さらば、昭和よ

有原ハリアー

人生最後の5分間

(あぁ……いよいよ、か……)

 1989年1月7日、23時54分。

 源田げんだ剛三ごうぞうは今、92年の生涯の幕を閉じようとしていた。

(思い返せば、明治、大正、昭和と、三つの時代を駆け抜けた……。必ずしもいことばかりをしたわけではないが、それでも、悔いなく生きることが出来た……)

 もはや朦朧とした視界で、自らの身を案じてくれる者たちのすすり泣く声を聞く。

(それにしても、今日の政令には驚いた……。まさか、「もはやこれまで」と思ったその日に、昭和から元号が変わるとはな……)

 23時57分。

 剛三は、自らの命が消滅するのを実感してきた。

(ああ、眠い……。けれど、「平成」、か……)

 剛三には、三人の息子と六人の孫がいた。彼らもまた、剛三の身を悲しむ者たちの一人であった。

(俺はもう生きられねえが、せめてあいつらに、精一杯生きてほしい……。これが、人生最後の俺の願いだ……。ああ、いい人生だったぜ……)

 1989年1月7日、23時59分59秒。

「ご臨終です」

 医者が宣告した。


 この時刻を以って、源田剛三の生涯は幕を閉じた。

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