

「はいはい、ん、あれ、これボクの名前じゃないですけど。」

「え、503号室、大河内さんじゃありませんか?」

「いえ、ボクは桐木です、503号室ですけど、あ、これアパートの名前も住所も違いますよ・・・」

「あ~ゴメンなさ~い、またやっちゃった~ 失礼しましたぁ!」

「かまわないですよ、エレベーターないのに重たい荷物を5階まで持って上がるの大変だったでしょ。」

「いえ、仕事ですので、ありがとうございま・・・あら・・・」

「え・・・どうかしましたか?」

「ご・・・ごめんなさい、のぞき見するつもりじゃなかったんですけど、ちょっと見えちゃって・・・あの、お兄さん、漫画家さんなんですか?」

 あ・・・そうか、漫画の原稿とか道具とかが丸見えだったな・・・

「あの、間違ってたらごめんなさい、漫画家さんで桐木さんって・・・もしかして週刊少年ジャンボに連載してる『模範怪盗ナトガイア』の桐木先生じゃありませんか?」

「え・・・ええっ! ボ・・・ボクの漫画、知ってるの!?」

「やっぱり! ワタシ、あんまり漫画って読まないんですけど、弟の買ってきた少年ジャンボを何気なく開いて偶然見て、あの独特の世界観にハマっちゃったんですぅ!」

 ま・・・まさか、夢じゃないだろうな、こんなカワイイ子がボクの・・・ファン?

「普通の高校生の所に突然天使と名乗る者たちが次々に現れては、指定するものを盗み出すことを強要されて、しかも完璧に『模範回答』」の盗み方をしなければ残りの寿命を半分に縮めると脅かされて毎回の課題をクリアしていく・・・一体何が天使(?)たちの目的なのか、主人公はどうなるのか、次の展開が待ち遠しくって、もうワクワクしっぱなしなんです!」

「あ・・・ありがとう、なんかすごくしっかり読んでもらえてるみたいで、ボクも嬉しいですよ・・・」

「あの・・・桐木先生・・・もし差支えなかったら、その・・・漫画の生原稿って私見たことないんで、ちょっとだけ、見させていただいてもいいですか? あ、もちろん無理にとは言いませんけど・・・」

「あ・・・いや・・・ちょっと・・・。徹夜で原稿仕上げたばっかりで散らかってて汚いしちょっと中には・・・ね・・・」

「そうですか・・・やっぱりご迷惑ですよね・・・」

「あ、いや、じゃあちょっとだけ、とりあえずその荷物、重たいでしょ、ここ、げた箱の上に置いてください。」

「わあっ! ありがとうございます! いえ、ちょっとだけ拝見したらすぐ行きますので、・・・」

 あ、そうか、すぐ行っちゃうんだ・・・まあ当然だよな、配達中なんだから・・・って何変なこと期待してるんだよボクも、いかんいかん。

「何もないけど、紅茶でもどうです?」

「あ、いえ、次の配達もあるんで・・・へ~ 生の原稿ってこんなに大きいんですね、すっごーい、こうして改めて見てみると背景のこんな細かいところまで丁寧に・・・私なんて絶対できな~い。」

彼女は原稿を丁寧に元あった机の上に戻しながら、

「道具もすごくいっぱいなんですね、なんか使い込まれててさすがプロって感じですね~~・・・あら・・・」

 あ、机の隅にある葉っぱにちょっと違和感を感じたみたい・・・でもちょっと目を留めた後、特に何もない感じで、

「桐木先生、どうもありがとうございました、ではワタシ、配達にもどりますんで。お仕事頑張ってください、じゃ・・・」

 最後はちょっとあっけなかった感じだが、う~ん、いいなあやっぱり、ちょっと汗のにおいも混じった女の子のいい香りに浸りながら作業机のところまで戻る。かなりカワイイ子だったなぁ、彼氏とかいるのかなぁ・・・

《デートに誘えば?》

「おい! いくら心の中全部読めるからって、こーいうのは読まなかったフリして黙ってろよ、まったく、空気読めないやつだな~」

《すみません、心の中は読めるんですが、空気はどうも読めないんで。》

 デジャブ―だな、でも文章の書き方がまともになっても、こういうところはあいかわらず天然で変わらないことにちょっとホッとする。

《あの~実は》

「・・・・・」

《・・・・・》

「・・・・・・・・・・」

《・・・・・・・・・・》

「なんだよ、『あの~実は』の次に何が来るのか待ってたのに、なんだよ?」

《いえ、ちょっと感じただけなんで。》

「なに? 教えろよ、さっき何でも伝えるって言ってたじゃないか。」

《はあ、ではお伝えします。さっきの宅急便の女性なんですが、》

「え?」

《今の私には目も耳もないので、見えないし、聞こえないです。でもその代わりに心を読んだり、色んなものを感じることができます、》

「・・・・・・」

《あの宅急便の彼女からは公園であったレディとよく似た波動を感じました。》

 思わず背筋がゾッとした。それが本当なら・・・というか、言われて考えてみれば、これまで宅急便が間違って配達に来るなんてことは一度もなかったし、こんなタイミングでまんまとボクの部屋の中まで入って来るなんて、冷静に考えればこの上なくありえないおかしなことなんだけど、彼女のカワイさに見事に一杯食わされた感じだ。もしかしてすごくヤバいことに巻き込まれていってるんじゃないだろうか?

「確かなのか? あの子がその、何というか、普通の人間とちょっと違うみたいな?」

《あ、いえ、公園のレディみたいに触れたわけではないので確証はないです、なんとなくそんな感じがしたということです。ただもう一つ気になったのは、心が読めなかったんです、あの女の子の。》

「それって、あの子が心を読まれないようにガードしてたっていうこと?」

《そうとも考えられますし、私と波長が合わないだけなのかもしれません。霊の波長の相性というのがあるみたいで、大抵はどんな人でも心が読めるものですが、時々どうしても読みにくかったりする人とか霊もあるみたいなんです。》

 ふーん、どうなのかなぁ、タイミングを考えれば限りなく怪しいと言えそうだけど、たまたま、という可能性も否定できないということかぁ。こういう場合ってどうしたらいいんだろう・・・う~ん、そうか・・・

「あの公園のレディだけど、アンタどう思う? つまり、アンタに何か悪意を持ってると思う?」

《わかりません、彼女も心の中は読めませんでしたから。》

「でも公園では確かにボクとはぐれたアンタを助けてくれたよね、アンタに何かしようと思ってるなら、わざわざボクのところまで連れてきてくれたりはしないと思うんだよね。宅急便の彼女の方は、もし偽物の宅急便業者だった場合・・・というか、残念ながらその可能性の方が大きいけど、そんな風に正体を隠して来てるんだとしたら、やっぱりこれは相当ヤバいんじゃないのかな?」

《はあ、自分が何者でどういう価値があるのかわからないので自分ではまだピンときませんがアナタの言われること、一理あると認めます。》

「じゃあ決まりだ、公園のレディにもう一度会いに行こう、でもちょっと待って、忘れるところだった、コンビニ弁当食べてからね。」


第五章 美少年×2+公園のレディ


 どうやったらもう一度あのおばさん・・・じゃなくて、ここはコイツに倣ってレディと呼ぶことにしよう、そう、そのレディにどうやったら会えるのか、考えていてもしょうがない、方法は一つ、またあの公園に行くだけだ。もしかするとあのレディの方でもボクや「コイツ」の心の中を読むことができてて、ボクたちが困ってるのを知ったら助けに来てくれるんじゃないか、ちょっとそういう期待もできる。もし現れなかったとしても、その時はその時、ボクたちの力になってくれる気がないのであればどうせ会っても無駄ってことがわかればそれもいいさ、ともかく行くだけだ。

 一つ大きな不安があるのは、「コイツ」と一緒に外出した場合に、なにかのはずみでまた「コイツ」が葉っぱを手放してしまって、前回みたいにはぐれてしまうと厄介だ。「コイツ」が言うには、さっきは公園に入ったところで急に気が遠くなって、気がついたら鉛筆を落としてしまい、葉っぱも放してしまっていたらしい。

「どうしたらいいと思う? いいアイデアはないかな?」

《一つないこともないですが。》

「なになに?」

《ワタシは全然かまわないんですが、アナタはちょっとどうでしょう。》

「なんだよ、ボクだってもうここまで来た以上覚悟は決めてんだよ。とことん付き合ってやるから、これからは何の遠慮もしなくていいから。」

《・・・そうですか、それでは・・・》

 文字が・・・もともと丁寧に書いてくれてはいるもののブレが多くて読みにくかった文字だったけど、それが一層大きくブレてる、その意味を考えるとボクもちょっと嬉しくなる。


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 まさかこんなことを考え付くなんてなぁ・・・「コイツ」がボクの胸ポケットに入れた葉っぱを掴んで移動してた今朝も時々「ゾクゾクッ」という感覚に襲われたが、今はその比じゃない。もうなにしろ殆んどボクの体と「コイツ」の霊が重なり合っちゃってるわけだから。でも確かにこれなら、まず離れ離れなることはあり得ない。

《すみません、やっぱりご迷惑ですよね~》

「だ、だだ、大丈夫だって、ま・・・ま、まあ、あのレディに会えるまでの辛抱だ、は、ははは。でもよくこんなこと思いついたなぁ、ふふふ・・・」

《3日間アナタのお部屋の中を見て回ってましたから。このコットン100%のTシャツを見つけた時に、なんというか、ふとこういう使い方をする時がくるんじゃないかなぁ、と実は思ってたんです。でも本当に二人で一緒に着ることになろうとは。》

 非常に理にはかなっているが、ひでえことを考えやがる。でも確かに植物性コットン100%のTシャツをコイツが脱がない限りTシャツはこいつの体に張り付いてるので迷子にはならないだろう。でもそのまま外を歩いたら「恐怖の透明人間現る」になっちゃうから、同じTシャツをボクが着ることで、まわりの人たちにはボクがTシャツ来て普通に歩いてるとしか見えずに、なおかつ常にいっしょだ。でもこの物理的な悪寒と精神的な気持ち悪さで時々気が遠くなる。

《気を付けてください。》

「気を付けてもしょうがないんじゃないか、どっちにしろボクたちにはあのレディに会って話をしなければ、結局なにも始まらないみたいだしね。」

《いえ、気を付けるのはあの宅急便プリティーガールの方です。あのプリティーキュートガールが公園のレディと同じように特別な存在なら、当然今の我々の考えにも既に気づいていて、もしかするとプリティーキュートカワイイガールの方が先にやって来るという嬉しい、いえ、困った状況になる可能性もあるってことです。》

「アンタ・・・なんか言うたびにあの子を褒める言葉が追加されてるのに自分で気が付いてるのかな? っていうか、もともとはアンタは男だったのか女だったのか?」

《さ、どうでしょう、でもカワイイものはカワイイって認めないと、自分にウソはつけませんので。》


 ところがここでまた意外な展開だった。


「あの、間違ってたらすみません、漫画家の桐木先生でしょうか、少年ジャンボで『模範怪盗ナトガイア』連載中の・・・?」

「え、えええ、ええええええええええええ、あ、ああ、そ、そそ、そうだけど・・・」

「ほら、みろよ、やっぱりだ!」

「わぁ、すげえ、オマエの言うとおりだった!連載開始の時のインタビュー写真に似てるけど、本人の方がもっとハンサムなんで声をかけようかどうか迷ってたんですけど、お会いできてうれしいです、桐木先生!」

 高校生か大学生くらいの今どきの韓国アイドル系の美少年2人だった。今日は一体何の日だ! 今までのボクの人生30年の幸せと今日1日の幸せをを天秤にかけたら、今日1日の方に傾きそうだぞ、

「君たちはボクの漫画の・・・その・・・」

「はい、先生のファンです!」

 めまいで倒れそうだった、こんなジャニーズのタレントたちにも引けを取らない美少年たちが、ボクのファンだって! あ、彼らがカバンの中から取り出したのはボクもさっきコンビニで買ったあの週間少年ジャンボの今週号、ってことは、間違いない! 夢じゃない! ボクのファンだ! やった~!!!

「突然ですみません、この週刊少年ジャンボにサインしてもらっていいですか? なんか僕、主人公に共感しちゃうところがいっぱいあって、特に先週号の話、実はちょっと泣けちゃいました。」

「先生もこの近所に住まれてたんですか? びっくりです・・・あれ、大丈夫ですか? 何かお体の具合がすぐれないのでは・・・?」

あ、いかんいかん、『アイツ』と触れ合ってるところから時々感じる悪寒で時々震えたり顔色が冴えなかったりしてるのに気づかれたらちょっと面倒だ・・・

「あ、いや、大丈夫だよ、ありがとう。ちょっと昨晩徹夜だったんで少し疲れてるだけだから、帰ってちょっと寝ればすぐ元気になると思うんで。」

「そうですか、やっぱり漫画家って大変な職業なんですね・・・あ、そうだ、ご迷惑でなければ一緒に写メ撮らせてもらっていいですか?」

「え~と、うん、じゃあ・・・」

 こんなことになるならもうちょっと小奇麗な格好で来ればよかったとちょっと後悔したが、ファンの期待には応えなければな・・・

で、何枚か彼らと一緒に写メを撮ることになった、悪い気はしないな。

「ありがとうございました! 桐木先生、どうぞゆっくりお休みください。」

「今週号でようやく天使たちの出す課題の意味の謎が少し解けかかってきたところで、連載終了なんて残念です。でもこれはきっと次にもっとすごい作品を描くための準備なんですよね、次の連載も楽しみにしてます、頑張ってください。」

 うわっ! な~んていい子達なんだ! 今どきまだこんな子達がいたなんて、日本の将来もまだまだ捨てたもんじゃないかも、と思った。何度も振り返ってお辞儀をしながら去っていく2人を見送りながら、久しぶりの幸せに浸っていると、ん、なんだか居心地が悪い・・・体が揺さぶられてる感じがして、あ、これは、半そでTシャツの左袖がなんかひっぱられる、あ、そうか、今「コイツ」と同じTシャツの中にいたんだった。『アイツ』が右手で左袖をつまんで引っ張ってるわけか。

「わかったわかった、メモと鉛筆が欲しいんだよな・・・」

Tシャツには胸ポケットがないから、ズボンの左のポケットに入れてあったメモと鉛筆を取り出した。

《テキスキ》

「?敵好き??」

《すいません、出木杉君です。》

「お、なんかいいね、ボケが戻ってきたみたいだ、出来すぎだっていいたいわけ?」

《あんなまともな美少年達がですよ、こんな人気が出なくて連載打ち切られた売れない漫画家のファンだとは、しかも徹夜明けで髪の毛ボーボー、無精ひげ生やしたおっさんが写真よりハンサムなわけがないでしょう。理想に浸りたいのはわかりますが、ここは冷静に考えておくんなまし。》

「なんだよ、こういうファンだって中にはいるだろうさ、でなきゃ連載自体が始まらなかったはずだろ。」

《違和感を感じませんでしたか、特に写メ、あんなに沢山、いろんな角度から何枚も何枚も、いかにも見えない何かを探るためにしているようにワタシには見えたとですが。》

「ん・・・あ・・・そ・・・そうかなあ・・・」

《結構おだてられると乗っちゃうタイプだって言われません? よろしいかな、このタイミングで、いかにもマザコンが好きそうなナイスな中年レディ、アイドルオタクがめっちゃ好きそうなスーパープリティーキュートカワイイガール、そして今度は同性でも好意を抱きたくなるようなK-POP系美少年が、しかもこれでもかという感じで2人組で。あとロリコン好きをとりこにしそうな美少女が現れたら、もう手に負えないくらいに完璧でしょ。》

「なんだよ、何わけのわからないことを・・・」

《最初のレディ、2番目のスーパープリティーキュートカワイイモエモエガール、3番目の美少年2人組、もしかすると全部グルなんじゃないでしょうか?》

「え・・・?」

 そう言われてみれば、確かに出木杉君だな。このわずかな時間の間に、これほどの魅力的な人たちと急に出会うなんて、冷静に考えれば異常な事態だろうな。

《さらに深読みするなら、公園レディに会いにくるよう仕向けるために送り込まれたのが、あのスーパープリティーキュートカワイイモエモエエキゾチック・・・》

「待って、待って、何で言うたびにあの女の子を形容する言葉が長くなってくのかがわけわからん、混乱するから、形容詞はひとつ限定にしてくれよ、まあそれは置いといて・・・だとすると今ここにいるのはもしかしてヤバいってことかな?」

《う~ん、どっちでしょうかねえ、まあ、『座して死を待つよりは、出て活路を見出さん』ということわざも・・・》

「待て待て待て、アンタにとっては死ぬってそれほど大変なことじゃないのかもしれないけど、でもボクはまだまだ死ぬのは怖い、ヤダ・・・」


 ガチャーン!と後ろで大きな音が聞こえた。

「あ、大変だ、子供が自転車で転んだみたいだ」

とりあえずほっとくわけにもいかない、自転車に乗り始めたばかりと思われる、  7,8歳くらいの女の子が地べたに座り込んで泣いている。ひざもちょっと擦りむいたみたいだ、お父さんやお母さんは近くにいないのかな。

「大丈夫?ちょっと見せて、ケガしてないかな・・・」

 と声をかけて、顔を上げたその女の子! ま・・・マジか!? テレビドラマの子役にでも出てきそうな美少女だ!!!「コイツ」の予言が的中だ。脂汗がにじんでくる。ここは必要最低限にやり過ごすのがたぶん最善の策だな、今は。

「え~と、ちょっと膝を擦りむいただけみたいだね、自転車乗れるかな。」

「うん、大丈夫、でもわたしの自転車が・・・」

「あ、チェーンがはずれちゃってるみたい・・・」

「お兄ちゃん、なおしてくれる? おねがい。」

 う・・・こんなカワイイ子に「おねがい」なんて言われたら何でもするよな~~~、いやいや、いかんいかん、さっさと済ませよう。

 結局チェーンをはめて、ハンドルのゆがみをまっすぐに直してあげたら、女の子は「ありがと」と言ってそのまま自転車で去って行った、ちょっと拍子抜けするくらいにあっけなかった気もする。

「・・・来たなぁ・・・アンタの予言通りだった、ロリコン好きをとりこにしそうな美少女・・・でも特にどうってことなかったよね。」

《アナタが子供に親切なオジさんではあるけれど、ロリコンではないと感じとって作戦変更でしょうかね。》

「おいおい、なんでアンタがボクをオジさん呼ばわりすんの。あの子がボクのことを『お兄ちゃん』って言ってたのを聞いてなかったのかよ!」

《あ、そう言ってたんですか、よく。躾されてるいい子ですね、失礼しました。私は耳がなくて聞こえないから心を読んでましたが、あの子はアナタのことを「オジさん」と思ってるようなんで、ついそのまま私もそれに従いました。》

「・・・う~んと・・・まあ・・・いいや、ちょっと落ち込むけど・・・あれ、あの子の心の中読めたわけ!? じゃあ、あの子は公園レディや宅急便ガールとは違って心をガードとかしてないんだ! よかったよかった、あ、でもだったらもう少し親切にしてあげて、家まで送ってあげるとかしてもよかったなぁ・・・あ、いや、これは大人の責任としてだよ、もちろん。・・・あ、あとそうだ、聞くの忘れてたけど、さっきのビジュアル系美少年2人の方はどうだった? 心の中読めたわけ?」

《いいえ、まったく読めなかったです。》

「そーかぁ、じゃあ・・・残念ながらボクのファンっていうのは嘘で、あの2人の方はたぶんヤバい可能性大だなあ。」

《そうとも言い切れませんね。》

「ん、何で?」

《まさか、とは思いますが、ありえない、とは思いますが、極力考えにくい、とは思いますが、常識的に考えて可能性はゼロに近い、とは思い・・・》

「なんだよ! 変な前置きはいいからはっきり言えよ、はっきり!」

《では申し上げますね、ある特殊な状況の中では心の中が読めなくなる場合があります。正確には一時的に心の中がひとつのことだけを考えるのにいっぱいいっぱいで、心を固く閉ざしたと同じ状況を作り出すことがあるわけです。》

「う~ん、よくわからないな、もう少しわかりやすく言ってもらえる?」

《つまりこういうことで、まさか、とは思いますが、ありえない、とは思いますが、極力考えにくい、とは思いますが、常識的に考えて可能性はゼロに・・・》

「それはもういいって!はっきり言えよ、はっきり!」

《つまり、大スターとかあこがれの人に突然出会ったりして頭の中がその人のことでいっぱい、他のことが全く考えられない、言い換えれば『胸がいっぱい』というやつで、こうなった場合には心を読むために入り込む隙間もなくなって一時的に心が読めなくなることがあります、そういう可能性が、まさか、とは思いますが、ありえない、とは思いますが、極力考えにくい、とは思いますが、常識的に・・・》

「いい加減にしろよ! オマエ、ボクの漫画を読んだこともないくせに!」

《あ、なるほど、お気に触ってましたか、ワタシとしてはなるべく正確なニュアンスで状況をお伝えしなければならないという使命感でやってたことなので、どうぞそこはお気になさらずに。》

 くそ~、ここまで言われるともう何も言えん、こんなとこまでも丁寧で一生懸命なものをこれ以上怒るわけにもいくまい、ちょっと、というか、かなり不満は残るけど。

「じゃ、あのビジュアル系美少年2人についてはわからない、自転車の美少女は偶然出会っただけのただの美少女、ということで、結局さっき公園に戻った時の振り出しに戻ったってことかぁ。」

 なんか急に眠たくなってきたな、肩透かし食って気がゆるんだのかな・・・

「美少女はあっけなかったけど、どうだろう、何かまだ別のタイプの魅力的な人からのアプローチはあると思う?」

《う~ん、そうですね、この場合ロリコンとは真反対のハードゲイ・・・》

「やめてくれ!」

《それよりも今大事なことは、ワタシたちはこのままこの公園であのレディが再び現れるのを待つべきか、それともあのレディが良からぬことを考えている可能性も考えられる今、ここを退散すべきか、アナタはどうすべきだと考えますか?》


 アン!アン!アン!キュ~~ン! と犬の鳴く声が、それも明らかに好意を持った鳴き方の声が後ろの方から聞こえた・・・あ、まさか・・・

「わずかの間にいろんなことがあってお困りのようね、お気の毒に。あらあら、リリーちゃん、こんなに忙しく尻尾振って、あなたが好きなのかしらね。」

 そこには前回と変わらずいかにも上品な微笑みを浮かべたあのレディがポメラニアンを抱っこして立っていた、リリーちゃんっていう名前らしいな、このワンちゃんは。

「あ・・・あの・・・」

「お知りになりたいことが沢山ありそうね、でも一番大事なのはあなたご自身で考えて感じたようになさるのが一番ですわ。おかわいそうに、疲れてらっしゃるご様子ね。」

「あ、いえ、この疲れはどっちかって言うと2晩徹夜の疲れが大きいと思うんで、まあよくあることなんで・・・」

「そう、でもちゃんと休んで栄養あるものも食べなきゃだめよ。」

 う~ん、なんか田舎のお母さんに言われてるみたいに今ちょっと感じちゃったな。この人が悪い人だとはどうも思えない。

「あ、あなたもだけど、あなたのお友達も疲れてきてるご様子よ、でもお友達の方は肉体の疲れではなくて、自覚できにくいから自分ではあまり感じてらっしゃらないかもしれない、ちょっと心配ね。」

「え、そう? アンタ疲れてんの?」

《・・・・・・》

 このレディの前でどうしようか迷ってるのか、鉛筆が何度も上下を繰り返している。やがて、意を決したように文字が躍り出した。

《ひとつわかったことがあります。》

 何を言い出すのだろうか、ボクとレディは顔を見合わせた。

《ワタシはこのレディの心の中を読むことができません。でもレディも、ワタシの心を読むことはできていないと今は感じます。このレディの持つボクに関する情報は、すべてアナタの心から読み取った情報であると言えそうです。でもこうして近くに来た場合にはワタシがどこにいて、どんな状態にあるかは、ある程度お分かりになるようですね。》

 思わず反射的にレディの顔を見た、だが、別にあわてた様子もなく、変わらず上品な微笑をたたえている。やはりこのレディ、ボクが心の中で考えていることがわかっちゃってるのか・・・?

 と、レディはボクの方を見てにっこりした後に、

「その通りよ、あ、ごめんなさいね、悪気はないんだけど、わたくしもあなたのお友達と同じで、人の心の中が読めちゃうんでしょうがないのよ。それを言わなかったのはあなたを不快な気持ちにさせたくなかっただけなの、気を悪くなさらないでね。」

 まあ、そう言われれば、しかたないと割り切るしかないかな、『コイツ』と違って空気を読んでもらってると言えないこともないしな。

「あ、あと、そうそう、わたくしがお友達に触れることができると思ってらっしゃるようだけど、それは違うわ」

「え、でもさっき、確かにコイツを掴んで連れてきてくれましたよね。」

「うふふ、秘密はこれよ。」

 そういうと彼女はポケットから手袋を取り出した。

「この手袋もコットン100%なのよ、さっきはこれを着けてたからお友達に触れることができたってわけよ。さて、どうかしら、ここで立ち話続けるよりも、公園の西側にある『リップル・カフェ』で続きをお話ししませんこと? あらあら、いけない、この子にもおやつをあげる時間だったわね。」

 おやつという言葉に反応したのか、それまでじっとお利巧さんしてたポメラニアンのリリーちゃんが「アン!」と小さく吠えた。


(第二話 終了)

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