第5話 しどろもどろな恋

 今夜は某所で花火大会でした。

 僕は病気のせいで人が極端に多い場所が苦手です。あと、匂いにも敏感で気分が悪くなることも多い。だから大抵は我慢。まあ、そこまで花火が好きってこともないから別にいいかとも思う。


 でも今夜はマンションの出窓から花火が見れた。とても綺麗だった。遠くでも構わない。美しさは変わらない。

 今夜はちょっぴり、おセンチですね。うん。




「どうだった? いっぱい話した? 気持ちは伝えた?」

 受話器越しの尚は興味津々で、それでいて心配しているように思えた。


「何も言えなかった……って伝えるって何をだよ」

 その尚の言葉に苦笑いして僕は言葉を返した。


「言わせます? 俺に? いやーん! ヨーグルトみたいに甘酸っぱい〜」

「やかましいわ! 三人で面白がってんだな? ミスドおごれよ」

「それはこっちのセリフでしょ?」

「もういい……なんか疲れた」

 尚が面白がる一歩手前で僕が呆れたように溜息を吐いた。



「……本当に何にも伝えてないんだ? 話もしてないんか?」

「……いや、朝一緒に学校行くって言われた……なんか成り行きで」

「ふぁあああああああ!」

「……言うべきじゃなかったな」

「いや、バレるっしょ?」

「……だな」


 なんともブラボーな会話だ事で。



 そんなこんなで、次の朝。

 毎日同じ時間の同じ電車。なのに、今朝はちょっと違った。カレが乗ってくるまでに何かが僕をはやし立てるように呼吸を急がせる。過呼吸一歩手前で、尚が涼し気な顔で乗ってきた。相も変わらずの飄々とした態度に僕は少しだけ安心した。


「おはようさん」

「なにが、おはようさんだ」

「いや、普通に挨拶でしょ?」

「そうだけど……なんかすまん」

「ははは〜亮ちゃん緊張してんのか!」

「しない方がおかしいでしょ? 小学生や中学生の惚れたはれたとは違う気がする……なんか違う気がする……」

「ほうう〜」

「楽しむな!」

「なんでよ〜」

 尚のニヤニヤが止まらなくなる前に息の根を止める! なんて思っているとカレが乗ってくる駅に着いた。ところが―――


 カレは挨拶は愚か、こちらを見ることもなくいつもと変わらない素振りで友達に囲まれるように話をしていた。



 へ?


 僕、何かした?



 カレはいつもと何変わらずに友達に囲まれてひょこひょこと淡い髪が時折、揺れるだけだった。



「オマエら……本当に今日一緒にガッコ行くの?」

「……と、思っていたけど」

「そうは見えんぞ?」

「右に同じ……そうは見えんし、昨日のアレはマボロシだったか?」

「ありゃりゃ……」


 そうこう話していると、雅ちゃんと翔が乗り込んできた。


「おはよ〜」

 雅ちゃんは本当に美人で、一瞬だが車内がふんわりとした空気になる。翔はダルそうに荷物を担ぎなおすと僕の耳元に囁く。


「亮ちゃん……あれからどうなったの?」


 僕はその言葉でムスッとした表情になり、翔の足を踵でわざと踏んずけた。


「いったっっっっっ! なにっ? なんなの?」

 尚が半笑いで翔を見て軽く肩を叩く。


「今のは翔が悪いね〜」

「なんで!? どうして?」

「アレ見てみ?」

「あー……ご愁傷さま?」


 その言葉に今度は雅ちゃんが翔の腰あたりに肘を打ち込む。


「ぐえええ」

「空気読みなよ……アンタここで死ぬの?」

「いや、死にません……雅ちゃんに殺られたくないです。生きたいです」

「だったら黙ったままでよろしく」

「……はい」


 雅ちゃんは空気を読んだつもりだろうが、なおさらそれが僕は肘鉄を食らわされた気がした。というか、吐きそう。なんとか、かんとかこの場をしたい。その思いで僕は言葉を捻り出す。


「……今日、部活終わりにミスタードーナツだからね? 僕はオールドファッションね」


 その僕の言葉にみんなが吹き出すように笑った。


 恋って儚くない?

 って世知辛くない?


 駅に到着して、いつものように学校に向かって歩いて行く。途中で小さな商店で朝ごはんを買うのも日課でみんなで店に入っていく。僕は当たり付きの自動販売機の珈琲を買うのが好きで財布から小銭を販売機に入れてボタンを押した。

 


 ピピピピピピ……


 あー……やっぱりハズレか〜 当たんのかコレ? 当たったためしがないよ。


 そう出し口に手を伸ばすと足元に黒のローファーが見えた。


「尚おおお〜 またハズたあああああ〜 これ当たんのかあ〜?」

 頭を上げて僕は固まった。



 そこには肩にカバンをかけた、カレが立っていたからだった。

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