第2話

夏にふさわしい。照り付ける太陽がまぶしい。


湿気なくさばさばとした、とても清々しい夏の朝。


ここ、喫茶たるでぃうすには今日もおんなじ三人のメンツが集まっていた。


朝凪蓮華、狂宮恭弥、花宮クロエの三人だ。


彼らはいつも仲が良く、休暇のたびに集合してはいろんなところにちょっかいを出してみたりしている。


「今日はどうする?」


蓮華がアイスコーヒーの入ったグラスを傾け、一気に飲み干す。


クーラーのきいた店内には三人以外の客は見えない。


「今日はクロエさん何か用事あるって言ってませんでした?」


恭弥が咥えていたスプーンの先をクロエへと向ける。


「ええ、今日は少し用事があるのよ」


クロエは頬に手をあて、首を少しだけかしげてうなづいた。


蓮華がため息をつき、残念そうに机にうなだれる。


「じゃーしょうがないわね。………七月も最後だし、今日はのんびりしますかね」


飲み終わったグラスを置くと、席を立ちかるくあいさつをして、店を出ていく。


「蓮華さん帰っちゃいましたか。しかたない、僕も適当に暇をつぶしますか」


恭弥も同じく食べ終わった食器を置くと席を立とうとする。


「恭弥君」


するとクロエが呼び止めた。


「用事なんだけど、少し手伝ってくれないかしら?」


「いいですけど…、蓮華さんにも手伝ってもらったらよかったのに」


「うーんちょっとね、それじゃあ行きましょうか」


恭弥の疑問をなぁなぁにかわし、クロエも席を立つ。


恭弥が会計を済ませると、クロエが店の扉を開ける。


時間は午前10時、二人は陽炎だつ日向の街を歩いていく。


綺麗な濃緑黒色のスカートが坂をなでおろすように吹く風になびいている。


そんな彼女に見惚れているのがわかったのか、クロエが恭弥に向かってかがみこんで、


「こーら、どこをみているのかしら?」


と、微笑んで見せた。


恭弥も同じく微笑んで、


「いや、こうしていると初めて会ったときみたいだな、って」


と答えた。


二人が、厳密にいえば蓮華も一緒だったため三人が出会ったのは数年前の同じような時期だった。


「あら?そうだったかしら?」


もう覚えていない、と言わんばかりに彼女は歩き出す。


「あれ?覚えてませんか…?あの時はまだ車いすに………」


恭弥の顔に驚きが浮かぶ。そして手を口に当てがい、自身の中でその疑問を何度も反芻し、咀嚼した。


(彼女はなぜ車いすに乗っているんだ…!?)


答えの持たない記憶とイタチごっこを続けているうちに、見ていなかったクロエの背中にぶつかった。


「あっ…す、すいません。」


クロエはくるりとこちらへ振り返ると、くすりと笑いを浮かべた。


「ふふ、その考え込む癖、初めて会った時から変わらないわね?」


クロエの言葉にはっとなった恭弥は、自身の疑問をおいておき、彼女の言葉への返答を優先した。


「やっぱり覚えてるんじゃないですか!!」


そう答えた瞬間、ふと恭弥は自分たちの周りが人気のないスラム街の廃ビル通りになっていることに気付いた。


「………ところでクロエさん、ここはいったい?」


クロエの笑みがより一層深くなる。


「用事があるの、とっても大切な…」


「用事が!!」


強い気のこもった言葉とともに、恭弥めがけて何かが飛ばされた。


土煙が舞い、その勢いで恭弥も大きく吹き飛ばされる。


つま先を引きずって、何とか威力を殺し地面に這いつくばるが、恭弥にはいったい何が起きたのかさっぱり理解できていたなかった。


魔術かオーラかの見分けさえもつかないまま、10m前後吹き飛ばされた。


(おい恭弥!なんじゃ今の衝撃は!!)


(攻撃を受けたんだろう?さぁ変われ!!お前が出るよりワシが出た方が被害が小さいぞ!)


恭弥の中では2つの神から、いくつかの言葉が交わされていたが、それが恭弥に届くことはなく、彼はいま必死になって彼女がいったいいつから車いすなしで歩いていたかを思い出すのに必死になっていた。


「いつだ………いったい……いつから…?」


「余裕ね恭弥君!!」


巻きあがる粉塵を切りさき、クロエ自身が飛び込んでくる。


クロエの腕はその血がまとわりつくかのように蠢き、大きく赤い刃に変貌していた。


強い衝撃が廃ビルを揺らす。


間一髪で回避はしたものの、その凄まじい威力に転げながらビルの中へと飛ばされた。


「ぐぅっ……ぁっ…」


(考え事してる場合ではないのではないか!?)


(早く変われ!!強いやつと戦えるのだろう!!ワシと変われ!!)


恭弥の中に眠るイグとバーストが騒ぎ立てるが、肝心の恭弥の意識はどこかよそを向いている。


「神様どっちかは出ると思ってたけど、案外余裕ね恭弥くぅ~ん!!それとももしかして舐められてるのかしらぁ!!」


強い言葉とともにビルの中に更なる追撃が叩きこまれる。


「かっはっ……」


下のコンクリートが砕ける音、そして自分の胴がつぶれる感覚が恭弥の意識を切り離す。


深い沈黙へと落ち行く意識のさなか、恭弥は少しだけ思い出すことができた。


(7月26日かぁ。)


そして、間髪入れずもう一つの意識が恭弥の体に浮上した。


「さてさて、殺し切れたかな…?」


ゆっくりと土煙の中を恭弥を探して歩き回る。


「誰を殺し切れたって?」


「!?」


気づくと土煙を一閃に払い、クロエのはらわたを引きちぎるように駆け抜けた恭弥の姿があった。


いつもの赤い瞳ではない。左目だけが青く光を放っている。


「イグ………ね…」


吐血し倒れ込むクロエを見下し、血液の付いた腕を払うと両手をポケットに突っ込んだ。


「様を付けろ、人間風情が呼び捨ててよいなではないぞ」


とどめを刺そうと、恭弥がクロエに近づいてゆく。


瞬間。


「な~んちゃって❤」


払い地面に落ちた血肉から、流血が刃となって恭弥の体に深々と突き刺さる。


「驚きましたイグ様?私こんなこともできちゃうんですよ?」


「人間の小娘が…!!小癪な…」


肉体の再生とともに、クロエに攻撃しようと腕に一点に魔力を集中させるが…。


「ざぁんねぇん!それもダメで~す」


その魔力に反応したのか、突き刺さっていた血液の刃からさらに枝分かれして、体中に血管状にクロエの血液が広がっていく。


「貴様ァ…!!一体何が目的で………」


左目が憎らしそうにクロエをにらみつける。


立ち上がったクロエ表情は見えない。


肉体の限界で左目の光が徐々に弱くなっていき、イグの口も重くなる。


(ワシがこんな小娘に………!?ありえん……いくら人間の体とはいえ…このワシが……)


完全に動きが止まり、クロエの血液によって制御を奪われた体は、血液が流れクロエへと帰っていくと同時に崩れ落ちる。


血に伏したその瞳が最後に見たものは、どういうわけか涙にぬれたクロエの、最愛の人でも看取るような顔だった。

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